『デペッシュ・モード』③
「……でも、どうします? これから。それつけて、ただぶらぶらしてろって言われても、それだけじゃあ困りますよね」
「ぶらぶらしてろ、ってんだから、ぶらぶらするっきゃねえんじゃねえか」
誠は、鬱陶しそうに首のネックレスを指先で小さく突きながら、明後日の方を見ながらそう言った。つけなれてないのだろう、と推測するはずみ。
そこに薫は
「だったら、医療都市をはずみちゃんに案内してあげようよ」
と言って、小さく柏手を打つ。
「案内? ――あぁ、そういやぁ、まだはずみは医療都市に来たばっかっつってたな。いいんじゃねえかぁ? 来たばっかで騒ぎに巻き込まれて、ろくに見て回れてねえだろ」
「い、いいんですか?」
「まあ、暇だし。今は他の依頼もねえしなぁ……」
忌むべき事だけどよぉ、と一人肩を落とす誠。
「用事もなく歩き回るだけなんて、辛いしね。いつも遊んでるとこ、連れてってあげる」
そう言って、はずみに優しく微笑む薫。
「なんだかよぉ、薫お前、はずみの事を妹みたいと思ってる節ねえかぁ?」
「い、いや、確かに薫さんよりも背は低いですよ? でも、同い年なんですけど?」
「……まさか。ウチの妹は、もう少し可愛げがないよ」
そう言って、薫は踵を返し、そそくさと二人を置いて歩いて行ってしまった。
「なんか、薫さん、様子変になっちゃいましたね……」
「あぁ。アイツにゃ妹がマジでいんだよ。やっぱ気にしてやがったか」
「えっ」目を見開くはずみ。
「お前が妹キャラだから姉の血が騒いだんじゃねえの?」
「い、妹キャラって……」
「外に家族と一緒にいるんだろうが、俺ら見て、外のイデア患者に対する扱い見てりゃ、わかんだろ? なんとなく、家族にいい扱いされてないことくらい」
「……それって、誠さんも」
はずみは、こっそり誠の顔を伺った。だが、さすがに彼は感情を隠しなれていて、大事な時は薫以上に何を考えているかわからない。
「まあな。外に出るのはいいが、家族のとこに行く気はねえ。薫はああ見えて、まだ気にしてるみてえだがよぉ」
「……私の家族みたいに、優しい人達だけじゃ、ないんですね」
誠は、はずみの尻を軽く叩いた。
「ひゃっ!」
「いい家族みてえだな。大事にしろよぉ。優しい人間ってのは、貴重なモンだからよぉ」
そう言って、薫の後を追いかける誠。一体、二人はどういう過去を送ってきたのだろうと気になるはずみだったが、それを訊くのは今の付き合いでは憚られた。
■
医療都市は、メディカルタワーを中心として円形に広がっており、まるで円グラフを三つに割ったようなエリア構成をしている。
居住区域と呼ばれる、患者が住んでいる地域。
商業区域と呼ばれる、生活を司る地域。
輸送区域と呼ばれる、医療都市の玄関口。
三つあるとはいっても、誠達が使うのは当然、居住区域と商業区域だけなので、案内できるのはその二つだけになる。
一般の患者が輸送区域に行くのは、基本的に医療都市に入る時か、出る時だけだ。
「この間の、シャドウズ・フォール……あぁー、路地裏強盗の時にも、ここら辺は来たよなぁ?」
そう言って誠は、後ろを歩いているはずみに肩越しで振り返った。
「そうですね。一回来たことあります。ここら辺が、商業区域なんですか?」
頷く誠。周囲の人々が行き交うのを眺めながら、彼は「居住区域なんて、どうせ自分の家しか行かねえんだ。お前が覚えるのはここくらいでいいだろ。学校の場所はわかってんだろぉ」
「そりゃ、いくら私でも、もう学校の場所はばっちりです!」
「一回迷ってみてほしい気もするけどね……」
ぼそりと呟き、にやりと笑う薫。
「なんだか、薫さんが私に対してどういうイメージを持ってるかわかったような気がします……」
「嘘だって。そこまでアホだとは思ってないから」
「あっ、アホ……!? ひどいですよ薫さん! 私、成績はいい方なんですから!」
姦しい二人を眺めながら、誠はため息を吐いて、周囲を見回した。ここまで二〇分ほど歩いてきたが、別に変わったことは起きていない。
ハートのペンダントを提げてぶらついていれば、何かが起きるというイタクァの言葉など忘れそうなほど、なにも起きていないのだ。
「イタクァに限って、俺をからかっただけ、って事ぁねえだろうしな……」
そういう情報面はきちんとした男だ。特に今回は、彼の商売に関わる事へ協力している形。それを、わけのわからないガセネタを流すようなら、誠はイタクァという男を信用したりはしない。
「こっちで改めて、調査し直す必要があるのかもしれねえな……」
誠は、イタクァがガセネタを掴まされたのでは、という結論にいたり、舌打ちをしてネックレスを外そうとした。
だが、
「……ちっ。これがイデア、って事だけは確定か」
外そうとしたが、ネックレスは外れなかった。
諦めてうなじに回していた手を戻すと、その動作で、やっとはずみと薫の二人は誠が自分たちの話を聞いていない事に気づいた。
「誠さんっ。誠さんは、普段なにしてるんですか?」
「あぁ? 普段って、そりゃ依頼をこなして日銭を稼いでんだよ」
「そうじゃなくって」
指折り数えながら、なぜか夢見る乙女のように輝いた笑顔で歌うように喋りだすはずみ。
「たとえばー。音楽鑑賞とか読書とかー、そういう休日の過ごし方ですよ。友達と遊んだりとかっ」
「あぁー……?」
少し前の、何も予定がない日を思い返してみる。
薫の罵倒と朝日を浴びて叩き起こされ、家の掃除をするからと薫から家を追い出されて、スピーク・イージーで朝から酒を飲み、一日かけて客とのギャンブルに興じ、有り金をスッた辺りで家に帰って、薫にボコボコにされた。
多少の違いはあれど、基本的に誠の休日というのはこういう物だ。
「いや、まあ、そうねえ……。やはり忙しい探偵として、あんまり休日ってもんがないんで……」
「へえー。やっぱり、医療都市唯一の探偵となると、忙しいんですねっ!」
さすがに、そこまでまっすぐした目で信じられると、嘘を吐くのに抵抗がない誠と言えど、胸が痛くなってしまう。
「誠の休日の話なんて、不毛だから、知らなくていいんだよはずみちゃん」
そう言って、肩を竦める薫。
へ? と、間抜けな顔で彼女を見て、どういう事か聞こうとしたはずみだったが、まるでその質問を阻む様なタイミングで、誠が勢い良く、自分の横を通り抜けていった男性へと振り返る。
一体どうしたのだろう。誠の後ろを歩いていた二人も、ゆっくりと振り返り、誠が見ている男性を見た。
いや。向かい合っている誠と、その男を見た。
男は、金髪に赤いスカジャンにダメージジーンズという、いかにも近寄りがたいヤンキーというような風体をしていて、誠のガン付けにも負けず、睨み返していた。
「テメェー。よくわかんねえけどよぉ、なんか気になるなぁー……」
誠の言葉に、男も振り返って、頷いた。
「俺も、てめえの事は知らねえけど、なんかムカつくんだよな……」
二人は、なぜか一触即発というような。まるで積年の恨みを持った相手を見るように、互いを見ていた。
「ちょっ、誠? どうしたのっ」
珍しく声を荒げ、誠の肩を掴んで彼を止めようとする薫。だが、誠は薫の静止など聞く気はないのか、視線を男から逸らさない。
「何がなんだかわかんねえが、ムカつくんだよなぁー。眼の前でほしかったモンのラス一を掻っ攫われたみてえによぉ!」
肩を掴んでいた薫の手を振り払い、誠は腕を振るって、叫んだ。
「『ザ・キラー』!!」
そう叫べば、誠のイデアが発動。患部であるバットが握られ、戦う力となるはずだった。それは何年も繰り返してきた、彼の癖とも言えるほど、当たり前の動作だった。
だから、イデアを発動させて、そこにバットが握られていないなど、彼にとっては始めてだった。
イデア・シンドローム―存在症候群― 七沢楓 @7se_kaede
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