拗らせてても、単純だったら許される
パタン、と、冷たい音を立ててドアが閉まる。
追い打ちを掛けるように、ガチャン、と、慈悲の欠片もなくカギがかけられる。
「ふーん、自分から、自分追い詰めちゃうんだ?」
「…………」
カギを掛けた少女は、返事もせずにただ、表情なくそこにドアの側に立っている。
「今日私があんたを呼んだ理由は分かる?」
「…………」
少女は答えない。
窓のないその部屋は、話し手がいなければ、物音ひとつしない。
「分からないの?」
「…………」
少女は小さく息を吐き、自分を睨め付けている相手を見た。
「何?」
「……舐めてんの?」
この場で初めて声を発した少女に、それを望んでいたはずの少女は驚き、恐れを隠せずにいるように見える。
「……は?」
「舐めてんの? って訊いてんの。ねぇ、高鷺さん」
高鷺さん、と呼ばれた少女は、苛立ちを隠せないように髪を掻きむしった。肩までの端正な黒髪が、少し乱れる。
「苛々してるみたいだけどさ、ただの同級生の高鷺さんが私に何の用? いつもにこにこしてるからって舐めてんじゃねーよ」
「舐めてなんか……」
「舐めてんだろうが。こんな所に呼び出して、私に説教でも垂れるつもりだったんでしょ? 素直に『はいそうですか』って聞くと思ったから。これに、舐めてる以外何が当てはまる? 答えてみろよ、ほら」
「…………」
高鷺と呼ばれた少女は、答えない。
心なしか、ほんのり紅色だった頬は、色を失っているように見える。
「いっつもいっつも偉そうに……あんた、何様のつもりなの?」
少女は、高鷺に少しずつ近付いていく。
後退りする高鷺だが、しかし、この狭い部屋ではすぐに踵が壁についてしまう。
「苛々すんのよね、毎日毎日。人を小馬鹿にしたような顔でこっち見やがって。そろそろこっちも我慢の限界」
「馬鹿になんか、」
「してるよ。……そんなに私が怖い? すっごい怯えてる。ははは、情けない。ちょっと言われたらこんなにちっちゃくなっちゃって。日頃、何にも言い返さないで笑顔を貫いてる奴がいきなりこんなんやって来たらそりゃ、そうなるか」
壁に背中がついてしまった高鷺だが、少女は容赦せずに近付いていく。
少しだけ高鷺よりも背の高い少女は、左側に垂らした長い前髪を耳にかけ直し、「私が怖いか?」と問う。
額同士がつくかつかないかのギリギリのところで、少女は動きを止めた。
「答えろよ」
「…………」
「答えろっつってんだよ!」
少女は、答えない高鷺を見て、端正な顔を初めて不機嫌そうに歪ませた。
「……私が、そんなに嫌い?」
「嫌いだ」
「本当に?」
「当たり前だろう? 何の自惚れだ?」
「ふーん……」
「何?」
「何で今日は名字で呼ぶの?」
「関係ないだろう?」
「どうして……そんなに顔が赤いの?」
「は、はぁ?!」
ほぼ零距離だった2人だが、少女は舌打ちし、高鷺から離れる。そっぽを向いて腕を組む少女からは、先程までの余裕は微塵も感じられない。
「ねぇ……好きなんでしょ?」
「違う!」
「……何が違うの?」
高鷺は勝ち誇ったように口の端を上げると、少女を見据えた。
「私が今日、あんた……唯香を呼んだ理由は、唯香を叱り飛ばす為じゃないよ」
「……じゃ、じゃあ何だよ」
「唯香の気持ちを聞く為」
「…………」
「私が、唯香を好きだから」
「な……」
初めは白かった少女の肌が、熟れた桃のように真っ赤になっている。
「唯香は私のこと、本当に嫌いなの?」
「き、嫌いに決まっているだろう!」
「本当に?」
「ほ、本当だ!」
「ふぅん……」
高鷺は、観察するように少女――唯香を見る。
「唯香、裏の実権者になりたいんだよね?」
「そうだ」
「強くなりたいの?」
「そうだ。まぁ、もう強いけどな」
「私とキスしたい?」
「そうだな、理恵のことは好きだしな」
「そっか……分かった」
「そうだそうだ。つまらんことを聞くんじゃない。私が理恵を好きなのは分かりきったことだろう。……って……え?! ちょ、私今何て……待って違う! 嘘だから! 今の、嘘だから!」
「はいはい。ま、とりあえず本音が聞けたから良いよ。ありがと」
「言った覚えはない!」
「キス、する?」
「しない!」
「そっか……」
理恵は、その言葉とは裏腹に、とても楽しそうな表情だ。
「なーんて、聞いてあげないけどね」
「い、いや! 待って!」
「待たない」
逃げそうになる唯香の腕を掴み、自分がついさっきまで追い込まれていた壁に追い込む。
「唯香はさっき、もう我慢の限界って言ったけど……私ももういい加減、我慢出来ないの」
「でも……」
「何? 女の子同士だから? そんなの関係ないよね」
「だけど……」
「関係ないよね?」
「…………うん」
俯いてしまった唯香の輪郭に手を添え、ゆっくりと自分の方へ向かせる。
目を瞑り、そっと口づけた2人からは、小さな吐息が漏れる。
「唯香」
びくっと肩を震わせ、唯香は上目遣いに理恵を見る。
「好きよ」
耳の先まで赤く染まった唯香は、理恵から逃れようと身を捩る。
「ちょっと。私が唯香を逃がさないのは、分かりきったことでしょ? 唯香は、私のこと、嫌い?」
唯香の細く開けた唇から、小さく息がもれる。
「バッカじゃないの」
勝ち気な表情を取り戻した――しかし赤みは取れていない――唯香は、理恵の目を見詰め、言った。
「嫌いな訳がないだろう?」
「じゃあ、好き?」
「うるさい。戻るぞ」
「答えて」
スルリと簡単に理恵の腕から逃れた唯香はドアに向かって数歩歩き、理恵を振り向いて言った。
「付き合ってやってもいい。……そういうことだ」
女が好きで、何が悪いッ!? 夕焼けに憧れる本の虫 @sunset_mushi
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