24 育てる事と愛する事

「ラルフ・オルキッド様、少しお話させていただいてもよろしいでしょうか」



 黒小人ドヴェルグの家にてアベルと面会し、黒小人の夫妻にアベルの回復までの治療依頼と対価の支払いを終えたリーゼ・ウェザーは、ゴラティエの村へと立ち寄ってラルフ・オルキッドの元を訪ねていた。


「んあ?なんだお前、誰だ」


 村唯一の宿屋の一室。滞在している部屋に護衛も連れずに入ってきた身分の高そうな女を、めんどくさそうに見つめる剣王。


「男の部屋に女が一人で入って来るんじゃあねえよ。表で待たせてる奴らも連れてこい」


  機嫌の悪さを隠そうともせず鼻を鳴らす剣王を前に、リーゼの体がこわばる。

 しかし噂に聞いていた性格ならば、弟子の試合を見た後は用事を済ませてさっさと村を離れているかと思ったが……。

 未だゴラティエにとどまっていたならば僥倖。こちらも確認しておきたいことはいくらでもある。


「なにぶん、人に聞かせるような話ではございませんので。……申し遅れました、私ドラウステニア王国で第一政務補佐官を拝命しております、リーゼ・ウェザーと申します。剣王様におかれましては……」

「ああうるせえうるせえ。御託はいいんだよ、さっさと用件だけ言って帰れ」

「……ずいぶん辛辣ですね」

「経験則でな、この手の導入は面倒になるか不快になるかのどっちかだって相場が決まってんだよ」


 そして剣王は酒瓶から一気に酒をあおってため息をついた。


「それで、なんだよ」

「……少し、お尋ねしたいことがあります。貴方のお弟子さん……といっても剣士ではなく魔導士の方ですが、彼について」


 リーゼがそう言ったとたん、リーゼが部屋に入ってから剣王が発していた威圧感が、わずかに緩んだ。


「ああそうか、今あのガキ王城にいるんだもんな。あんたはあいつの上司ってわけだ。……それで?言うべきことはあの嬢ちゃんたちに話したはずだが」

「ええ、大体のことは報告を受けております。雪花宮ホワイト・パレスで行われていた先王による……教育というか。秘密裏に集められた伝説級の魔導士たち、そして他ならないあなた自身によって彼は魔導士として育てられた。……剣王ラルフ・オルキッドを倒せるほどの魔導士をつくるため」


 そこでリーゼは一息ついて、そして今度は彼女がラルフへと鋭い視線を向け、怖気付くこともなく口を開く。


「ここからは報告を受けていないのですが、パレスに集められた魔導師というのはいったい?」

「あのガキの剣術を作ったのは、俺と長耳エルフのドルイドと、東方の太刀巫女たちのみこの三人だ。そいつらの名前は……聞いた気がしたが、忘れた。それ以外はパレスの中の話だから知らねえ」

「それならパレスが現在どうしてあんな状況になったのかもご存じないと」

「ああ。俺はあの戦い方が完成したらもうあそこから離れちまったからな」

「……あなたが彼を教えたというのは、大体いつ頃の話でしょうか?」

「あー……10年?くらい前か?あのガキが本当にこんなガキだったころだしな」

「……彼の素性はご存じないそうですが」

「そうだな」

「名前は?」

「は?アベルとか呼んでたじゃねえか」

「それは自身の名前すら思い出せない彼に、王が授けた名です。本当の名前があるはずですが。……ご存じないですか」

「あーそういや聞いてないな。知らねえ」

「……そうですか」


 リーゼは思わず浮かべそうになった怒りを必死に隠して無表情を貫いた。

 剣王だけに対する怒りではない。剣にも魔術にも精通しているわけではないが、アベルの強さが異常だという事はわかる。

 あの山奥で年端も行かない子供をそこまでにしごき上げ、教えた側は子供の名前も知らない。

 王城でも情報が出てこないのだから、極々秘密裏に行われたのだろう。ならばアベルは、拾われたか買われたか……。もしかすると名前自体つけられてはいないのではなかろうか。

 パレス跡地で拾われた直後の彼の様子を思い出し、僅かな怒りが無表情の仮面を破る。

 厳しいが弟子思いの様に見えた、とクレアは言っていた。しかし彼は教え子の名前にすら興味がない。ただ自分を超えるかもしれない力としてしか見ていない。


「……お時間のとらせて申し訳ございません。貴重なお話をありがとうございました」

 そう言って頭を下げ、リーゼはそこを後にした。


***


――とにかく情報が少なすぎる。パレスで何があったのか。なぜアベルは記憶をなくしたのか。


 王城に運ばれてきたその少年をはじめて見た時、リーゼはまるで人形のようだと思った。美しさというわけではない。記憶が無いというその少年からは、どうしても人間味が感じられなかったのだ。


 あの時の彼の様子を見ているリーゼは、正直言って今回の旅には賛成できなかった。あの、まさに表情。それを見ていたからこそ、アベルが記憶を取り戻すことが、別に彼のためになるとは思えなかった。

 しかし王はそれは違うという。彼は知るべきだと。自身が何者であるのか知らないというのは、あれにとってもつらいはずだと。

 その理屈ももちろんわかる。それに、リーゼは王の決定には逆らわない。だからこそ。



「アベルを頼みましたよ。クレア・ガーディニア、シルフィ・ランドック」



 アベル自身が信頼し、またアベルを慕う二人の少女がきっとアベルを支えると信じて。リーゼ・ウェザーは王城へと馬を進めた。

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