25 それぞれの巣立ち

「さて、と。……2週間もの間、本当にお世話になりました。『打ち手』、『刻み手』」



 まとめた荷物を馬にくくり終えると、アベルは見送りに立った二人の黒小人ドヴェルグへと深々と頭を下げた。


「さびしくなるな、少年」

「少年、道中気を付けて」


 相変わらず無表情の子どもにしか見えないような二人であったが、看病されながらともに過ごしていくうちに、アベルたちにも少しづつその変化がわかるようになってきた。ゆえに今は二人が本当に寂しがっている様子が感じられて、思わず胸が熱くなる。


「私からも感謝を。貴方たちがいなければ、この馬鹿は今頃死んでたわ。……ドラウステニアの剣、ガーディニアの娘として、そしてもちろん私個人としても。彼を助けてくれて本当にありがとう」

「礼には及ばない、剣持つ娘。俺たちと少年の縁がつながっていたがゆえに」

「私たちが鍛えた剣を介した縁。ならば私たちがつなぎとめるのは当然の事」


 こともなげにそう言う二人の黒小人に、しかしそれでもクレアはドラウステニアの貴族として、そして剣の一族ガーディニアの娘として。武人の所作にて最大の礼を二人へと向けた。


「にゃあ……楽しかった。ありがと」

 そして最後に恥ずかしそうにシルフィが頭を下げる。照れくさそうに頬を染め、尻尾がゆらゆらとゆれているその様子に、黒小人たちも無表情の奥に笑みをのぞかせた。

 精霊との親和性の高い彼女だからだろうか。この二週間で彼らとずいぶんと打ち解けていたようだから、きっと寂しさもひとしおだろう。



「せっかく仲良うなれたのに、寂しなるなあ。……ほんまに師匠とは会っていかんの?」

「はい。聞くべきことも聞きました。思い出すべきことも思い出しました。だから次はきっと、剣王に勝てるようになって会いに来ます。……必ず」

 

 最後の呟きは、自らに言い聞かせるように。

 記憶をなくした彼が、やっと思い出した自らの目標。進むべき道。

 なぜその道に入ることになったかも、本当に自ら望んだ道なのかもわからない。

 だが、確かにあの頃自分は。雪花宮ホワイトパレス、雹風山の麓のあの場所で。

 剣王ラルフ・オルキッドを、刃の頂点を超えるためにこの二振りを手にしていたのは間違いないから。

 やっと手にした己の過去を、その時の情熱を。それがたとえほんの断片だとしても、手放すことはしない。……もちろんあの時抱いていた気持ちもだ。



「……なら、速いもん勝ちやね」

「……そうですね」



 同じ刃の頂点を師に持つ唯一の兄弟弟子と。

 ……そしておそらくは剣王に対して自分と同じ思いを抱いている同盟者と、アベルはゆっくりと握手を交わした。


「……次会った時も、またやろな?」

「……冗談でしょ。師匠とやりあう前に、今度こそどっちか死んじゃいますよ」


 満面の笑みでアベルに言うリュウマ。それにアベルが引き攣った笑みを返すと、二人の少女が今度こそ呆れたという風にため息をつく。



「……少年!」



 馬にまたがり駆けだそうとしたアベルに、『刻み手』が声をかけた。


「その二振りは……『白鶯はくおう』と『黒熔こくよう』は、私の持てる技の限りを尽くして剣。どうか大事にしてほしい。……貴方がその剣とともにある限り、その剣があなたに振るわれる限り。貴方の道に大いなる祝福があるよう、祈っている」



 そう言うと『刻み手』は今までの無表情が嘘のように、まるで花がほころぶように微笑んだ。



「……また会おう、少年」

「……ありがとうございます。行ってきます!」


 そして三人は馬を走らせる。


 目指すは海の向こうの東国ホツマ。剣王から得た手がかりの一つ、アベルの剣術を創った三人のうちの一人、太刀巫女たちのみこがいる国だ。



「……そう言えば、剣王が依頼した剣って、どんなのだったのかしらね」

 ぽつりと、クレアがつぶやいたその一言は、蹄の音に紛れた。




***




「行ってもうたなあ。……ほんまに声かけんでよかったんですか?」


兄弟子と二人の少女の旅立ちを見送った直後。どこからともなく現れた剣王ラルフ・オルキッドに、弟子のリュウマが話しかける。


「いいんだよ、さっき坊主も言ってたろうが。わかってんなら俺も言うべきことはねえよ」


 そう言うとラルフは、今度はリュウマへと視線で問いかける。


――てめえはどうすんだ?



「……師ラルフ・オルキッド」


 リュウマがいつもの飄飄とした態度を一変させ、剣王へと向き直った。


「あなたの元へとたどり着いてから二年。短い間でしたが、ほん」

「ああ、うるせえうるせえ。御託はいいんだよ」


 最後くらいは、と思っていたリュウマが途中で剣王に遮られ拍子抜けしたようにため息をついた。


――照れ屋さんやな師匠。


 すると心を読んだかのように飛んできた神速の拳骨に吹き飛ばされ、雪原を転がるリュウマ。そんな様子に今度はラルフがため息をつくと。


「……『打ち手』、『刻み手』頼んでたもんは」


「「ここに」」


 小さな黒小人二人で抱えるように持ってきた「それ」を受け取って、ラルフは転がるリュウマの元へぽいと放った。


「さっさとそれ持って消えろ。俺の首飛ばせるようになるまでその面見せんじゃねえぞ」


 ガバッと雪の中から身を起こし、目の前のそれを信じられないという目で見つめるリュウマ。


「……師匠、これは?」

「あん?見てわかんねえのか、てめえの得物じゃねえか」


 

 無造作に雪原に突き立ったそれは、剣にしてはあまりに細く、刀にしてはあまりに長い。

 震える手でリュウマが黒塗りの鞘を払うと、陽光を照り返してきらきらと輝く刀身が現れる。

 反りは浅く、刃文は直刃。身の丈ほどのその刀身は彼以外には取り廻せないだろう。


「あの坊主とやらせたら、お前の刃っぱ使い物にならなくなると思ってたからな」

「剣王の求めに応じて、俺が打った大太刀だ。原初の炎で熱し、命無き霊峰の水で焼きを入れた」


 これほどの業物。リュウマほどの達人でも、それに足る働きができるのかどうか。


「……た、対価は。黒小人の打った武器には、それ相応のもんが必要になるはずや。師匠、そないな金どっから」


「対価はすでに受け取っている」


 そう言って『打ち手』が捧げ持つのは、何の変哲もない一振りの剣。

 リュウマが今手にしている大太刀と比べたら、路傍の石のようなどこにでもある剣だが。

 一目その剣を見た瞬間、リュウマの顔が蒼白になり、そして一瞬の後怒りに染まった。

 

「おい、ふざけるんやないぞ……あんたそれの価値をっ!」



「黙れ、若造」


 

 剣を捧げ持ったまま微動だにせず、目を伏せたまま『打ち手』が静かに、しかし有無を言わさぬ威を以て口を開いた。


「この剣の価値、貴様なぞよりよっぽど理解しているとも」


 そしてゆっくりと、いたわるかのように。古く汚れたその鞘を払う。


「無名の刀匠が打ったのだろう、数打ちの一振り。荒さも目立つ」


 現れた刀身にもなんの特徴もない。見るものが見れば丁寧に打たれているという事は分かるだろうが、それでも大きな町の武具屋に行けば相応に買える一振りだろう。


「だが剣王はこの剣で龍の血肉を喰らい、神を堕とした。打ち手がいくら凡百の徒であろうとも。断ち、切り裂くという剣の在り様でこれを超えるものは未だ無い。すなわち刃の頂点。剣王ラルフ・オルキッドの偉業を示した一振り」


 染み入るように滔々と、『打ち手』は語る。

 刃鋼を打つものとして。振るうのではなく、創るものとして。


「貴様が手にするその大太刀には、それを対価にするだけのものを込めた。だがそれは泉の聖剣でも魔王の佩刀でもない、俺が持つ全てを込めただけの、ただの刃だ」


 震える手を抑え、再びリュウマが大太刀を見る。

 玉を散らすかの如き刃。その内に秘めた熱が手に伝り思わず背筋が伸びた。


「剣王の無銘の佩刀に敬意を表し、その大太刀に銘は無い」

「……はい」


 気付けばリュウマもまた、刃を捧げ持ち雪原に膝をついていた。


「その太刀を以て、刃の王を超えてくれ。その地金に足る熱はもう込めた。後はそれを振るう者へ託す」

「……必ず。この一振りに足る使い手として」


 目を伏せ、肩を震わせながら、リュウマが『打ち手』に応えた。



「その太刀がお前とともにある限り、その太刀をお前が振るう限り。お前の道に大いなる祝福があるよう、祈っている」



 そう言い残し『打ち手』はさっさと小屋の中へ戻っていく。

『刻み手』も小さくリュウマに手を振って、夫の足跡を追うように小屋へと戻った。


 残るのは師と弟子。しかしもはや二人の元に言葉はなかった。

 リュウマは最後に深々と一礼し、無言で踵を返すと歩を進める。

 そして師も小屋も見えなくなった辺りで一度振り返り、そびえたつ雹風山を見上げた。

 山頂は雲がかかって見えない。しかし今はそれでいいと、リュウマは小さくつぶやく。



「もう、頂点そんなところで寂しい思いはさせへんよ、師匠」

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