18 雪の宮殿
「……なんや、妙なことになったなぁ」
肩をすくませてその男は言った。
「本当ですね……」
向き合うもう一人が呆れたようにそれに応える。
「だいたい、あのオッサンが悪いんや。あんな面倒なこと言いださんと、知ってることくらい教えたればええのに」
「……そう!そうですよね!別に何か損するわけじゃないんだし……。しかもいきなり『三本』って!」
「なー。ボクもあれは頭おかしいと思うわ。……オッサンあれやで、絶対アベル君に嫌がらせしたかっただけやで」
やるだけやってさっさと高みの見物を決め込んだ師匠に聞こえないように、ぼそぼそと二人が話す。
「ですよね……。しかも結局教えてもらう前に思い出しましたし」
「あっやっぱり?なんかそんな感じやったもんな。ほんならもうあのおっさん役立たずやん。笑えるな」
「いやそれが、見事にあの人にしごかれた記憶だけしか思い出せないんですよね……。なんか他に知ってる事あるなら教えてもらわないと」
「あー、それはご愁傷様やわぁ」
嫌そうにアベルが言うと、リュウマも同情するように苦笑した。
そして。
「……まっ、なんにせよ、そんじゃあ」
「はい。……そうですね」
***
「あー疲れたぜえ」
アベルの相手を終えると、ラルフはそのまま
「おいその酒は」
「勝手に飲むな」
「いいじゃねえか、かてえこと言うなって」
喉を鳴らして瓶から酒をあおるラルフが、そう言って『打ち手』に酒瓶を渡した。
ため息をついて『打ち手』も受け取った酒を同じようにあおる。
「あの、ラルフ殿……。貴方が、その。アベルの師匠だというのは本当なのですか?」
おずおずとクレアが聞いた。隣でシルフィも興味津々といったように、ネコ耳をピクピクと動かしている。
「ああ!?なんでえ、あのガキ、今はアベルなんて呼ばれてんのか!」
からからと笑いながら、ラルフ・オルキッドは懐かしそうに目の前で対峙する二人を眺めた。
「あのガキから聞いて……いや、そうか。じゃあ最初っからだな」
どこから取り出したのか、もう一本の酒瓶からグイッと勢いよくあおった。
「嬢ちゃんたち、あの「パレス」が何のために建てられたのか、知ってるか?」
悪戯っぽく声を潜めて二人に問う。
「……王家の社交場、離宮として建てられたのだと、聞いていますが」
神妙な顔つきになって、クレアがそう答えた。その隣でシルフィも頷く。
そう、それが常識。暗愚であった先王の代名詞とも言える、無用の長物。
それを聞くと、ラルフの表情が真剣なものに代わる。その変化に、クレアとシルフィが思わず息を飲んだ。
「実は、あの宮殿な。……俺のために建てられたんだよ」
「「……は?」」
あまりに意外な発言に、思わず目を丸くする二人。
「信じるなよ」
「話盛ってる」
その様子をみて呆れたようにため息をつく『打ち手』と『刻み手』。どうやらこの二人も事情を知っているようだが。
「いやいやいや、確かに大げさに言ったが、あながち間違いでもないんだぜ。そうだろ?」
「……」
「……」
「無視すんな」
そう口を尖らすラルフを無視して酒を飲む二人の黒小人。
「えっと。……それはどういう」
「にゃあ。何言ってるのこの人」
困惑した様子のクレアと、一気に胡散臭い人間を見るような目を向けるシルフィ。
「……ったく。しゃあねえ、嬢ちゃんたちには特別に教えてやろう。あそこはなドラウステニア国王……っても今の出来息子の親だけどな。その先王がある目的のため、人里離れたとこにわざわざ作ったんだ」
「……社交場じゃないの?」
「違う。……あいつはな、あそこで剣士に一対一で勝てる魔導士を作ろうとしたんだ。そこら中から化け物みたいな魔導士集めて、あのガキにいろいろ教え込んでな」
先代ドラウステニア国王。政治の面では暗愚と呼ばれた彼は、文化や芸術、学問に傾倒していた。その中でも王の座にある間、特に力を入れたのが魔術の研究や魔導士の育成。その反面、剣士には興味がわかなかったようで、王剣隊の間ではよい評判は聞かないが。
そんな王が、強力な魔導士育成のために作った秘密施設。それが
「そう、何を隠そう「剣士」の最終目標として想定されたのが……俺だ!」
そう言い放つと自慢げに胸を張る剣王。
そしてポカンと口を開く少女二人を満足げに見ると、にやにやと笑いだして。
「そんでこれが傑作なんだけどな。手紙で呼び出されて暇つぶしに行ったら、王様なんて言ったと思う?『お前を倒せる魔導士を作るために協力してほしい』だってよ!」
***
「そろそろ、やろか?」
リュウマが苦笑しながら太刀をとった。
毛ほどの殺気も感じさせない砕けた態度、そして構えは師匠譲りの隙のない自然体。
「ええ、しょうがないですね」
アベルもそれに同じ表情で返し、『白鶯』と『黒熔』を抜き放った。右半身を前に、身体を傾けた自分本来の構えをとる。
「そんなこと言うて、ほんとはちょっと楽しみだったりせえへん?」
「いやいや。もしもそうだとしても、お互い様でしょう?」
挑みかけるような笑顔で言うリュウマに、アベルもまた笑みを深くした。
互いの身にまとう雰囲気が変わる。
「そらそうや。今の今まで、ボクに兄弟子がおるなんて思ってもみなかったんやから。しかもそいつと剣を合わせられるなんてな」
「当たり前ですよ。あの人の弟子、しかも混じり気なしの剣技の弟子がいるなんて。しかもその人と戦えるんですから」
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