第32話「誕生日」
20分後。
校門前で3人を撒いた――もとい、別れたあたしは、人気が無い土手を立ち漕ぎで飛ばして左折、渡橋を渡って、自転車を漕ぐ。漕ぎまくる。
薄いオレンジ色の空に、昼間の強い日差しが名残る夕日が眩しい。
途中の信号にまったくひっかからず、多分自己最高ってペースでスーパーに到着した。自転車を停めた途端、汗がどわっと噴き出してくる。夕方とはいえ、まだまだ空気は熱っぽい。
あたしは鞄のサイドポケットからミラーを取り出し、汗を拭いて、髪を直し、リボンをチェック。リップを引き直して、ソックスをちゃんと上げた。
よし! 足早に入口へと向かう。
勢いよく開けたカラフルな入り口には、見たこともない大きなチラシが貼ってある。夏の大サマーセール。
だからなのか、平日なのに家族連れやら学生やらで随分と混みあっている。
フードコート、席空いてるかな……二階のエスカレーターに向かおうと、急いで角のコーヒーショップを曲がろうとしたところで、
「のそみちゃーんっ!」大きな声。
振り返ったら、後ろの専門店街から走ってくる結海ちゃんと、「ちょっと走るなって、危ないから!」それに引きずられた向坂くん。倶楽部活動の時の同じ、制服とトートバッグ姿だ。
「ごめん、待った?」
「あたしも今着いたばっかり」
「そっか、よかった」
「今日、混んでるよね。席あるといいけど」
「――まあ席なかったら、他のところ行こうよ」
そんなことを言いながら、あたしたち三人は、エスカレーターに向かう。
あたしたちは、あれから何度かフードコートで夕食を一緒にした。どっちの親もいないとき、「吉野さんがいるとゆうみが喜ぶから」って向坂くんが。
「今日は何食べたい?」
握った右手を振り振りしながら、向坂くんがゆうちゃんに訊く。
ゆうちゃんは間髪入れず、「ハンバーグ!」
「えっ、昨日食べたばっかりだろ」
「でも、おいしくなかった……。焦げてたし、しょっぱかった」
うわー、容赦ない。あたしはゆうちゃんの隣で苦笑い――そしたらゆうちゃんがくるっと振り返ってきて、
「だから今度、のぞみちゃんの作ったやつが食べたい」
その、サラサラした髪を傾けて、うるうるした大きな目で見つめられると……。
これでヤられない人っているんだろうか。ゆうちゃんの将来が心配だよ、お姉さんは。
「ゆうみ、何言ってるんだ! お姉ちゃんが困ってるだろ」
向坂くんは、普段は「ゆうちゃん」などと甘やかしているけど、怒るときは「ゆうみ」と呼び捨てになる。いやでも、そんな本気怒りするとこじゃないでしょ。声までひっくり返っちゃって。それとももしかして、あたしの料理の腕が分かっている!?
「だめ?」
でもゆうちゃんは向坂くんには目もくれず、あたしにダメ押し。小悪魔かよ。
「いやあの……」思わず口ごもってしまう。
だってハンバーグって、ああみえて難易度高いよ? 焦げるか生焼けかのどっちかだよ? どうしよう「向坂くんのより不味い」って言われたら。煮込みハンバーグにしたらいいのかな? でも作り方分からないし……。
今度、お母さんに作り方聞いてみよう、思いながら、「分かった、じゃあ今度ね」
「ホント、やったあ約束ね! はい、指切り」
何から何までカワイイなあ……思いながら小指を絡めていると、「騙されちゃって……」向坂くんがため息混じりに呟くのが聞こえた。
あたしたちは一列に並んでエスカレーターに乗り、二階へ到着したところで、
「じゃあゆうちゃん、どのハンバーグにする?」
「のぞみちゃんは、何食べたい?」
質問に質問で返されて、「ん?」となったところで、
「今日は、のそみちゃんが食べたいお店のハンバーグにする!」
「お店が違うと、料理が来るタイミングが合わないのがイヤだって……」
ゆうちゃんの言葉を補足するように、向坂くんが付け足してくる。
それって――思わずゆうちゃんに目を落とすと、ゆうちゃんは、にこにこしていた。
結局、あたしが選んだ店の同じハンバーグプレートをみんなで食べた。
どうにか席を確保したあと、あたしは店先でメニューを選んだところで席についているよう言い渡され、ただ座っているところへ、向坂くんとゆうちゃんが料理も水も運んで来てくれるというVIP待遇だった。
おまけに頼んでいないドリンクが追加されていて、「あれも!」とゆうちゃんに言われて向坂くんが出してきたのは、プチケーキ。これ、下の専門店のヤツだ。
「のぞみちゃん、チョコが好きだよね。みんな同じにしたよ」
「おめでとう」
プチケーキが添えられたプレートをまじまじと見て、顔を上げたタイミングで正面の二人から同時に言われた。
同じものを食べて、笑顔でおめでとうと言われる誕生日――こんなの、あるんだろうか。
スマホにかじりついて、ひたすら来ない連絡を待つ誕生日なんて、この世から消え去ってほしいと、ずっと思っていたのに。
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