第33話「またね」

「今日は、なんかごめんね。ゆうみがはしゃいじゃって」


 「そんなこと……」そういうあたしの笑いは、ひきつり気味だったに違いない。

 

 ゆうちゃんは向坂くんの制止も聞かず、混みあったフードコートでハッピーバースデーを大声で歌って周囲の注目を大いに集め、あちこちから拍手までいただいてしまった結果、あたしの頭は真っ白になってしまった。


 その後もずーっとハイテンションだったゆうちゃんは、今は向坂くんの背中でぐっすりである。あたしは二人の荷物を運ぶため、家までお供することにしたのだ。

 前かごに荷物を入れた自転車を引きながら、向坂くんと並んで歩いた。


 夕日が沈んだばかりの正面の空はまだ少し明るくて、オレンジ色がぼんやりと残っている。


「ゆうみ、今日のこと楽しみにしてて、家でもずっとその話ばっかりでさ。ケーキも買おうねって。さりげなく何のケーキが好きかって、リサーチされてたの気づいてた?」


 そういえば。


 この間、フードコートを歩いていた時、「のぞみちゃんケーキ好き?」「何ケーキが好き?」って訊かれたわ。スイーツのお店の前だったし、唐突な話題振りは幼児あるあるだと思って、気にも留めてなかったんだけど……。 


「すごい楽しかったみたいだ。ゆうみ、家族連れ見ると、泣いたり機嫌悪くなったりで不安定になるから、混んでるフードコートは避けてたんだけど――今日は本当に楽しかったみたいで。よかった」


 「そうなんだ……」胸が痛い。

 この年のあたしだって、仲のいい家族連れを見ると辛くなっちゃったりするのに――ましてゆうちゃんは、大好きなお母さんがいきなりいなくなって、お父さんは勝手にどっかいって、引っ越しも何度もして――容赦ないお別れを、たくさん経験してきたんだ。

 

 ショッピングモールの近くだけあって、ファミリーマンションが立ち並ぶ一帯。歩道を歩いていると、さっきから何組もの家族連れとすれ違い、遥か先のマンション入り口からは、ファミリーカーが頻繁に出入りしている。

 賑やかな声が近づいてきたと思ったら、すぐ傍で大きなスライド音。見れば植込みの向こうの駐車場に停められたミニバンに、パパママ男の子二人の家族が乗り込むところだった。


「今日は十皿食べる!」

「僕も!」

「お腹壊さないでよー」 

 もう、まさにCMに出てきそうなハッピーファミリー。


 あたしは思わず、ゆうちゃんに目を向けた。だけどぐっすりのようで、まったく目を覚ます様子がない。一心に眠ってる寝顔に少し切なさを感じたけれど、それ以上にほっとした。そんなときだった。


「俺たちってさあ――変だよね」


 声に振り返ったら、車道側を歩く向坂くんが、ただ正面を見据えて、ゆっくりと歩いていた。


 確かに。


 制服姿のあたしたち三人。この集まりを説明する言葉って、一体――不安なような、悲しいような、どこか重いものが心にわきあがってきたとき、「あ、違う」唐突に何かを思いついたかのような、向坂くんの声。


「あ、違うな。言い直し。――俺たちって、面白いよね」

 そう言って、笑いかけてきた彼の明るい声につられるように、「そうだね」あたしは笑顔で頷いていた。



「うち、ここだから」


 向坂くんが立ち止まったのは、ファミリーマンションの一角。オートロックで十階以上はありそうな高級マンション。やっぱりお金持ちなんだな……思いつつ、あたしは自転車を停めた。

 あたしは向坂くんに言われた通り、前かごに入れた向坂くんのトートバッグから家の鍵を取り出し、ゆうちゃんをおぶっている向坂くんの右手に握らせる。そうして向坂くんの肩にトートバッグをそっとひっかけた。


「今日は、本当に色々ありがとう」

「こちらこそ」


 なんだか名残惜しい――だけど、早くゆうちゃんを、ちゃんと寝かせてあげないと。


 あたしはスタンドを軽く跳ね上げて、自転車をUターンさせる。肩越し振り返って、「じゃあまた、倶楽部で」


 「そうだね」向坂くんは笑顔で頷いた。


「でもその前に、ハンバーグ作りに来て」



(終わり)


 


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