死後、生先の狭間

「……ずんちゃ、ずんちゃ」


 酷く頭が痛い。


 瞼を開けるのも非常に億劫だ。


 このままゆっくりと、鈍い微睡に身を任せていたい。


「ずんたった、ぴっくりぽん」


 俺は、どうなってしまったんだ?


 考えれば考える程、まともな意識は底に沈んでしまって空白が脳を埋め尽くす。


 これが、死か……。


「ぴゃ~、こらしぃ。あはんあはん」


「だぁ、うるせぇええええ! 人がセンチメンタルに死を受け入れようとしているのに、いったいこの間抜けな合いの手は何なんだよ!」


 あまりに状況が噛み合っていない外野の声に飛び起きると、純白のワンピースにクリーム色の巻き毛を揺らしながら、気の抜ける様なとろけた声で少女は俺に話しかけた。


「お、起きたな少年。おはろー」


「うぃ、おはよー。って、誰!? ってかここどこ!?」


 辺りを見回すと、広大な海が広がっていて、熱い砂浜の上に俺は倒れていた。


 遮るものの無い日射は俺と目の前の少女を容赦なく照らし、にこにこと微笑みかける少女が真白の肌に反射して光り輝いている。


「ここは、少年が存在していた世界とは違う、どこにでもある場所だ」


「はぁ?」


「例えば、ここは少年が生まれる前の母親のお腹の中でもあるし、気になるあの子のスカートの中でもあるし、三日三晩履きつくした親父の靴下の中でもある。少年の想う力があれば、ここはどんな場所にもなれる、そんな場所」


「な、なんだって! 親父の靴下の中でもあるって、そんな……!?」


 ここが、あの腐った卵とカビの生えた牛乳の中に雑巾を入れ込んで一晩寝かして常温で菌を繁殖させたような、ある種バイオテロ兵器の親父の靴下の中だと!


「だからくれぐれも下手な妄想は――ぐはあああああああ! くさっ! ぐさいいいいい! 助けっ! ウォヘッ! じぬぅ! おうぇええ!」


 少女が放送規制がかかるようなへちゃむくれた顔で鼻を摘まみながら転がり始めた。確かに、親父の靴下なんて嗅いでしまったらこんな反応になるだろう。


 ちなみに、俺は肉親だからかちょっと臭いなぐらいで耐えることができる。


「あああああああ! 目が灼け肌が爛れ鼻が捥げる! たひゅけ! ぐぅうおおおえ!」


 少女の反応は面白かったが、このままではあまりにも可哀想だったので、しばらく楽しんだ後、俺は親父の妄想をやめた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

青春はいつだって恋熱暴走~オーバーヒート~ フルティング @fulting

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ