一章三話 気軽に馬鹿と呼んでやってくれ


 汰空斗(たくと)と別れた五人は宿から歩いてすぐの大通りに来ていた。舗装されていない大通りには大勢の人が行き交い、そこかしらから活気が感じ取れる。


 「さてと。早速だけどこれからどうしよっか?」


 五人の先頭に立つは彩葉(いろは)。振り返る素振りで足元に軽い砂埃がたった。


 「俺はこのまま、汰空斗の命令通り動くなんて癪だぜ」


 左後ろからくる姫燐(きりん)の視線に、鉄(てつ)はいづらさを覚え肩をすぼめた。汰空斗と別れて以来、姫燐の監視下に置かれている鉄は、せっかくの異世界を満喫できずにいるのだ。汰空斗への不満が募っての言葉だった。


 「珍しく意見があったな」

 「私もだよ、きりちゃん! どうにかして汰空斗をぎゃふんと言わせたい!」


 挙手しながら全力で肯定した紅葉の脳裏には恐怖が浮かび上がっていた。首輪をつける。なんて冗談めいた発言も、冷酷無比な汰空斗が言えばありえなくはない。

 紅葉はあの瞬間、どれだけ恐怖していたものか。


 「それはいいけど、何をしたらあの汰空斗がギャフンと言うだろうね」


 紫草蕾(しぐれ)が三人に賛同したのは汰空斗に不満があるからではない。その方が面白そうだからだ。

 ただ普段の汰空斗を知る面々からすれば、あの堅物が感嘆する様など想像すら出来ない。その上、五人の中に知恵を絞れる者もいない。紫草蕾の問いに誰も言葉を返せないまま沈黙が訪れた。

 少しして重い空気を振り払ったのは、彩葉の手を打つ音だった。


 「……あっ! ものすごい量のお金を集めるってのはどう? 汰空斗ですら予想できないくらいいっぱい。それだけ集めたらきっと驚くよ。金貨10枚くらいとか」

 「なぁ、彩葉。私達はこの国の貨幣についてよく知らないんだが、それは一体どのくらいなんだ?」

 「えっとね、銅貨千枚で銀貨1枚分らしいよ。それでその、銀貨百枚で金貨1枚分って仕組みみたい」

 「なら、金貨10枚を銅貨に換算すると百万枚ってわけだね」

 「百万! そんなのさすがに無理があるだろ」


 聞きなれない桁数に、鉄は思わず声を荒げた。


 「そんなこと言われても僕が提案したわけじゃないんだけどな。でも、まぁ確かに多いね。せめて金貨一枚とかならどうかな?」

 「それってつまり、銅貨千枚を百回集めるってことだよね。魔物一体が10枚の銅貨を落とすとしても、1万体分だね……」


 彩葉は自分で金稼ぎを提案しておきながらその無謀さに少しだけ後悔し始めた。


 「なーんだ。それくらいなら大丈夫そうじゃない? 私達五人だから一人二千体くらいでなんとかなるよ?」


 珍しく頭を使った紅葉だが、大事なところが一つ二つ抜け落ちてしまってる。


 「紅葉。それはどうかな? わかっているとは思うけど、僕と彩葉は戦力にならないからね? つまり3人で1万体だから、大雑把に言って一人3千体。それって結構大変じゃない? そもそも、この辺に一万体の魔物がいるのかも怪しいし」

 「おい、紫草蕾。何が3人だ。お前も戦え」

 「やだよ。せめて拳銃の一つくらいないと戦いたくないね」

 「贅沢だなお前」


 贅沢も何も、魔物を素手で倒し金を稼ごうとする輩の方がどうかしている。


 「まぁ、何にせよやるしかないのが現状だ。簡単に金が手に入る方法なんてないだろうしな。近くで適当な武器を買って早速始めるとしよう」


 姫燐はこの果てしない提案に賛成しているようだ。時間が惜しいとばかりに武器屋を目指して歩き出した。その時だ。


 「あっ! そう言えば!」


 姫燐の反対側でレンガ造りの建物を見つめていた彩葉が、唐突に大声を上げた。


 「どうしたのー? 彩葉ー?」


 姫燐の後に続いていた紅葉が彩葉の隣まで戻ってくると、鉄や姫燐、紫草蕾も順々に彩葉の顔を覗き込んだ。


 「……あるかも」

 「あるって何がだよ?」

 「簡単にお金が手に入る方法だよ!」

 「なに? それは本当か?」

 「うん。簡単でもないけど、多分大丈夫」


 強気に首を振る彩葉の、薄緑光るに瞳が映したもの──


 「武道大会で優勝しよう」


 昨日宿屋で見せられた、武闘大会の参加者募集ポスターがそこにはあった。


 「武道大会!?」


 紅葉は武道大会というワードに目を輝かせて喜んでいる。


 「そう。らしいけど、たぶんすごい能力とか持った人が出るんだと思う」

 「全然いいよ! むしろすっごく楽しそう!」


 元の世界ではそもそも相手してくれる人がいなかった紅葉にとって、対戦相手がいる。それだけのことが嬉しいのだ。しかも、それが自分より強いかもしれない相手なのでなおさら気分が盛り上がってしまう。


 「賞金はいくらくらいだ?」

 「わかんない。けどほら、ポスターにはお金の絵も描いてあるよ?」


 鉄の質問に首を傾げながらも戦う男の絵の傍ら、山盛りに詰まれた金貨の絵を指さした。


 「な、なんて書いてあんだ? これ?」

 「わかんない。でも、武道大会だよ? 優勝賞金くらいあるでしょ。結構大きな大会みたいだし」

 「いいなぁ。出たいなぁ。戦いたいなぁ」


 紅葉はポスターを眺めながら首を左右に振っている。格闘中の男に触発されてじっとしていられない。今すぐ体を動かしたい。体全身からそんな気持ちがダダ漏れだ。


 「そういやなんでか人が多いし、妙に活気づいてると思ったらこんな面白そうな催しがあったのかよ。てかこの賑わい、もしかしてもう始まってるんじゃないのか?」


 鉄にしては鋭い観察眼と発言で、彩葉は思いだす。


 「そ、そう言えば、日程は昨日から今日にかけてって言ってたなぁ……」

 「え!? じゃあ、出れないってこと!?」


 散歩に出る直前でお預けを食らった子犬のように、元気が抜けてしょぼんっとしてしまった。


 「いや。問題ない」


 突然、五人の会話に聞き覚えのない声が割り込んできた。声が聞こえた方向には昨日の聖剣を持った男が立っている。


 「あ、昨日の! えっと、えくす……なんだっけな?」

 「エクスカリバーね」


 おそらく知名度の高い剣ナンバーワンであろうエクスカリバーすら知らない紅葉に、サブカル女子の彩葉が苦笑いを浮かべた。


 「そうそれ。えくすなんとかの人!」

 「っておーい。紅葉、私の話聞いてた!?」


 紅葉からしたら彩葉の声は教鞭を振るっている教師の声と同じものなのだろう。聞こうとしなくても聞こえるので理解はできる。だからと言って問題が解けるわけでない。そんな感じのものだ。


 「もしかしてお前、この大会に出場してるのか?」

 「ああ。エキシビションマッチ限定のゲスト出演だがな。で話を戻すが、先程言った通り、今からでも出れないことはない。だが2対2のタッグマッチ戦だ。もちろん優勝賞金、金貨百枚もでる。どうだ? 出ないか?」

 「き、金貨百枚!? 聞き間違いじゃないよね? ね!?」


 あまりの額に大袈裟な動揺を見せた彩葉は、隣にいる紫草蕾に何度も聴き直しては肩を揺さぶっている。


 「ああ。だが、その分強者も集う。もし出るつもりなら覚悟しておいた方がいいぞ」


 答えたのは紫草蕾ではなく聖剣を持った男だった。


 「金貨百枚かぁ。そんなにあればいろんなことできるよねぇ……」


 彩葉はまだ手にしてすらいない金貨百枚の使い道を妄想し、男の話が届かない。


 「えくすは誰と出るの?」

 「紅葉、えくすってさすがに失礼じゃないかな?」

 「えー。そうかなぁ。なんか可愛くない?」


 その呼び方は、男の名を知らない紅葉なりの近づきの印だった。男に気にする素振りは無いが、それを本気で可愛いと思っているのか紫草蕾との価値観の違いに首を傾げた。


 「可愛いかどうかはわからないが、名乗っていなかった俺も悪かったな。俺の名前は辻海斗(つじかいと)だ。よろしく頼む」


 海斗は紅葉に右手を差し出した。大きくごつごつとして男らしい手。なにより、腕から肩にかけての筋肉が別格に鍛えられているのが紅葉の目を惹いた。戦ってみたい。そう心から願うほどの相手と久々に出会った。


 「海斗……じゃあ、かいとっちだね! よろしく。私は紅葉。紅葉って呼んで」


 その手を取った紅葉は胸が高鳴って仕方なかった。


 「ああ」

 「あのな、紅葉。こういう時は俺らのことも紹介してくれよ。じゃないと色々と大変だろ。俺達も、海斗も」

 「ん? なにが大変なの?」

 「えー。こほん」


 紅葉と鉄の会話に、彩葉はわざとらしい咳払いを挟む。


 「自作ラノベが映画化された私、鶫(つぐみ)彩葉ことペンネーム、カラフラバード先生から言わせてもらうと、とりあえず面倒臭いの一言だね。地の文を考えたり、相槌打たせたり、わざわざ全員喋らせたりとかとか」


 彩葉先生の答えは、少なくとも小説を一冊も読み終えたことがない鉄が言いたかったそれではない。それだけは確かだった。


 「ねぇ、彩葉。それは今関係ないんじゃないかな?」

 「でも、私がこの会話を綴るなら、一人に全員紹介させるね。ってことだから、姫燐。紹介よろしく」

 「な、なぜ私だ?」


 唐突の指名に姫燐は、指先で赤く染まった頬を掻いた。


 「なんでって、そういうことしなさそうだからだよ。普段ならそんなことしないから逆に面白いかもって思ってね」

 「そう言うなら付き合ってやろう。まずは私だ。私は姫燐。そして、彩葉。隣にいるのが紫草蕾だ」


 彩葉、紫草蕾を順に指で指し、海斗にそちらを向くように促す。


 「紫草蕾ともどもよろしくね」

 「ああ。よろしく頼む」

 「そして、最後の一人。この無駄にでかいだけで大した取り柄もない筋肉は馬鹿(ばか)と言う変わった名前だ。気軽に馬鹿と呼んでやってくれ」


 馬鹿とは誰のことでもない、周りを見ているはずのない馬鹿を探している鉄のことだ。

 全員の視線が自分に集まっているところでようやく気づく。


 「お、俺のことか!? 誰が馬鹿だよ! ちゃんと紹介しろ! 俺の名前は神崎(かんざき)鉄だ」

 「ん? そうだったか? それはすまない、馬鹿。以後、気をつけよう」


 顎に指を当てて微笑む姫燐は、短くない付き合いの4人でさえ久しぶりに見る、とても澄み切った笑顔だった。


 「今から気をつけろ!」

 「お前ら今時珍しいくらい仲がいいな」

 「まぁそれだけが取り柄みたいなものだからね」


 「こいつは違う」っと互いに指を指し合う鉄と姫燐をよそに、紫草蕾は頬を引きつらせていた。


 「ならタッグバトルも期待できるな」

 「そう言う海斗はどうなんだい? 君のエクスカリバーとチームを組める人なんてそうはいなかったんじゃないのかい?」

 「ああ。それか。それは心配ない。俺は一人で出場するんだよ。最後まで勝ち抜いた二人と戦って、俺に勝てれば賞金が手に入るって仕組みだ。毎回金貨百枚なんて用意できないからな」


 果たしてそのセリフは聞いてもよいものなのだろうか。おそらく海斗はずば抜けて強い。それでも二人がかりなら勝てるのではないか。そう思いエントリーする輩も多いのだろう。もしエントリーに現金が要求されるなら詐欺もいいところだ。


 「なるほどな。だが、悪いな。俺と紅葉なら誰が相手でも負けねぇぜ? なぁ、紅葉」

 「え? 私はてっちゃんと出るなんて言ってないよ?」

 「は? お前出たいんじゃないのかよ?」

 「出たいけど、てっちゃんとは嫌だなー。最後に当たるのがてっちゃんがいい。せっかく出たのにつまんなかったらやだし」


 要するに誰も相手にならないかもしれない、そう言いたいのだろう。だが、その自信は一体どこから湧いてくるのだろうか。いささか疑問である。


 「は? じゃあお前は誰と組むつもりだよ?」

 「きりちゃんがいい。ねぇ、きりちゃん。いい?」

 「ああ。紅葉がそう望むなら私は構わない」


 紅葉の頭に手をポンと乗せる。


 「やったね。ってことだからてっちゃん。ごめんね」

 「まぁそう言うことならかまわねぇよ。なぁ、紫草蕾?」


 鉄は紫草蕾の肩に腕を回し、あたかも紫草蕾と組むかのように同意を求めた。

 が、


 「なんで僕に振るんだい? 紅葉には悪いけど、今回はパスで。面倒臭いし、それに腕っぷしには自信がないんだ。せめて拳銃の一つでもないと出る気にはなれないなぁ」


 紫草蕾は鉄の腕を肩から外すと手を振った。

 武道大会という名目に拳銃を持ち込む時点で反則に等しい行為ではないだろうか。


 「なんだよ。つまんねぇな。それじゃあ俺は誰と出ればいいんだよ?」


 あたりを見渡す鉄の視界に入ったのは彩葉だ。


 「わ、私の方を見ないでよ。私が戦力外なのは十分知ってるでしょ?」


 そんなことは鉄も重々承知でそのつもりは一切ないのだが、何故か彩葉は紫草蕾の背中に身を潜めた。


 「お前に頼むくらいなら汰空斗を連れてくるよ」

 「良かったぁ……まぁ、一応言っておくけど汰空斗も絶対に出ないと思うよ。昨日のその大会に出る初心者はドMだって言ってたし」

 「マジかよ。ならしょうがないな。今回は紅葉と姫燐に譲ってやるか」


 最後の手段が絶たれた今、鉄に出場する術はない。潔く諦めると、鉄なりに紅葉と姫燐に声援を送った。


 「えー。てっちゃんは出ないの? つまんなかったらやだよ?」

 「それは問題ないだろう。なんの能力も武器も授かってない一般人が優勝した前例は世界広しと言えど今までない。優勝の可能性が全くないわけではないだろうが、簡単に優勝できるとは思わないことだな」

 「ならいいんだけど」


 海斗の言葉がどうにも信用できないとばかりに、紅葉の言葉には含みが残っていた。


 「なら、エントリーするのは紅葉と姫燐の二人でいいんだな? おそらく今頃決勝戦が終わるころだ。今から行けばまだ間に合うぞ」

 「うん。よろしく──って、え? 決勝戦が終わるのにまだ参加できるの?」

 「ああ。だが、もちろん殴り込みだ。許可されない場合もある」

 「許可される場合もあるんだ……」


 異世界と言うだけあり、今での常識は通用しない。当たり前のようで理不尽にも似たそれを、彩葉は今一度再認識させられた。


 「ああ。去年はその殴り込みしてきた挑戦者が優勝したんだ」

 「嘘? すっご。それって海斗にも勝ったってこと?」

 「いや。俺に勝たなくても優勝はできる。賞金は出ないが」

 「なるほど。大体察したよ……」


 何か悟ったような表情を浮かべる彩葉。


 「そうか。なら、急ぐぞ?」


 会話を終えるとすぐに走り出した海斗。それを追いかけ走り出す一同だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

一般人六人で異世界無双するそうですよ!? 宴帝祭白松兎 @shilousagi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ