第二話 聖女の街と宵闇の徒

1 海はまだ先

「にゃあ……もう疲れた」



 シルフィがそうつぶやいて足を止めた。

 黒小人ドヴェルグの夫婦、そしてリュウマと別れ雪の村ゴラティエを後にしたアベルたち三人は、険しい峠道を進んでいた。

 馬は村で金に換え、現在は徒歩での道行きだ。


「ほらネコ娘、口ばっかり動かしても進まないんだから、足を動かしなさい足を。今日こそはベッドの上で寝たいでしょ」


 峠越えのために、ここ数日はずっと野宿だ。三人とも野営は別段苦ではなかったが、それでもさすがに疲労はたまっていた。


「うーっ、もう無理……。アベル、おんぶして」

「えぇ、やだよ。俺だって疲れてんだけど」

「そうよ、自分で歩きなさい」

「やだ、おんぶ」

「……ったくしょうがないなぁ、……はい」

 不服そうにしながらも背嚢を前に回し、空いた背中をシルフィに向けてアベルが腰を落とす。


「ちょっ!はいっ、じゃないわよ!なんでこのネコ娘にはそんなに甘いの!?」

 そんなアベルの頭をクレアが勢いよく叩いた。


「いたっ。いやだって、疲れたって言うから……」

「そんなの私だって疲れてるわよ!じゃあ私もおぶってよ!」

「いやクレアは大丈夫でしょ……」

「なんでよーーーー!」


 アベルは剣も振るえるとはいえ、本来は魔導士。そしてシルフィは生粋の魔導士だ。それぞれの得意不得意はあるとはいえ、遠征などに一番慣れているのは王剣隊のクレアだろう。

 実際まだまだ余裕はあったが、それでも納得いかない。


「クレアうるさい。口ばっかり動かしてないで足を動かす」

「なっ!?このネコ娘……」


 いつの間にか歩き始めたシルフィがぼそっとつぶやくと、クレアが青筋を立ててその後を追う。


「大体あんたはねえ……」

「うるさいうるさい」


 並んでギャンギャンと言いあいながら先に行く二人の後ろで、アベルがため息をついた。


「二人とも、あと少しで麓だから頑張って」

 

 その声が聞こえたのか否か。言い争いながらペースを上げていく二人を慌ててアベルは追いかけた。



***



「ホツマ、か。行った事ある?」


 開けた場所に少し腰を落ち着かせる。この分なら日暮れ前には中継地点の村に着くだろうペースに、三人はしばしの休憩を入れることにした。


「私は無いわ。っていうか、商人以外ならだいぶ限られるんじゃない?交易はあっても交流はしない国って言われてるみたいだし。うちドラウステニアに限らず。王剣隊でも行った事ある人なんて古参の一握りよ」

「にゃあ、わたしも無い」

「当然俺もだけどね。まあでも他にとっかかりもないしなあ」

 

 ゴラティエでラルフから得たアベルの過去。それをもとに三人は雪花宮ホワイト・パレスでアベルを育てた教官たちを訪ねることにした。

 といってもラルフはパレスの中で魔術を教えていた者達の事は誰も知らない。

 アベルの剣術を創成した際、魔術的動作を取り入れるため協力した長耳のドルイドと東方の巫女の二人だけは知っていたが、名前も覚えていなければどこにいるかももちろん知らない。

 そんななか、光明となったのはリュウマの一言。


「さっきのアベル君の足運びは、僕の地元ホツマの神楽巫女の動きや。東方の巫女ってのはたぶん太刀巫女の事やと思うで」


 そして目的地は東方の島国ホツマと決まったのだが。


「まぁ、この間まで雹風山にいたんだから、そりゃあ海も遠いよね」

「当たり前じゃない。まだまだよ。……でもま、とりあえず今夜はやっとベッドで寝れそうね」

「にゃあ、何だっけクレ……クロ……?」

「クロストだよ、シルフィ。ほら見えてきた」


 峠を抜ければアベル視線の先に、街の家々が見えてきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

旅する剣と迷子の魔法 後輩 @kouhai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ