第五章「始動」
第29話「おめでとう」
いつもの電子音で目が覚めた。
正しくは、音が鳴り始める直前に、ぱちっと目覚めた。
遮光カーテンの隙間から漏れてる光で、部屋がぼんやりと明るい。あたしは、さっぱりとベッドを下りて、カーテンと窓を開ける。一気に部屋が明るくなって、すっきりした空気が流れ込んできた。
「今日も暑くなりそうだな……」
近くの小学校でやってるラジオ体操に、まだ参加できる時間帯なのに、くっきりとした青い空には、はっきりとした白い雲が浮かんでいて、まだ地上に近い太陽も、すでに眩しい。
あたしはゆっくり伸びをしてから、パジャマを脱いで、制服に着替えた。
そして。
小さく息を吐いて、窓際の机に向かう。
ほんのちょっとだけ、ドキドキしながら。
角に置かれた充電器からスマホを抜き取り、ディスプレイを見る。
LINEとメールが何通か。あたしはLINEを開いた。
たくさんのDMに知った名前から何通か。その中から一通を開いた。
『お誕生日おめでとう』
スタンプと、メッセージを書いた紙を笑顔で持ってるゆうちゃんの写真と、「素敵な一年になりますように」の一言。
◆
久しぶりの倶楽部の日。
あたしと向坂くんは、本館の旧国語準備室で、美術部と掛け持ちの江上くんが来るのを待っていた。
「父さん、あたしが中学生になったとき、離婚して家を出て行ったんだ」
開けた窓からは相変わらずいい風が入ってきて、レースのカーテンがふわふわ揺れている。電気ポットのお湯がボコボコ沸いていて――平和な日常という雰囲気の中で、向坂くんが「連絡先交換する?」ってスマホを取り出したとき、あたしはほわっと口にしていた。
「最初は電話もLINEも頻繁にきたし、誕生日やクリスマスにはプレゼントも届いてた。でもそのうち、クリスマスと誕生日にメッセージが来るだけになって。高校の合格報告した時も、返信は3日後。で、ついに去年は誕生日も、クリスマスも、何の連絡も来なかった。『今日は連絡来るはず』って一日ドキドキして、何か来るたびガッカリして、何もなく一日が終わるの繰り返し――もう、スマホ見るのがイヤになって、機種変して、電話番号もLINEも変えちゃった。だからもう絶対、父さんから連絡来るはずはないんだけど、スマホを見るたび、心がざわざわしちゃうから、今も苦手」
もういいや、言っちゃえーな勢いで明るめに口にしたけど、話し終わったとき、向坂くんが『そっか』とただ一言言って立ち上がったときには、『やらかしてしまった』と思って心がざわざわした。
でも。
甘い匂いとともに、ピーチアップルティーが差し出された。
そうして対面に座った彼は、にっこり笑うと、
「じゃあ今度の誕生日、俺が一番にメッセージ送るね」
◆
送信時間は0時ジャスト。向坂くんは、約束をちゃんと守ってくれたのだ。
かわいらしいゆうちゃんの笑顔と、たどたどしい『おめでとう』の文字に、あたしはにへっとしてしまう。
「今日早くない?」
って驚く母さんを見送って、あたしはゆっくり顔と髪を整えてから、パンを焼いて、テーブルに置かれてたオムレツとサラダで朝食を摂る。
食べ終わった食器を片付け、昨夜たくさん作っておいた氷を保冷剤とともにバッグに詰め込んで、8時45分に家を出た。予定より5分遅れになってしまって、ちょっと焦る。
夏休みだけど、水曜日は倶楽部の日である。
受付のおじさんに挨拶して、あたしは軽快に本館の階段を上がる。
「おはよー」ドアを開けると、「おう」と、背中越しに振り返る、江上。
9時からの活動で、部室の鍵を開けておいてくれるのは、だいたい彼である。
学校一番近いからと言ってはいるが、正しくは――。
「おはようございます、副部長」
「おはよう、田代ちゃん」彼女のおかげだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます