第30話「五人」


「おはよ。どしたの? 入口に突っ立って」


 振り返ったら、そこにはいつものトートバッグを肩にかけた向坂くんと、たぶん見たことがないボックス型トートバッグを手に持った武藤くんがいた。

 

「あ、ごめん。おはよ」

 そう言って中に入ったあたしのあとに二人は続いてきて、


「おはよ、江上に田代さん。相変わらず早いね」

「やる気の問題だろ」

「おまえは田代さんに引っ張って来られてるだけだろ」

「はい」

「おい衣奈えな、何テキトーなこと言ってるんだ! ――よお武藤。なに、おまえ部長を家まで迎えに行ったの?」

「まさか。自転車置き場で偶然、なあ?」

 笑いながら振り返った向坂くんのいきなりさに驚いたのか、「え、ええまあ」とたどたどしく頷く武藤くん。


「偶然だってよ」

「偶然ですか」


 そこで江上と田代さんが顔を見合わせ、頷き合う。

 ささいなやりとりも、妙に息ぴったりだったりする。しかもいちいち意味深に見えてしまうのは、家が隣同士の幼馴染という関係がなせる業なのか。


「何だよ、相変わらず引っかかる反応だな」 

 言いながら向坂くんは、窓際の棚にトートバッグから取り出したカップやら電気ポットやらを並べだした。

「先輩、今日は僕にお茶を淹れさせてください。とっておき、持って来たんです」

「え、なになに武藤。おまえのとっておきって楽しみしかない――って何、ミネラルウォーターって気合入ってるなー。それであの大荷物か。重かっただろ」

「そんなことないです」

「じゃあ、俺、カップの用意するから、お茶は任せた」

「はい」


 そんな男子高生のほのぼのとしたやり取りを背に、あたしはいつもの定位置に座った。

 あたしの正面で、田代ちゃんがノートパソコンと電卓を並べてカタカタしている。難しい顔してる――と思ったら、ふとニタリとする。ええ、もう慣れました。


 さてと――横の椅子に、手に食い込み気味だった氷入りのバッグを置いて一息つきかけたところで、突然、あたしの目の前に、紙が突き出された。


「見るよこの色! この線! 絶妙じゃね? 神じゃね? 同人の表紙はこれで決定な!」

 田代ちゃんの隣に座る江上が、身を乗り出している。


「だから江上! 同人じゃなくて、部誌だから部誌!」

「いちいちコマけえなあ、副部長。どっちでもいいだろ」

「よくない! コミケじゃなくて学祭で売るんだから」

「あーはいはい、分かりました。相変わらずうるせえな。ったく、前は『江上くん』なんてカワイク呼んでくれてたのになー」

「お褒めの言葉ありがと。気合い入れて描いてね、目にした人が買わずにはいられないような、渾身の一枚を」

「褒めてねえし! まあいい、分かった。副部長が『江上さま』とひれ伏すような一枚を持って来るから、待ってろ」

 

「ちょっと待った武藤、この香り……」

 向坂くんの声に、あたしたち三人は、揃ってそちらに目を向けた。


「これって――まさかまさかの、ダージリン・セカンドフラッシュ!」

「さすが部長、分かっていらっしゃる」

 興奮気味の向坂くんに、武藤くんはニッコリと品よく笑いかける。


 向坂くんは踵を返し、部室の隅に置かれた籠を漁りながら、

「しまった、お菓子がポテチしかない。分かってたらタルト買ってきたのに」 

「いいじゃんポテチ! ナニナニうすしお? コンソメ?」

 パイプ椅子が倒れかける勢いで立ち上がった江上を、向坂くんは振り返り、

「おまえはコーヒーでもコーラでもポテチだろうが、味覚死んでるヤツは黙ってろ!」

「部長、大丈夫です。僕、マドレーヌ持ってきました」

 そう言って武藤くんがトートバッグから取り出した箱は――「デリカじゃん」「デリカですね。しかもあれ、限定版マドレーヌです」


 デリカはハイソな駅前ホテルの洋菓子店で、立地に見合う高級店である。

 限定版マドレーヌは、希少な高級バターを使った数量限定で、しかも8のついた日にしか販売しないので、午前中には売り切れてしまう大人気商品だ。

 確かに今日は28日。

 だけど店はまだオープンしてないはずなのに――さすがはハイソホテルの御曹司。


「うわ武藤、おまえ神! 仏! もうサイコーっ! 女なら嫁にしたい」

 抱きつきかねない喜びよう。反応の違いに腹が立ったのか、江上は派手に舌打ちした。

 そして――「この罪作りめ」


「何、何か言った? 江上」

「俺、知らね」


 振り返った向坂くんから目を逸らし、大げさなため息をつく江上の横で、田代ちゃんも釣られたようにため息をついた。もはや年季さえ感じる。


 そう。


 奇譚倶楽部はめでたく五人になったのだ。

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