23 終わりよければ?
「いやあ、さすがに死んだと思ったわ!」
「本当ですよね!でもお互い無事でよかった!」
雪の村ゴラティエのはずれ、
のんびりとした様子でカラカラと笑うリュウマ、そして向かい合って同じく笑顔のアベルが相槌を打った。
突発的に始まったアベルとリュウマの試合。確かに派手な流血もあったが、ふたを開けてみれば互いにその怪我は思ったよりも軽く、結果的に兄弟子と弟弟子、同門の絆を深めてめでたしめでたしで決着した。
という事は、もちろんあるはずもなく。今二人は体中に包帯を巻いて、痛みに耐えながら青い顔で笑っていた。
「……いっそのこと、腕の一本や二本落っことしてくれば頭も冷えたでしょうに」
「……にゃあ。さすがにアベルでも今回はひどい。反省して」
そしてその様子を、ベッドの上でアベルを挟むように腰掛けた二人の少女が、ジトっとした目で見ている。
先の試合は、二人の師であるラルフの一声が響いた途端、満身創痍のアベルとリュウマが同時に糸の切れたように倒れて決着を迎えた。
あの時、アベルはリュウマの大太刀に深く切り裂かれ、リュウマはアベルが召喚した魔獣の巨大な牙に腹を食い破られていた。
止まらない流血はただひたすらに雪原を赤く染め、少女たちの悲鳴と嗚咽が響き、まさに悲劇の中心のような有様。
試合どころか正しく死合のような結末。
そんな時、命の灯火が尽きようとしている二人の元へ駆け寄ったのは、
「あなた、布と水。娘二人はかまどに火を。剣王は村まで行って医師を呼んで」
テキパキと指示を出しながら目にも留まらぬ速さで傷を縫合。さらには傷口に指で刻み付けた複雑な陣と、脂汗を流しながら唱え続けた長大な詠唱し、黒小人の豊富な魔力を彼女が倒れるまで二人に流し続け、その出血を止めた。
奇跡的にも二人が即死を免れたのは、そこに彼女がいたからだ。
しかしそれでもなお予断を許さない状況が続き、村から呼んだ医師と『刻み手』による明けも夜も無い治療と、二人の少女の献身的な看護、『打ち手』も村に物資を買いに走ったりと補助を続け(ちなみに二人の師匠は隅で酒を飲んでいた)、やっと峠を越したのが試合が終わってから一昼夜が過ぎたあたり。
そして医師が村に戻ってからも、三日間彼らは目を覚まさなかった。
「でも正直意外だったわね」
「にゃあ。この体たらく、絶対呼び戻されると思ったのに」
そう、こんな状況になりクレアとシルフィは相談して城へと文を出した。
ラルフから聞き出した、過去
城を旅だった最初の目的地で、同門同士の試合で大怪我を負うという、あまりにお粗末な現状に、当初は確実に帰還命令が届けられると予想していた二人。だがやってきたのは命令書や迎えではなく、なんとドラウステニア王第一補佐官、リーゼ・ウェザー本人が早馬を仕立てて駆け付けたのだ。
「結局リーゼさんが一番油断ならないのよね……。あの人自身の気持ちはともかく、アベルにとっては「お姉さん」だもの」
「それは確かに同意。付き合いも私たちよりだいぶ長いし、明らかに危険。……にゃあ」
二人は剣呑な目つきで、この家に飛び込んできた時のリーゼの様子を思い出す。
***
王都からどれだけ急いできたのか、リーゼは同行していた騎士も置き去りにして、扉を蹴破らんばかりの勢いでこの家に入って来た。そして目を覚ましたばかりで、ベッドで包帯を取り換えているアベルを見つけると「アベル!」と叫んでそのまま彼に駆け寄ったのだ。
城での居住まいはどこへやら、荒い息や衣服を整えることも無く、他の面々への礼儀も後回しに、ただアベルの顔や体をペタペタと触ってその怪我の様子を確かめる姿は、弟の心配をする姉そのものだった。
もちろんその後、数時間にわたるお説教が続いたが。
そして彼女はやっと満足したのか、波濤の如きその口舌をいったん落ち着かせ、その姿勢を正すと、先ほどまでの慌てぶりと怒りなどなかったかの様に改めて口を開いた。
「クレアとシルフィの手紙をご覧になった王のご判断をお伝えします」
そうして部屋の中にいる三名、アベル、クレア、シルフィの三人を見、一瞬その目に浮かんだ不満げな色をすぐさま押し隠すと、城内で「監視塔」と揶揄される政務補佐官の表情を浮かべて告げた。
「まず一つ。件の黒小人の夫妻へと協力を仰ぎ、リュウマ・クニオカ氏との試合での傷を完全に癒すこと。ちなみに療養にかかる経費、そして滞在費は王から『打ち手』様、『刻み手』様へとお支払いします」
まずは万全な体調へと戻すこと。いくらこのような体たらくだろうが、この先ドラウステニアという国にとって、アベルを失うわけにはいかないからだ。
「二つ。
実の息子である現王でさえ知らなかった、
何しろ実際にアベルという存在が証拠としているのだ。国お抱えの魔導隊のレベルを一段階も二段階も上げてしまうような魔術への知識、そして一流の剣士であるリュウマとも向き合って互角に戦えるその実際の戦闘能力。
これが話に聞く勇者や大賢者のような生まれながらの才、生涯をかける研鑽のようなものでなく、幼子への教育によるものだとすれば、それこそ国ではなく、世界規模で、勢力図が書き換わる。当然解き明かしたいはずだ。
現状の唯一の証人であるラルフも、具体的にパレスの中で何が行われていたのかを知らず、アベルも記憶が戻らないというのは王にとっても歯がゆい事だろう。
「……最後に、今後アベルが旅を続けるか否かは、本人の判断に任せる。ここで引き揚げ王城へ戻るもよし、戻らず旅を続けるもよし。ただし続けるならば死ぬこと、戦えないほどの負傷は許さない。旅を終えた時無事に王城へ戻れ。……以上です」
今度はその表情に一片の隙も無く、王城でのリーゼ・ウェザー第一補佐官そのままに、王の言葉を三人へと伝えた。
対して最後の言葉にわずかに驚いた顔を浮かべるのは、クレアとシルフィの二人。そしてアベルは。
「王のお心遣い、確かに。……もちろん旅は、続けます。さすがにまだ、戻れません」
「……そうですか。ではそのように。私は剣王ラルフ様と『打ち手』様、『刻み手』様にご挨拶した後、失礼します。……アベル、良い旅を」
そして、そのまま踵を返し去って行った。
***
「すごい剣幕だったらしいやん、そのリーゼとかいう人。よっぽど大事にされてるんやなあ、アベル君」
「ほんとに心配ばっかりかけてます……。でもこのままだとそのうち愛想つかされそうですよ」
一瞬の滞在だったリーゼとは顔を合わせることがなかったリュウマが、にやにやとアベルと、そして傍らの二人を見ながら笑う。
その様子にアベルは苦笑いを返し、クレアとシルフィは冷めた目でリュウマをにらみつけ、余計なことを言うなという空気を体中から発している。
「いやいや、そんなことないやろ。なんせ話聞いたとこじゃあ、帰り際に師匠にまで突っかかったみたいやからね。命知らずというか、なんというか……。愛やね愛」
その言葉を聞いて一瞬血の気が引いたアベルだったが、リーゼが感情のままに剣王の怒りに触れるようなことはしないだろうとすぐに思い直す。
「……あの糸目剣士の口をふさぐわよ」
「……にゃあ、了解した」
そして少女たちの殺気を感じ取ったリュウマはその笑みをひきつらせ、けが人とは思えない俊敏さで部屋から出て行った。
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