21 太刀と魔法と
雪原の白が、はぎ取られていた。
アベルが生み出した津波は、表土ごと雪を押し流し、辺りの景色を一変させていた。
リュウマの周りを除いて。
「いやあ、改めて……。とんでもないな」
たった今津波を割った大太刀を肩に担ぎ、周囲の光景を見渡して、あきれたようにリュウマが言った。
「それはこっちのセリフですよ……。さすがに太刀一本で出来る範囲を超えてませんか?」
同じような表情を浮かべてアベルが返す。今は互いに構えを解き、アベルもなにか魔術を使っている様子も見えない。
「正直見くびってたんやけど……。さすがはボクの兄弟子か。その二本を剣やと思っとったら、今頃黒焦げか体に穴空いとるか……。まったく、刃の頂点の最初の教え子が魔導師とはな」
愉快そうに口の端を吊り上げて笑うリュウマ。瞳は今も油断なくアベルを注視しながらもその飄飄とした態度を崩さない。
そう、アベルの持つ二振りは剣でもあるがその本質はむしろ杖。魔術を行使するためのものだ。ゆえに見てくれこそ剣だが、その刃は切れ味よりも相手の剣を受けることに主眼が置いて鍛えられている。
「こちらとしては見くびってもらった方が良かったんですが……。そりゃあ、師匠の教え子の剣士ですもんね。楽に行くはずがない」
どこか余裕そうに見えるリュウマに対し、アベルは深い傷こそ無いものの、肩を大きく上下させ、荒い息をつくその体には小さな傷がかなり刻まれていた。
とはいえ、リュウマの太刀筋は流水。敵の死角、防御の及ばない所へ、水が浸入するがごとく死を差し込む、静かにして峻烈な剣。
本来、並みの相手であればこのような無駄な傷はつかず、急所への最低限の一刀のみが相手に刻まれるはずだが。
――攻めきれへんな。……剣は本命やないにしても、やはり師匠の弟子か。
一筋の汗が、リュウマの頬を流れた。
今の両者を傍から見ればリュウマの方が優勢に見えるだろう。
しかしその実、剣戟でアベルを崩せないリュウマもまた、追いつめられていた。
アベルの攻めは魔術。リュウマにしてみれば剣とは違って予備動作と攻撃のつながりがわからない上に、その威力、範囲共に剣士の比ではない。
そして何より、優勢とはいえ純粋な剣のみの防御を突破できないのは、彼のプライドが許さなかった。
「さて、どうする?このくらいでええんやろか?」
「いやあ、どうですかね。……リュウマさんが一緒に先生相手にしてくれるなら、ここで切り上げることもできるかもしれないですけど。」
「クハハ!そらあ無理や!アベル君と共闘してオッサンと戦るのも、楽しそうやけど、今二人とも死ぬよりはどっちか生きとった方がええやろ」
そう言ってリュウマは肩から太刀を下ろして、再びだらりと手に持った。
自然体の構え。あらゆる事態、想定の有無にかかわらず、すべての状況に刃のみで対応するための、師匠譲りの構え。
「……そうですね。お互い不完全燃焼でしょうし……。とりあえずお互い満足できるまで、付き合ってもらえますか?」
左の短剣は体で隠すように、半身に構えて長剣は前に。剣王がアベルのためだけに編み上げた、彼だけの構え。
「そんじゃあ、さっさと終わらそか」
両者が構えた瞬間。今度は様子見も無くリュウマが突貫する。
アベルの剣が視界から消えた時点で、彼の魔術の準備が始まるのだ。
何が起こるのかわからないにしても、自由にさせておくのは得策ではない。
鋭い一撃をアベルはまた二振りを交差するようにして防ぐ。
アベルが剣による攻めを行わないのなら、多少荒くなろうとも片手では防ぎきれない一撃を連発した方がいいというのが、先ほどまでの攻防を踏まえたリュウマの結論だ。
短剣だけでも自由にすれば陣を描かれる。常にアベルの動きを阻害するような戦い方をすれば。
「……ぐぉっ!?」
突如リュウマと鍔迫り合いをしていたアベルの膂力が増し、すさまじい力でリュウマの剣が弾かれた。一瞬崩れた体に、アベルの鋭い蹴りが飛ぶ。
「……っぶなぁ」
思い切り後ろに飛びながら空いた左手で蹴りを防ぎ、間髪入れずに再び前へ。アベルに自由な時間を作らせてはいけない。
「……今のはいけたかと思ったんですが」
「……その脚運び、故郷の神事で見たことあってな。なんか来るのはわかっとった。……なるほど、両手の剣とさっきからブツブツ言うとる詠唱だけやのうて、体中の動き全部が準備動作になりうるんやな」
――神楽舞三ノ型『金剛』。
本来数刻にわたるその舞は、太刀巫女が社を守護する時に神がかり的な身体強化を得るためのもの。
だがアベルが今使ったのはその脚運びの一部分。そしてリュウマの剣を防ぐ一連の動きは不完全ながら剣の舞。加えて口では祝詞を唱えれば。
一瞬のみで、効力も太刀巫女が舞い切った時の半分程度だが、『金剛』の効力を得、リュウマの態勢を崩せる。
剣王と東方の太刀巫女、
太刀の姫の神楽舞と、大森林の踊り手による魔術。それを刃の頂点が型に昇華し、アベルが教え込まれた魔術の知識と合わさって、近接戦闘可能な魔導士が誕生したのだ。
――さっさとケリつけんと、ホンマに死ぬな。
アベルの瞳、敵の動きを含めた周囲の環境すべてを観察する、自分と同じその視線を見て、リュウマはまた太刀を振り下ろした。
***
「なるほど。俺は魔術についちゃあ、正直何もわからん。パレスの中のお勉強会も見てないしな」
先ほどのシルフィの説明を聞いて、剣王が腕を組んで頷いた。しかしその顔はまだ怪訝な様子で目の前の戦闘を見つめている。
「あいつがすぐに魔術を打てる理由は分かった。だが、連発できるのはなんでだ?俺も何度か魔導師込みの奴らともやりあったが、でかい魔術一発撃てばしんどそうにしてたぞ?」
「にゃあ、それは簡単。魔術を使うには、精霊魔術みたいな特殊なものを除いて、自身の中の魔力を使う。その多寡は基本的には生まれた時からそんなに変わらない。ア魔導師でも訓練で伸ばせるわけじゃないから、一発で魔力切れになる魔導師もいる」
魔術を行使するための魔力。人間という種族に限ればその量は才能に依る。少なく生まれてしまえばそれまでだし、高位の魔術を使えるほどの魔力を持って生まれるものはほんのわずかだ。
そして自分の魔力の量を知るためには、魔術を使ってみないとわからない。そしてこの時代では、基礎の基礎のような魔術でさえも、学べるものはほんの一握り。
ゆえに大量の魔力を持って生まれようが、そのことを知らずに生涯を終えるものもいるし、逆に魔導師を志した者が、最初の魔術を使って始めて自身の魔力の少なさを知り道を閉ざされる場合もある。
才が無くても訓練で末端の兵士としてくらいは戦場には立てるようになる剣士と違い、魔導師が現実的でない理由がこれだ。
「アベルの魔力がどのくらいか、具体的には知らないけど、一つ言えるとすれば」
シルフィが口を開き、同じく戦場でのアベルを知るクレアもまた、あきれたようにため息をついた。
「……私はアベルの魔力が切れたとこなんて見たことない、にゃあ」
「そうね、私もだわ」
それを聞いてやっと納得したように、ラルフが頷く。その顔に驚きはなく、ただ「そう言う事か」という納得があるだけだ。
もちろん、過去アベルと稽古をつけていたというのだから、この男はアベルの今の戦い方を知っているのだろう。
だがそうだとしても『魔術を連発できる』という事を脅威に思っていないのは、戦闘を生業としているものにとっては異常だ。クレアは横目でそんなラルフの様子を見て震え上がる。改めて刃の頂点、剣王ラルフオルキッドという存在の規格外を思い知る。
「ならば持久戦に意味はないだろうな」
「剣士は魔導師の攻撃を予測できない」
「だが縁持つ少年もそう長くは剣王直伝の刃を防げない」
「このままでは双方が極限まで摩耗するだけ。それなら」
話を聞いていた二人の黒小人が楽し気に言った。
最初の驚きも消え、酒も入って二人ともすっかり競技観戦を楽しんでいるようだ。
今にも息が詰まりそうにハラハラと見ているクレアとシルフィとは大違いだ。そしてもう一人は。
「俺のボケ弟子共もそれに気付いた見てえだな。でかいの叩き込んで終わらす気だ。……次で決まりそうだな。どっちが生き残るかは知らねえが」
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