19 刃の教え子たち

――剣王ラルフ・オルキッドを倒せる魔導師……?そんなものは……。



 ラルフの話を聞いて、クレアは思わず首を傾げた。

 だってそんなもの、あまりにも荒唐無稽だ。


 確かに魔術でなければという状況は多い。

 一撃の威力、それにその効果範囲も剣一本で戦うクレアたちと比べれば雲泥の差がある。


 それをわかっているからこそ、クレアはほかの王剣隊のように魔導師を軽んじることは無いし、1人の魔導師を複数の剣士たちが守りながら戦うという、現代の戦のあり方にも複雑ではあるが納得はしている。


 だがそれは共に戦う場合の話。一対一で相対した魔導師を脅威と感じるかと言われれば、首を振るしか無い。


 例えばこの前の甲毛熊の時、アベルが使った魔術だ。あれだって放たれれば厄介だが、そのための準備時間でクレアが何度その喉を斬り裂けるか。


 剣王ともなればなおさらだろう。


 そもそも剣王ラルフ・オルキッドを打倒する魔導師、なんて考えを持つ時点でクレアには愚かとしか思えないのだが。


「おっ、やっとかよ」


 クレアからすれば聞きたいことがまだまだあったが、話は終わったとでもいうような態度のラルフがそんなことを言ってアベルたちの方を見るものだから、慌ててそちらに向き直った。




***




 二刀を構えたアベルと、大太刀を脱力したように持つリュウマ。

 双方が抜刀し、異色の剣を持つ二人が向き合う。


 その得物、そして構えも対照的だが、その眼。相手の僅かな動きも見逃さんとするその猛禽のような視線。ラルフが二人の弟子に叩き込んだ基礎。

 それだけが共通し、同じ師を持った相手だという事を、互いに言葉などより明らかに理解させる。


「……なんや、来うへんのか?」


 刃を抜いてからしばらく互いに動かない中、リュウマが口を開く。

 アベルから返事はない。


「そっちが動かんのやったら……っ!?」


 わずかに体を傾け、アベルに切りかからんとしたその時、リュウマの背中に悪寒が走った。本能的にその場から跳躍した直後、一瞬前までリュウマがいた場所に高速で何かが飛来し、そして背後の雪原がはじける。


――あ、アホかボクは!あれがただの剣やないことはさっき見てたやろ!


 甲毛熊を一撃で屠った高速の魔術、火属第三階梯・『閃炎』。

 先ほどまでアベルが隠すように構えていた『黒熔』から放たれたそれを躱した直後、リュウマが一直線にアベルに迫った。


 驚いたように目を見開くアベル。だがその口元だけは何かつぶやくように小さく動いているのを見て、ためらいなくリュウマは大太刀を振り下ろす。


――ィィン……


 アベルが両手の剣でその一撃を受け止め、三本の刃が交錯して澄んだ音を奏でた。


「い、いきなりすぎや。死ぬかと思ったわ」

「いやいやいや。あの人の教え子があんなもんでどうにかなりませんって」

「そらあ、買い被りや……でっ!」


 鍔迫り合いの一瞬で笑いあう。これでお互い挨拶は終わった。

 後は、尽きるまで。

 

 リュウマが半歩下がり、鋭い突きを繰り出す。

 この半歩、通常の剣よりも長いリュウマの大太刀の真骨頂がこの間合いだ。

 相手の剣が攻め難く、こちらの威力が最も乗る立ち位置。

 

 流れるようにそのまま切り払い、突き、受け流す。

 距離を詰めようと向かってきても絶妙な脚運びでこれをいなし、激しい打ち合いの中、相手の瞬きすら見逃さず一瞬で死角に入る。


 多くの王剣隊が得意とする高威力の攻撃ではない。

 常に最適解へと刃を差し込む流水の如き攻め。


「これがリュウマ・クニオカ。……剣王の弟子!」


 観戦しているクレアが思わずこぶしを握り締めた。同じ剣士、それも重さよりも早さで勝負する同じタイプであるからこそ、自分との格の違いがわかる。

 飄々とした本人の雰囲気とは正反対だ。あの連撃、あの手数の中でそのひと振り、ひと突きがすべて最も防がれにくい、最も威力の大きくなる場所へと正確に向けられている。

 ただ効率よく勝利するために、極限まで研ぎ澄まされた刃。

 寒気を感じたのは、気温のせいではない。なんと冷たい刃だろうか。


 しかし彼は、それを前にしても。



「……アベル、笑ってる?」



 連続で響きあがる澄んだ音色。両手の二振りで防戦一方のアベルにとって、その音の数だけ死が迫っているのだ。だが、濁流の中に身を置くような状況にあってさえ、アベルは一撃一撃を正確に弾き、流し、躱している。

 傍目にはいずれ決壊を待つだけの様に見えるその守りの最中も、アベルの口元は確かに時折笑うように。いや、何かを唱えるように。



――攻め切れん……。さすが同門、ええ眼と反射や。



 リュウマのこの攻めは、ラルフの剣筋ではない。剣王に師事する前から振るっていた彼自身のスタイルだ。

 アベルはともかく、すでに成熟した剣士であったリュウマにラルフが教え込んだのは、すなわち戦いの法。

 剣王ラルフ・オルキッドが戦いにあって最も重視する「観察」こそ、二人が教え込まれた基礎にしてすべてと言っても過言ではない。

 だからこその膠着、だが。



『……大地の棘、這いずる野茨よ』



 その一言とともに、アベルが『黒熔こくよう』を逆手に持ち替え、切先を大地へと向けた。

 刀身に装飾された土属性を持つ6つの原初文字、そのうち「」を意味する一文字が輝く。


「……チッ!」


 突き上げられる槍の様に、リュウマの足元の大地が鋭く隆起した。


 土属第2階梯魔術、『彫塑スカルプ』。

 土塊を硬化させ、好きな形状に変える基礎の魔術だが、その質量や精密さが増えるほどに魔力と集中力を必要とする。

 だからこそ、ただ尖らせるだけとはいえこれだけの質量、そして数であればとても剣戟の最中に放てるものではない。それゆえ現代の魔術の常識を知る者は、警戒すらしていないであろう攻撃だが。


「……さっすが」


 舌打ちだけで冷汗一筋すら流さず、飛びのきながら次々と切り裂いて躱していくリュウマに、アベルが驚嘆する。


――なら続けて……!


『……豊穣たる水の恵みをここに。浸食し、呑み込み、やがてまた還らんことを』


 距離が離れた隙に高速の詠唱。そして今度は右手の長剣『白鶯はくおう』に膨大な魔力が流され、焼き付けられた水の原初文字「」が輝く。

 そして並行して剣先で正面に複雑な陣を描く。


「させへん!……っと!?」


 込められた魔力量は感じ取れないものの、アベルの気配から脅威を感じたリュウマが、突き出た土槍の一つを踏みつけアベルの元へ突貫しようとする。

 しかし一瞬前には槍として硬化していたはずのそれが、リュウマが足をかけた瞬間に土塊に戻り、そして一瞬体勢が崩れた。



「――水属第2階梯・『奔流』」



 白銀の長剣が、描いた陣を分けるように中空で振るわれた。

 直後、膨大な魔力とともにその剣線から現れたのは。


「「「「……は?」」」」



 リュウマの元へきていた。



 一面の雪原に突如うねる波が生まれ、リュウマを飲み込もうと迫る。

 規格外すぎるその光景に、目を見張ったのは観客たち。ただし剣王だけは手を叩いて笑っていたが。

 

 そして笑っているのが、もう一人。


「いやぁ、こらまた……」


 その男は迫る波を前に苦笑し、剣を鞘に納めた。


「むっちゃくちゃやな……」


 そして腰を低く落とすと、その笑みを消し。


「……ハッ!!」


 裂帛の気合とともに、

 

 リュウマを避けるように、左右へと別れた濁流が、辺りを押し流す。

 地形が変わるような戦闘。それでも向き合う両者は平然と笑っていた。

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