第28話「そういうこと」
「それから俺、着信音とかバイブ音とか聞こえるたびスマホに飛びついて、画面見るたびガッカリして――どうして俺は 姉さんに返信しなかったんだろうってもう何度も。――あんまり辛くて、スマホを手放した。でも、結海を引き取ることになって、先月からまた持つようになったんだ。番号は親父と保育園、結海にしか教えてない」
何も言えなかった。
勝手に勘違いして、勝手にあたりまくって、ホント、自分の馬鹿さが腹立たしくて、子供っぽくて恥ずかしい。
なんとなく俯いてしまうあたしの向かいで、向坂くんがコップを手に取る。それが再びテーブルに置かれたときには、氷が少ししか残っていなかった。
「結海と初めて会ったのは、姉さんの葬式のときだった」
声のトーンが変わった気がして、思わず顔を上げる。
向坂くんの目が、少しだけ和らいだように見えた。
「部屋の隅を見てぼーっとしてたから、『どうしたの?』って訊いたら、『お母さんがいるの』って」
懐かしい思い出を語る目をして、それでいてどこか悲しげな笑みを浮かべながら、向坂くんは続ける。
「それからだよ。『実は今、姉さんは俺の近くにいるんじゃないんだろうか』って思うようになったのは。どうしたら結海みたいに見えるんだろう。そういう情報を集めたり、パワースポット行ってみたりもしたんだけど、全然見えなくて。『朱に交われば』じゃないけど、霊感の強い奴らの傍にいたら、見えるようになるかもしれないって思って。でも周りは、暇さえあればスマホ見てて――見えない何かに気づく隙のあるヤツなんて、どこにも居ないように見えた」
『どこ!』
初めて一緒に帰ったとき、『なにかいる』ってあたしの冗談に、向坂くんが怖いくらい真剣に辺りを見回していたのは――お姉さんを、探していたから?
「だから、一人時間でもスマホを出したりしないで、教科書やらノートやらをのんびり用意する態で物思いにふけってたり、廊下や空をなんとなく眺めてる吉野さんに気付いた時は、『やっと見つけた!』って」
えっ、見られてたの!? これまでとは一転、あたしは大いに動揺した。
まさか誰かに見られてるとは思わず――どんな腑抜けた顔してたんだろう……考えたくない。
頭を抱えかけた時、向坂くんが大きく息を吐いた。
見れば、なんだかスッキリとした顔をしてる。
「色々言ったけど、結局は姉さんに会いたくて、そのために何かの力を借りたくって、楽しい高校生活送りたい――倶楽部を立ち上げたのはつまり、そういうことだよ」
なんとなく恥ずかしそうな照れ笑いを浮かべる向坂くんに、あたしは思わず笑ってしまった。
そのとき。
「げほんげほん」
あまりにも白々しい咳払いが聞こえてきて、あたしと向坂くんは、そろって横を見た。
そこには満面の笑みのあおちゃんママがいた。ゆうちゃんと手を繋いでワイワイやってるあおちゃんの肩をガッチリ掴み、空いた左手をヒラヒラさせながら、
「お話し中にごめんなさいねー。もう、碧人がゆうちゃんと遊ぶってきかなくって。このまま一時間くらいお預かりしちゃうねー。後でちゃーんと家に送り届けるから安心して! 何かあったらLINEしてね」
あたしたちにヒトッコトも発する余地さえ与えず一気にまくしたてると、「じゃあ行くよー」と二人を連れて行ってしまった。
「だ、大丈夫?」
あまりにハイテンションのあおちゃんママに、今度会った時が大変なんじゃないかな……と心配になって訊いてしまった。向坂くんは「ははは」と力なく笑っている。
気づいたらフードコートには人が溢れていた。
席待ちをしてる家族もチラチラと見える。なんとなーく居心地の悪い視線を感じ取ったあたしたちは、すっかり冷めきった食事を黙々と片付け、急いで席を立った。
外に出ると空は見事な夕焼け。
辺りは明るいオレンジと黒い影の見事なコントラスト。
「じゃあここで」
家が反対方向のあたしたちは、駐輪場で別れた。
「うん、気を付けて」
踵を返し、数歩歩いたところで、「吉野さん!」背後から声。
振り返ると、夕日をまともに受けた向坂くんが、こっちを見ている。
「来週は来るよね?」さらっとした声。
だからあたしも、さらっと答えた。「うん」
「――で?」
次の水曜日、国語準備室のドアを開けると、丸い背中が見えた。
手元で広げられたスケッチブックには、滑らかな線が何本も引かれ、人の横顔が形成されている。
彼は手を動かしながら、「終わった? 痴話喧嘩」
「ちがっ……!」思いっきり動揺するあたしの隣で、「お騒がせしました」向坂くんが神妙な声で謝罪する。
「あっそ」そこで江上くんはカタンと鉛筆を置き、肩越しに振り返ってきた。
「じゃあ今日の倶楽部活動、始めようか」
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