20 彼の魔法
――すごい。
目の前で繰り広げられる戦いに、シルフィ・ランドックも当然ながら目を見張っていた。
アベルの師だというラルフ・オルキッドから語られた、彼の過去。
ドラウステニアの先王が、魔導師を育てるために建てた
その中で実際に何が行われていたのか、目の前の青年、シルフィが慕うアベルに魔導の知識を授けたのはどんな者達だったのか。
シルフィもまた王国魔導隊、『賢人の間』に席を持つものとして、当然気になってはいたのだが、今はとにかく、眼前の戦いから目が離せない。
「……剣王、さん。あれは、今のアベルの戦い方は、貴方が……教えたの?」
「あ?……ああ。そうだぜ、嬢ちゃん。ま、俺一人ってわけじゃあねえがな。俺と、
……なるほど。にゃあ」
それを聞いて納得したようにうなずくシルフィ。そんな様子を見て、クレアがおずおずと口を開いた。
「私がいくら魔術に詳しくないって言っても、さすがにあれが異常だってことくらいは解る……」
そう言ってごくりと唾を飲み込むと。
「ねえ、シルフィ。魔術ってあんな戦い方ができるものなの?それともあいつがおかしいだけ?」
呆けたように目の前の剣戟を眺めるクレアが、視線はそのままにシルフィに尋ねる。
「にゃあ……。その質問の答えは……。どっちも「そう」としか、言えない。あんなふうに魔術を使えるっていう、理屈は、なんとなくわかる……。でも、それが正しいとしても、普通出来ない……」
自分もクレアと同じような間抜けな顔で観戦しているのだろうと、遠くの方では解っている。だが、それでも目を離すことなんてできない。
剣の事はわからない。それでもリュウマがとんでもない使い手だという事は解る。だが、魔導士として、今はアベルの指先の動き一つ、見逃したくない。
きっとクレアも同じだろう。
「おっネコの嬢ちゃんすげえな。俺は
そういって剣王は頬をかいて、アベルの方を指さすと。
「魔術ってのは、あんなに剣振りながらボンボン打てるようなもんなのかね?」
その言葉にクレアも頷いた。
確かに魔術というのは強力で変幻自在だが、その分長い詠唱や複雑な陣が必要だったり、そもそも普通の魔導士であれば今アベルが放っている魔術を何発か使えばすぐに倒れてお荷物になってしまう。
だからこそ、剣の方が優位だったはずなのだ。
しかし目の前の光景は、そんな常識を覆すようなものだった。
「……にゃあ、説明が難しい。……魔術は、要するに手の届かない所にあるものを掴むってこと。そのためのはしごが、詠唱や陣。当然、高いところにある魔術を取ろうとすれば、その分丁寧に作った、丈夫なはしごが必要になる。だから魔導士は詠唱や陣を書くのにあんなに集中して時間をかける」
始めからタネを知っている様子の『刻み手』以外の面々が、シルフィの言葉に納得したようにうなずいた。
「……でもたぶんアベルは今、はしごを丁寧に作るんじゃなくて……。憶測でしかない、けど。……例えば近くの場所にある適当な箱とか、椅子とか台になる物を、乱暴に積み上げてるような感じ。いちいちはしごを作るよりすごく早いけど、安定しないからすぐ転げ落ちる。だからさっきの『
そこまで聞くと、今度は『打ち手』が口を開いた。
「……ふむ。だが、確かに戦いの中でならば、一瞬結果が出れば十分だろう。むしろ早ければ早いほど良いはずだ。……なぜ、世の魔導士たちはわざわざ、そのはしごを作る手間をかけるのだ?少年と同じようにすればいいだろう」
「にゃあ、それは簡単。魔導隊なんて名乗っているけれど、魔術の知識も技術も、まだまだわずかなものだから。……私たちはずっと見上げていた物を取るために、やっとはしごを組む方法を知ったばかり。……でも今のアベルは、僅かな動作から、効率よく手を届かせるための箱や台を見つけられる。……あの剣の振り方や、足の運び、剣戟の音も火花も、アベルにとっては詠唱や陣の欠片に見えてるはず」
悔しそうに唇をかむシルフィの気を知ってか知らずか。クレアが思わず息を飲み、あきれたように口を開いた。
「……それって、つまり……。え?あいつ、魔導師としてそんなにすごかったの?」
シルフィの話が事実だとするならば、ドラウステニアにいる魔導士と呼ばれる人々の中でも。
「……私も実際に知ってるわけじゃない、けど。王剣隊に比べて歴史の浅い魔導隊が、まがりなりにも実戦出られるようになったのは、五年前。アベルが見つかってからの話。……アベルの魔術の知識も、技術も。私の知ってる魔導士の常識より、二世代は先にある」
シルフィがそうつぶやき、クレアがポカンと口を開いた。
だがその直後、一人の魔術士が雪原に生み出した巨大な津波、そして正面の剣士を飲み込まんと迫るそれが断ち切られる光景を目にして、今度こそラルフを除いた全員が言葉を失ったのだった。
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