22 血の終着
――そろそろ、厳しいかな。
迫り来る剣線をいなしながら、アベルは思う。
この戦い、持久戦に意味はない。互いにそれは理解しているだろう。
そもそも何の恨みがあるわけでもない二人の戦いだ。彼らが剣を合わせる理由はただ、同門に対しての意地、我こそが剣王の弟子であるという誇りのみ。
そしてもう一つ。師の前で無様な戦いは見せられない。それくらいだ。
死を賭しても相手を殺すのではない。誇りをかけて勇を示す事こそ、この戦いの目的地。
それなら。
――覚悟決めて来たみたいやな。
先程から目の前の兄弟子の動きが変わった。明らかに狙っている。決着がつくような一撃を。
しかしそれを理解していても、どうせなにをしてくるかなど魔導師ではないリュウマには考えても分かるはずがない。
ならば必要なのは予測ではなくやはり観察。
元より剣王仕込みの彼の剣はそういうものだ。だからこそ。
先に動いたのはアベルだった。
ガギィン、と鈍い音が響いた。
今までであれば受け流すべき斬撃を、アベルが腕力だけで正面から受け止めた音だ。
その体躯、そして獲物の長さ・重量を考えれば明らかだが、リュウマの一撃はアベルより重い。さらには両手で切り下ろす大太刀を、アベルは二刀で受け止めている。しびれるような衝撃がアベルの腕に伝わり、不利な姿勢で鍔迫り合いでも僅かずつ押し込まれる。
テーブルゲームのような先ほどまでの剣戟からすれば、間違いなく失着の一手。だが引き換えにアベルが得たのは、この密着した状況。
リュウマが警戒すると同時に、アベルが短く叫んだ。
「照らせ!」
それと同時に、アベルの長剣『
――ふうん、目つぶしか。
鍔迫り合いをしていた太刀が受け流され、アベルが正面から消えた。視界を奪い、そして一撃か。思ったよりも単純な手にリュウマが少し拍子抜けする。
確かに後の先、観察を以て必殺を叩きこむリュウマにとって視界は生命線だ。攻め手は確かに奪われる。だが、その隙をつかれるほど剣王の教えはぬるくない。
「そこや!」
左後方、殺気が飛んできた方向にリュウマの横薙ぎの一閃。そう、見えなくとも殺気は読める。気配はわかる。
リュウマの観察は、五感だけではなく第六感ともいうべき領域まで高められている。不意打ちは効かない。
だが。
「……なに!?」
確実にとらえたはずの一閃は空を切った。飛んできた殺気の方向、タイミング共に間違いなく切り伏せたはず。だが実際には彼の剣は何の手ごたえも伝えない。
――
視力の回復を待つ、1秒、2秒……。すでにアベルの気配は剣の間合いに無い。先ほどの殺気は?この隙をつかないのはなぜだ?
――……アカン、剣の間合いやて!?魔導師相手に何を呆けとるんや僕は!
先ほどからの攻防で痛いほどわかっていたはずだ。アベルは剣で決めに来ない!
それなら視界が戻った時に予想されるのは。
「……あーあ。やっぱでかいの狙っとるやん」
アベルの狙いはこの期に及んで距離を取ることだった。
目つぶし、偽りの殺気、そして《疾影》の
まさかここに来て魔術、防御剣術に次ぐ彼のもう一つの技法、《暗殺術》を使ってくるとは。
数秒後、視界が戻った時にリュウマが見たのは、やはりというべきか、自由になった両手の剣を二本とも使い、中空に複雑な陣を描くアベルの姿。その目はこちらをとらえつつも、口では詠唱を続けている。
アベルが集中している膨大な魔力などリュウマに感じることはできないが、そのたたずまいから次に来るのが決着になる一撃なのは明らかだ。
ここでリュウマがとるべき行動は即時突撃による魔術の中断。相手との距離は十数歩。
それならば。
――……うわあ。怖えぇ。
今度はアベルが驚愕する番だ。陣を編む手も詠唱も止めないが、背筋に走る悪寒は止まらない。
リュウマはその大太刀を鞘に納めて腰だめに構えていた。
そしてブーツで足場をしっかりと固め、ゆっくりと目を閉じて一呼吸。
すぐにでもアベルを止めなければならない状況で、ずいぶんと余裕のある様子に見える。だが、相対するアベルにはわかる。
あれが最も早く、最も確実にアベルに届く一撃であることが。
「……死ぬなや?」
ぽつりとつぶやいたその一言は、アベルに届いたのかどうか。
リュウマが一気に目を見開き、猛禽の如き視線がアベルを射抜いた。
雪を蹴立てて、這うような低姿勢でリュウマが駆ける。
その速さ自体はアベルの《疾影》よりはわずかに遅い。だが。
――……まずいな。
向かってくるリュウマに対するアベルの僅かな体の動き、視線の変化。リュウマはそうした反射に刹那で反応しながら距離を詰めてくる。
《疾影》が目にも止まらぬ動きならば、リュウマはとらえきれない動き。
さらにはその居合の剣線は神速に達する!
「アベルっ!」
聞こえてきたのは、クレアの悲鳴。真っ白な雪が赤く染まり、アベルの喉にも鮮血がこみ上げてくる。
気付いた時には切られていた。単純な最高速度とは別種の速さだ。
ほとんど博打で無理やりねじ込んだ右の長剣が、奇跡的に剣線の間に入ったが、それでも、アベルのわき腹に大太刀が深く食い込んでいた。
「勝負あり、やな」
リュウマがぽつりとつぶやく。即死こそ免れたものの、傷は深い。今度こそしっかりととらえた。
だが、剣は確かに彼をとらえたが、アベルの魔術を止めたわけではない。
『……我が、血潮の、朱をもって……命ずる。来たれ
アベルがこみ上げる血潮を口の端からこぼしながら、息も絶え絶えに最後の一節をつぶやいた瞬間。膨大な魔力がアベルの周囲に渦巻き、先ほどまで描いていた複雑な陣が中空で禍々しい赤色を放つ。
「ッうおおおお!?」
突如眼前に浮上した未知の脅威に、リュウマは一足飛びで距離を開ける。
そこから覗くのは地の底の如き赤と黒。煉獄に吹く風の色だ。
『オオォォォォン!』
地獄の風を纏う魔獣の巨躯が、砲弾の如くリュウマに迫った。
その姿、漆黒の双頭犬をとらえられたのは、リュウマと剣王ラルフのみ。
だがたとえとらえようとも、崩れかけた体勢ではその牙からは逃れられない。
――僕の刃を防げない前提で、自分の血を最後のピースにした魔術!
巨大な顎がリュウマをかみ砕かんと追いすがる。
リュウマも正面から大太刀で切りつけるも、いかんせん巨躯の勢いまでは殺せない。そして牙は二つある。
「ッダラァアアアアア!」
無理やり振り切って腕の筋が切れる音がする。大太刀も中ほどから折れた。だが片方の頭は落とした。でももう片方は防ぎきれない。そしてその後には爪が。いや考えるより振り切れ。迫る死の牙を切り捨てろ。
地響きとともに雪が舞い上がった。
巨大な魔獣の姿が掻き消えた。
アベルの速さを重視した召喚方法では、あのクラスの魔獣は一瞬しか維持できない。
巨大な質量が跳ね上げた雪煙が、二人の姿を一瞬隠した。
見守る少女たちが息を飲んだ。
雪煙が晴れ、アベルとリュウマが向き合う。互いに腹部から血を流し、それでも凄絶に笑いながら。
アベルは長剣を取り落としながらも短剣を突き付け、リュウマは折れた太刀を構えていた。
いまだ油断の欠片も見えない両者。しかし。
「そこまでだな」
剣王ラルフ・オルキッドの一声が響いた瞬間、二つの影がどさりと雪原に倒れた。
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