第9話 先生の予言

 先生は夕方ごろに帰宅した。でも私はまだお夕飯の準備も、お部屋の片づけも終わっていなかったので、先生にため息を吐かれてしまった。


「学校をさぼっておきながら、家の仕事までさぼるとは、なんたる怠け者なんだ」

「少なくとも学校をさぼったのはあなたのせいですけどね」

 私はぐったりと力が抜けてしまっている体に、「ふん」という掛け声とともに力を入れて立ち上がった。


「今お夕飯を作りますから」

 私が力なくそう言うと、先生は首を横に振った。

「疲れているんだろう?出前にしよう」

 先生は珍しく私を労わる言葉を言って、私をソファに座らせた。

 そして今日の収入が良かったからなのか、お寿司の出前を頼んでくれた。しばらくして届いたお寿司を、私は玄関で受け取って、ソファの前にある机の上にあるごみを足でどけて置いた。

 かつてはこんな無作法なことはしなかったのだけど、先生と過ごすことで先生のずぼらさが移ってきている。かつて純粋な乙女だった私はどこへやら。

「そんな時期はない。馬鹿なこと考えてないで食べよう」

 先生は私がラップを取ると、即座に大トロを食べてしまった。負けじと私もいくらを食べて、そこからは熾烈なお寿司争奪戦が始まった。


「それで、なにかあったのか?」

 サーモンを頬張りながら先生が聞いて、かっぱ巻きを食べながら私が答えた。

「なにも、ありませんよ」

 私の答えに対して、先生はなぜか残念そうな顔を見せた。

「ところで、あのあとどうなったんですか?」

 私は話を逸らすためにそんな質問をした。

「君が私の仕事に興味を持つとは、ますます変だな。やっぱりなにかあったんじゃないのか?」

 私は墓穴を掘ってしまったと感じ、冷や汗をかいた。

「まあいいか。君もお年頃だ。色々とあるのだろう」

 

 その後、先生が気怠そうに語った事件の真相は、タチバナさんが言ったものとほぼ同じ内容だった。

 タチバナさん、私を殺すと宣言した女性。私を殺せる殺人鬼。

 ああ、なんと魅力的な人なんだろう。なんて素敵な人なんだろう。

 私はいつかあの人に殺されるのだ。しかも、先生にも分からない方法で、殺されて死ぬのだ。そう考えるだけでぞくぞくした。身震いし、鳥肌が立ち、心が躍った。


「というか、そろそろじゃないか?」

 先生は私が淹れた熱いお茶を飲みながら言った。

 私は出前のお盆を玄関前まで運びながら「なにがですか?」と聞き返してみた。

「惚けるなよ。そろそろ君の周りで人が死ぬ頃じゃないのか?」

 私は事務所の壁に掛けられたカレンダーを見た。前回の事件は二週間も前のことだった。確かにそろそろ、なにか事件が起きてもおかしくはない。

「どうでしょうね。別に規則性があるわけはありませんので、確かなことはなにも言えませんよ」

 過去には三か月もの間事件が起きなかったことさえある。逆に一週間毎日置き続けたこともある。事件はいつも予測不可能で、完全にランダムに起きる。

 先生でさえも、それを推理するのは不可能だろう。と、私は思っていた。

 けれど、先生の推理なのか完全なる気まぐれの発言だったのか分からない言葉は、現実になった。


 この次の日、私のクラスメイトは密室の中で死んだ。

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カクレクマノミとイソギンチャク タガメ ゲンゴロウ @hati0119

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