第31話「良き関係」

 初めての3人会議の時。


 向坂くんが求める新入部員像をふむふむと聞いていた江上は、「俺、一人アテあるわ」と言って連れてきたのが田代ちゃんだった。


 ボブがよく似合う小柄の女の子。

 制服のおかげで「高校生」って分かる、まだファンシーグッズ使ってそうな、かわいらしい感じの一年生。


 だが。


 彼女は、いわゆる数字オタク? というヤツだった。

 電卓を叩いたり、数式を駆使してたりするときが幸せなんだとか。

 「素数日は特に上機嫌」と江上に聞かされ、あたしは初めて「素数日」というものの存在を知った。

 ちなみに持ってる文具類は、全てメタリックブルー。カッコいい。


 絵を描いているとき以外はずっと喋ってる気がする江上と、数字を見ていないときでも口数の少ない田代ちゃん。全然タイプ違ってるし、ベタベタしてるわけじゃないけど、息はピッタリ。幼馴染は偉大である。

 

 そして武藤くん。


 彼も、江上が連れてきたといっても過言ではない。


 とある昼休み。

 江上と向坂くんが中庭を歩いていたときのこと。


 「やっぱさ、飲み物はコーラだろ」と声高に主張する江上に、向坂くんが紅茶の蘊蓄を熱く語っていたところ。


「分かります!」


 大きな声に驚いた二人が振り返ったら、ついさっき通り過ぎたはずの男子が立ち止まっていたと――目を輝かせて。


 そこで江上がすかさず、「毎週水曜にお茶会してるけど来てみない?」と声をかけ、1日体験入学の末、めでたく入部となったのだ。


 そこからがまた早い。


 5人の名簿とともに、年間計画書類(向坂くんが事前に準備していたらしい)を生徒会に提出。夏休み直前の学祭予算最終調整会議という混乱に乗じ「同好会」から「部」活動への昇格が承認されただけでなく、少額ながら、ちゃっかり学祭予算もいただいた。

 それというのも生徒会顧問の恩師である、岩じいのおかげ、である。

「ま、硬い活動だからね。この学校、文学部の類ないしさ」とは向坂くん談。


 なんとゆーか、世の中とは波に乗るときは乗るんだということを、あたしは初めて目の当たりにした。


 ということで、創設者の向坂くんが部長、あたしが副部長。

 そしてイマドキ手描きにこだわるイラスト担当兼ムードメーカーの江上(2年。美術部とかけもち)、黙々と数字を打ち込んでは悦に入っているお金&スケジュール管理担当の田代ちゃん(1年。暗算三段!)、紅茶+αに魅かれて入部したと思われる紅茶フリーク、でもイラストも文章も見た目もイケてるハイスペック御曹司の武藤くん(1年。特進!)という絶妙なバランスメンバーである。


 連絡網はLINEグループだけど、滅多に使うことはない。

 新たな部室が用意されるまで本館の旧国語準備室を使うことは許されたが、鍵を貸してもらえるのは水曜日のみ。向坂くんにはゆうちゃんのお迎えがあり、江上は美術部にも在籍していて、武藤くんは特進だから他の曜日は7限まで授業がある、という事情もあり、この部屋にいるときだけが倶楽部の活動時間だった。

 

 ゆるい、もとい、メリハリのある良い関係だ。


「じゃ、これ食べたらこの間の続きね。『聊斎志異』の――」

「副部長、責任感がお強いのは結構ですが、今はセカンドフラッシュのフルーティーな味と香りを楽しみませんか? 野暮すぎます」

「なっ!!」


「――また始まったー」

「不毛な争いだよな」

 やたら武藤くんがあたしに突っかかってくるのも、それを見て江上と田代ちゃんがコソコソ言い合ってるのがたまに引っかかるけど、でもまあ、平和な部活動です。



 オレンジ色に染まった室内で、古時計がボーンと六回鳴った。


「もうこんな時間」

 向坂くんが腕時計を確認しながら慌てて立ち上がる。手元のカップやらお菓子やらを片付けようとする手を、武藤くんが制し、

「部長、大丈夫です。ここは僕が。早く妹さんを迎えに行ってあげてください」

 武藤くんは、「小さな妹さんの面倒を見ているなんて、先輩を尊敬します!」といつも言っていた。


「いつも悪ぃな、武藤」

「いいんですよ、部長。部長の不在は、僕が埋めますから」

「それやっべー。俺いらねーじゃん」

「何言ってるんですか! 部長は、僕にはすごく必要な人なんです!」

「あははサンキュー。お前ホントいいヤツだな」

 明るい笑い声を上げる向坂くんの背後で、


「――あいつ、死刑でいいだろ」

「いいでーす」

 またしても二人はコソッと顔を合わせた。


「あたしたちも片付けないと。じゃあ部長、お疲れさまでした!」

 「あ、うん。じゃあごめん、お先」言いながらチラッと向坂くんがあたしを見て、慌ただしく部屋を出て行った。


「……うわーアイコンタクトだよ、やだやだ」

「夫婦みたいですー」

 何言って……と言いかけたあたしの声は、勢いよく立ち上がった武藤くんの裏返った叫びにかき消される。


「何言ってるんだよ田代さんっ! あれは『後を頼んだぞ、副部長』って目でしょうが!」


「……ま、他人様の思考をどうこうはいえないやな」

「江上先輩、それどういう意味ですか!」

「勘違い自由ってことじゃないですかー」

 夫婦漫才……いや漫才トリオ? 心中ツッコミつつ、


「さ、あたしたちも急がないと! 江上は窓施錠、田代ちゃんは机、あたしがカップ洗うから、武藤くんはお茶セットしまう! あと三十分で本館ここ閉められちゃうんだから」


「「「はーい」」」

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