一章三話 魔王だの勇者だの分をわきまえろ、一般人ども


 「ねぇ、汰空斗(たくと)。なんで何かイベントがあるって思ったの?」


 部屋に案内されている途中、前を歩くエルフの背中をちらりと見ながら、彩葉(いろは)は尋ねた。

 後ろには四人がぞろぞろと続き、笑い声が聞こえてくるほど賑わっているようだ。


 「ああ……ちょっと気になっただけだ」


 汰空斗は説明するのが面倒なのか、適当に流すと歩くスピードを早めた。去っていく汰空斗を見ても一度灯った好奇心は簡単には消えず、彩葉も歩く速度を上げた。


 「じゃあ、何が気になったのさ?」


 汰空斗は彩葉が自分の横に並んだところで諦めたらしい。歩くスピードを元に戻すとため息をひとつこぼし、七面倒くさそうに話し始めた。


 「一つ目は釣銭だな。この街ではほとんど銅貨しか使われていないのに釣銭が銀貨に対応できるようになっていた。それだけじゃまだその可能性がある程度だが」

 「なら二つ目って何? ていうか、そもそも銀貨の釣銭があるっておかしいの? いくら銅貨が主流とは言ってもほかのところでは銀貨が使われているんでしょ?」

 「そうだ。だが少し足りない」


 汰空斗は先ほど受け取ったポーチを胸の高さまで持ち上げた。


 「エルフの店員はお前が銀貨を出した時、俺達をほかの町から来た人間だと思っていただろうな。理由は、ここらの魔物は銀貨を落とさないらしいからだ。でも、お前が釣銭に動揺した際、間違いに気が付いた。つまりそれくらい外からの客は珍しくない、もしくは今は珍しくないんだ。だが、普通に考えて前者はおかしい」

 「え? なんで?」

 「銀貨一枚は銅貨千枚分の価値があるんだぞ? なのにほかの町では銀貨が主流。なら、この街から見ればほかの町は金持ちの集団でしかない。逆にほかの町からすればこの街はただの貧困な町だ。そんなところに何のようがあって来るんだよ?」

 「な、なんだろうね? 買い物とか……?」

 「話聞いてたか? だがまぁ、常に人が流れてくるとしたらその理由が妥当か。でもわざわざここまで来て買い物するより自分の町の方がいい品が手に入るんだ。来る理由には薄いな。もし仮にそうなら、この街はとっくに銀貨が主流になってるだろうよ。それと何より宿屋に人が来るんだ。要するに泊りがけの用事だ。そこまでして買いに来るものがあるとは思えない。だからどちらかと言えば『今は』の方が有力なわけだ」

 「まぁ、確かにね」

 「ならなぜ宿屋に銀貨で払う客が来るのかだ。この宿は一人一泊銅貨一枚。そんなのここへ来る途中でいくらでも手に入るだろう。それでもわざわざ銀貨で払うってことは長時間滞在するもしくは銀貨しか持っていないかだ。外から来る人のほとんどが長期滞在するわけがない理由は面倒だから省くが、単に不自然とだけ言っておく。故に『今は珍しくない外からの客』は銀貨しか持っていないんだ。なぜなら、銅貨を持っているのに銀貨で払う輩はいないだろう。銅貨なだけあって結構重いからな」


 汰空斗から銅貨が入ったポーチを差し出され、彩葉は反射的に両手を差し出した。思っていたより重かったようで、手に乗った瞬間、彩葉は一瞬落としそうになる。


 「た、確かに。976枚は重たいぃ」


 両手でポーチの底を持っている彩葉からポーチを回収する汰空斗。


 「だろ? ならその銀貨しか持たない人はどういうときに来ると思う?」

 「どういう時って言われても……何かのイベントがある時、なんて切れなくない?」

 「ああ。だが、この街の外から戦えない人が来るとき。そう言ったらどうだ?」

 「戦えない人? 商人とかのこと?」

 「まぁ、そうだな。もしくは農民とかだ。この町の外では銀貨が主流らしいから銅貨なんて持ってないだろうな。これが銀貨を持ってくる数少ない人間の一つだ。ならなぜそんな人が来るのかだ。さっきも言ったがこの街は異世界ライフ駆け出しの連中が集まるだけあって銅貨が主流でアイテムにしてもいいものなんておいてないだろう。つまり何かを買い求めているという線はほぼない。ならほかに最有力なのは何かしらのイベントがある時。そう考えるのが妥当だろう」

 「うへぇ。なんでそんなことにしか頭使わないわけ? 疲れないの?」


 半歩汰空斗から遠ざかった彩葉は割と本気で引いているように見える。


 「お前の執筆と同じ娯楽の一つだ。あとこれはどうでもいい話なんだが、格闘大会とやらには間違っても出ない方がいいだろう」

 「なんで?」

 「さっきのエルフの話じゃ熟練者も参加するんだろ? 素人がメインの大会にわざわざ参加する熟練者の目的なんてたかが知れてるよ。なのに、それに出る素人なんて俺に言わせればやられたいですって言ってるどMと大差ねぇーよ」

 「ふーん」


 彩葉が適当な返事を返したちょうどその時、エルフの足が止まった。


 「こちらの二部屋が皆さんのお部屋です」


 通路の真ん中に立ち、向かい合う二部屋に両掌を向けた。


 「では、ごゆっくりどうぞ」


 至極丁寧なお辞儀を済ませると、エルフは一人、来た道を帰って行った。


 「じゃあ、女子はこっちね」


 彩葉は近くのドアを開け放つと、反論する暇も作らず部屋の中に入って行った。


 「なら、俺らはこっちだな」

 「窓側のベットは僕のね」


 鉄(てつ)と紫草蕾(しぐれ)はもう片方の部屋のドアを開け中に入って行った。


 「ねぇ、汰空斗。晩御飯は何時から?」


 汰空斗も部屋に入ろうとドアに手を掛けた時、紅葉から声をかけられ立ち止まる。


 「ここはホテルじゃねぇーぞ。なにも言われなかったし晩飯は自分たちで用意するんだろう」

 「へぇ。そうなんだ。なら、今すぐみんなで行こ? きりちゃんもそれでいい?」

 「ああ。私もそうしたいと思っていたところだ」

 「じゃあそうすっか」


 それから近くの飲食店で異世界初の日本食を済ませた後、宿屋に常備されている風呂に入り汰空斗は就寝した。

 異世界ライフ1日目は、あまり異世界味のないありふれた一日だった。



 翌日。

 六人の門出を祝うかのような雲ひとつない日本晴れの空の下、六人は宿屋の前に集まっていた。


 「さてと、今日も一日がんばろー!!」


 紅葉は拳を強く握りしめ、空に力ずよく突き上げた。


 「で、何を頑張るんだ?」


 それを冷たい視線と空気で見つめる汰空斗。


 「え? そう言われれば確かに……うーん」


 腕を組んで頭を捻る紅葉だが、汰空斗は知っている。紅葉に物事を深く思案することなど出来はしないことを。

 それを証明するように、紅葉は数秒で結論に至った。


 「なんだろうね?」


 ただ、真理を導けたとは言っていない。


 「はぁ……」

 「ってことだから後は汰空斗に任せるよ」

 「はいよ」


 ため息を吐きながらもそんなリーダーを否定しない汰空斗にも問題はあるだろう。


 「で早速だが、お前らなにかやりたいことあるか? ある奴は言ってみろ」

 「はい! 私、魔王を倒したい!!」


 勢いよく手をあげたのは紅葉。汰空斗はそのあまりに突拍子もない発言に返す言葉もないのだが、その横で鉄が目を輝かせた。


 「いいなそれ! なら俺も勇者と戦いてぇ!」

 「魔王ならともかく、勇者は倒す相手じゃないと思うよ?」

 「んなこたぁいいんだよ。それより、紫草蕾。お前はなんかないのか?」


 勇者や魔王など、少年の夢が詰まった言葉を聞いたからか、子供のように目を輝かせる鉄のテンションは異常に高い。


 「僕はとりあえず退屈じゃない冒険ができればそれでいいよ」

 「相変わらず夢が無いねー。紫草蕾は」

 「そういう彩葉はなにかあるのかい?」


 そう聞いてほしいと言わんばかりの笑みを浮かべて、彩葉は紫草蕾の肩を叩く。


 「それはもう! むしろたくさんありすぎるくらいだよ!! まず、魔法使ってみたいし、空も飛んでみたいでしょ。それにドラゴンとかにも会いたいな。できれば一緒に写真も撮りたい! あ、あとすっごい綺麗な風景とかありえない景色とか見てみたい!」


 彩葉はポケットからメモ帳とカメラとしての機能しか残っていないスマホを取り出し、メモ機能で言ったことすべてをメモし始めた。


 「盛り上がってるところ悪いが無理だ。せめて一般人の身で叶えられるやつを頼む」


 後半の願いはまだできなくはないだろうが、前半に至っては一般人じゃなくてもまず無理だ。仮にそれを望むのであれば本当の意味で転生をする必要があるだろう。


 「えー。汰空斗ならできるって」

 「過大評価にもほどがあるわ! 俺は神か何かか」

 「えー。いいじゃん。空飛ばせてよぉー。汰空斗のけちー」


 彩葉は幼い子供の様にふてくされてそっぽを向いた。


 「きりちゃんは何かしたいことないの?」

 「私か? 私は……特にないな。だがまぁ、強いてあげるのなら真剣が欲しい。この世界なら銃刀法にも引っかからないだろうからな」

 「流石は剣道の達人っと言ったところだな。他の馬鹿とは違って常識をわきまえてくれている点がありがたい」


 両手を組み頷く汰空斗にムスッとした顔の彩葉が噛み付く。


 「ちょっと、汰空斗。なんて言い方するのさ。まるで私たちが高望みしてるみたいじゃん!」

 「どこからどう見たら『みたい』で済むんだ。明らかに高望みだろ! 魔王だの勇者だの分をわきまえろ、一般人ども」

 「えー。そうかな? 魔王くらい私たち六人で勝てる気がするんだけど」


 神をおじさん扱いする紅葉だ。今更、魔物の頂点に君臨する王を「魔王くらい」っと表現したところで誰も気には止めないのだろう。


 「だーかーら。紅葉は俺と彩葉を戦力に数えるな」


 汰空斗に至ってはそれよりもリーダーが戦力を把握していないことを気にする始末だ。


 「ブー。じゃあ何ならいいのさ?」


 やりたいことを聞いておきながら何一つ許可しない汰空斗に紅葉までもがふてくされてしまった。


 「一般人の俺たちにできるのは精々いろんな国を回ることくらいだろうな」

 「えー。そんなのつまんないよー」

 「だろうな。でもまぁ、せっかくここまで来たんだ、その時が来たら少しは考えてやるよ」


 いくら異世界とは言え普通に国々を回っているだけで魔王や勇者と相見える機会など訪れるはずもない。

 言葉の裏でそう考える汰空斗は、敢えてそれを口にする気はない。


 「お、そういうとこやっぱ汰空斗だな」

 「うん。だね。そうこなくっちゃ」


 だがそんなこと、考えもしない鉄と紅葉は互いに笑顔を向け合っていた。


 「まぁこの話は一旦これでいい。だが、何をするにも足りないものが多すぎる。とりあえずこの二日はお前ら全員で金を集めてくれ」

 「りょうかーい」


 ピシッと敬礼をする紅葉。


 「それと、紫草蕾と彩葉。お前らは紅葉の、姫燐は鉄の見張りを頼む。変なことして目立たないよう監視しててくれ。特に、俺たちが何の能力も持たない一般人だとばれるのは、なにがなんでも避けなきゃいけない。もしボヤ騒ぎなんて起こしてみろ。見張りも含めてただじゃ済ませないからな」


 不敵な笑みを浮かべる汰空斗を見て背筋にひんやりと冷たい何かを感じた他五人。


 「ちょ、ちょっと待ってよ。私と紫草蕾で紅葉を止められるわけないって」

 「なら首輪でもしとけ」

 「く、首輪? 私は犬じゃなんだよ!? そもそも見張りなんてそんな……」


 さすがの紅葉も首輪をつけられるのは嫌なのだろう。彩葉の後ろに隠れる様子から本気で拒む意志の強さが感じられる。


 「そうだ、汰空斗。流石の私のその提案には賛成できない。私が紅葉に着くのが妥当だろう」

 「ああ。誰がどう見てもそうだろうな」

 「なら、なぜわ——」

 「——だがな、姫燐。お前は唯一、紅葉にだけは甘すぎる。紅葉が何しようと止めたりしないだろ? それじゃあ意味ないんだよ」

 「ゔっ」


 図星を突かたのだろう。姫燐から帰る言葉はない。


 「そういうわけだから、この組み合わせを変えるつもりはない。しっかり働けよ」


 そう告げた汰空斗は自分一人だけ宿屋に戻ろうと背を向けた。


 「おい、汰空斗。ちょっと待て。この俺に見張りまで付けて、お前はこの二日間何するつもりだ? まさか俺たちに働かせるだけ働かせて自分は何もしないなんてことはないよな?」


 鉄は汰空斗の手首をギュっと握りしめ引き止めた。


 「あのなぁ。そんな暇があるなら俺が紅葉に首輪付けて見張ってるよ」


 面倒くさそうに振り返った汰空斗は力で鉄に勝てるとは思っていないようで振りほどこうとすらしない。


 「ならなんで? もしかして戦えないからとか言わないでよ? 私もなんだから」

 「当たり前だ。俺はただお前ら全員がしたがらないことをするだけだ」

 「それはなんだ? 返答によってはたたき斬るぞ」


 姫燐は手を刀に見立てて構える。いくら剣道の達人とは言え流石に手刀で人は切れないだろう。


 「この世界についての調べ物だ。今から何かしようにも情報が足りなすぎるからな。言葉は通じるが文字にすると全く違うし、この世界の歴史も地理も社会の仕組みも何一つわかってない。そんななか旅するのは危険すぎるだろ。代わってくれるなら任せるが、どうする? 代わるか?」

 「い、いや……」


 五人全員で声をそろえて否定した。


 「わかったならちゃんと働けよ。それと——」


 汰空斗は鉄の手を振りほどき、銅貨が入ったポーチを差し出す。


 「姫燐。これで好きな剣を買っておけ。じゃないとまともに稼げないだろうからな」

 「ああ。わかった」


 姫燐はポーチを受け取ると視線を汰空斗からポーチの中へと移す。汰空斗のことだから数枚は抜き取っているだろうがほぼ全部の銅貨が入っている。


 「他のやつも欲しいものは買って構わないがその分ちゃんと稼げよ。話は以上だ。俺はこれから宿で準備を済ませた後、二日間は戻らない。後は任せたぞ」


 おのおの返事を返すと汰空斗と宿屋に背を向け町の中へと歩き出すのだった。

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