9th.Bullet カウンターショット

「やべェーな」

「だな」


 こそこそと話すのは男二名。金髪とスカーフをトレードマークにしたコンビは、旗の前で悠々と敵を待つ少年を後ろに、しゃがみ込んで密談する。


「あいつヤバすぎねぇか。リプレイ見てねぇけど、三対一で勝ったんだろ?」

「俺はリプレイ見たけどワケわかんなかった。まっさか二挺拳銃と遭遇するとはな……」

「この前の味方の奴もそうだったけど、二挺拳銃持ちは変態しかいねぇのか?」

「まあ、珍しいもんな」

「クソ性能って話だからな」

「それな」


 ケラケラと笑った鼻先を銃弾が掠める。頬を引き攣らせながら振り向くと、無表情のまま銃口を向けるカサネがいた。照準を少しだけ修正する動きが見えた気がした。


「行くかー!」

「だなー!!」


 一目散にその場を離れ、二人はW方向へ進行し始めた。廃屋が立ち並ぶエリアをソロソロとジグザグに動き、敵の姿を探す。


「そういや、さっきもW行ったんだけどさ」

「おん?」

「敵が、前の二挺拳銃持ちがいた試合の味方と同じガスマスク付けてたわ」

「あんなの誰だって付けてんだろ。……そういやさっきの敵の片っぽに見覚えがあったようなないような――――」


 首を傾げる忘れっぽい青年たちは、突如深い煙に包まれる。黄色に着色された濃霧があっという間に視界を覆い隠してしまった。


「クッソ、敵どこだ!?」

「とりあえず下らねぇとヤバい!」


 引き金に指を掛けてジリジリと後退し始めた彼らの右方から、カツンッと石を蹴ったような音がした。張り詰めた警戒心が堪え切れず、金髪は反射的にそこを銃撃してしまう。


「あ」

「ばッ――」


 直後、掃射が二人の身体を無数に撃ち抜く。倒れた二人を見下ろして、屋上に潜んでいたスズカは緊張をため息と一緒に吐き出す。


「煙の中だとあんなに見えるんですね、銃弾」

「。」


 敵を見つけ次第移動し、アランがスモークを投げて足止め。スズカはその隙に屋上へ登り、準備が整ったら石コロを投げて攻撃を誘発させる。射出された銃弾は風圧で煙幕を押し退け、飛行機雲のような直線を浮かび上がらせるため、その出本でもとを狙えば容易に倒せる。

 GJ、と建物前にいるアランがサムズアップし、両腕を広げる。


「え、飛び下りてこいってことですか?」

「。」

「……ええいっ!」


 思い切って二階の高さから飛び降りる。細腕のアランだが、なかなかどうしてしっかりと受け止めてくれた。意外と筋力STRにステータスを振っているのかもしれない。


「ありがとうございます」

「……」


 いえいえ、と顔の前で手を振り、アランはチャットを送る。


『2ダウン。実行可』


 一報を受け取ったサーが不敵に笑う。


「グレートだぞお二人さん。さて……」


 残るは最大の障害ただひとつ。通常なら諦めムードも漂う格上相手。そんな敵だからこそ燃え盛るのが、この男なのだ。


「はァーっはっはっはっは!! 私が遊びに来たぞッ!」

「相変わらずうるせェな……まァいいか」


 進行方向より連続する爆発音に、スズカは唇を固く結ぶ。緊張とはまた異なる熱い拍動が身を揺らしていた。


――変わろう。いまだけは、水橋鈴歌じゃない。わたしは、スズカだ。

――この世界を楽しんでいるだ!


 アランに合わせ、爆心地へ躍り出る。銃弾と爆弾による、侍の剣戟に匹敵する読み合いが展開されていた。

 絶え間なく移動し、互いの一手先、二手先を経験則から予測し合う。反射神経の合間に理性と技術を滑り込ませる高度な戦闘は、ややカサネに軍配が上がっていた。状況を覆せるのは当然、対外にある要素となる。


「短期決戦……!」

「!」


 覚悟を決めたスズカに呼応し、アランが先んじて参戦する。


「増えたか」


 カサネも即座に反応。アランへの牽制のため、発砲数の間隔が短くなった。

 スズカは撃たれないという一点に細心の注意を払い、存在すら悟られぬように隠れていた。サーから『OK』のチャットが届く。顔を出して戦いを鑑賞したい欲を抑え込んで、カウントアップを開始した。


「1……2、3……」


 不規則なそれは秒数ではなく、拳銃の発砲を数えていた。片方8発、合わせて16。カサネの持つ二挺拳銃『Jack & Zero』の装弾数。スケッチまでした憧れの銃の音だけを正確に拾い上げていく。

 合図を出して以降、サーはカウントの邪魔にならないよう、手榴弾を封じた。二人のもつ短機関銃サブマシンガン拳銃ハンドガンはまったく音が違う。間違わないよう耳を澄まし続けた。


「13、14…………15!」


 あらかじめチャットに打ち込んでおいた『OK』の二文字を送信した。

 即、アランが遮蔽物カバーを飛び出して弾倉マガジンに残る全弾を使い切る勢いで掃射する。カサネは冷静に隠れ、返す刀でアランの横腹を撃ち抜いた。

 しかし、スズカも、サーも、撃ち抜かれたアラン本人すらも作戦の成功を確信した。チャットの次に撃たれた銃声こそ、すべての合図。


「ッ!」


 アランがピンを抜き、閃光手榴弾を投げる。いまの一発で弾切れのカサネは得意の狙い撃ちができず、素直にその場を離れた。


「そこッ!」


 鋭く、空中を滑走する筒がカサネの足元に投げ込まれた。激しく煙が噴き出され、周囲はたちまち煙幕に包まれる。


「い、いま……ッ!」


 逡巡は一瞬だった。走り出そうとする一歩を邪魔するのは、何度も吐き続けてきた「わたしなんて」という呪詛じゅその足枷。自分なんかが大任を果たせるわけがない。そんな迷いを砕いたのは、少年の声。


――楽しめよ、スズカ。


「んッ!」


 後も先も考えない、一直線の全力疾走。スズカに必要なモノは技術やセンスではなく、射撃の名手に正面から全力で突進という暴挙を実行できる度胸のみ。


「目隠しってことは旗狙いか。させね――ッ!」


 聴こえる足音が自分の元へ向かっていると察知し、カサネは即座に二挺拳銃を片方捨て、一挺を高速装填リロード。冷静なエイムでスズカを撃つ。たしかな手ごたえがあった。しかし、足音は止まらない。二度目のトリガーを引く時間は残されていなかった。


「――ぅうううああああッッッ!!」


 砕けたヘルメットをかぶるスズカが躊躇なく煙幕を突っ切る。銃も持たず飛び込んできた少女の狙いを格闘術と判断したカサネだったが、その見込みが外れたと気付く頃にはもう手遅れ。スズカが手に持つ閃光手榴弾が眼前で炸裂した。


「ぐっ!?」

「あぁぁぁぁぁぁああああッッ!!」


 叫び続けたままスズカは右に向き、前傾姿勢で全力疾走。フラッグにしたたか顔面をぶつけた。


ぁ!?」

「!!」

「ぃよしッ! 勝ったッ、勝ったぞスズカ氏!」


 勝利に湧いてチームメイトは功労者の頭を撫でつけるが、当人は真っ白な視界で「どうなったの!? え!?」と喚きながら困惑している。

 対し、カサネは色が戻り始めた視界で、へこたれずに度胸で勝利を掴み取った初心者ビギナー少女を見つめた。


「意趣返しってワケか……」


 そのまま、待機室に戻される。青年二人は負けたカサネに文句を言おうと勇み足だったが、その表情を見るや否や音もなく部屋の隅へと引き戻った。


「おもしれェ」





「大成功だ!」


 閃光弾からのフラッグ奪取というトレースリベンジ。カサネという強敵を相手取って成功させたのは、無茶な作戦実行に慣れているサー、たしかな地力を持つアラン、そして思い切り油断されているスズカが組んだからこそだった。


「ほ、本当に、わたし……!?」

「。」

「やっっったー!!」


 スズカは飛び跳ねて喜んだ。腕を振り上げたり、くるくる回ってみたりと遊園地にきた子供のようにひとしきりはしゃぎ、転びかけたのをアランに受け止められてようやく止まった。

 そんなスズカに、水を差すようで悪いが、とサーが首をさする。


「もっとも、次はこんな作戦も通じないが」

「え、次は次で作戦があるんじゃ……」

「用意できなくもないけど、文字通り通用しないのさ。……まあ、ファンのスズカ氏ならかおを見ればわかるかな」


 若干の疑問を残しながらフィールドに転送される。言葉の意味は、ものの十秒で判明した。サーが今日一楽しげに警告する。


「そうら狂犬が来たぞ!」


 たった一人の敵兵は、フラッグ真正面のストリートへ小細工無しに突撃してきた。アランが狙うが、カサネは雷霆の如き身のこなしで民家へ逃げ込んだ。

 どこから来るか、と空気が緊迫する。スズカは機動力を生かすために屋上へ登ると思い、上方へ目を凝らした。


「いない……どこに――――」


 前方、二階の窓が割れた。そこからスライディングのように飛び出すカサネは、さっきの返礼――あるいは丁重に扱った謝罪とばかりに、スズカを真っ先に狙っていた。

 眼前の目標フラッグを無視し、跳ねうさぎが少女の真上を通る。見上げる少女はその目でしかと見た。

 画面の向こうで強敵に向けられていた、あの炎のように熱く、氷のように突き刺す金色の双眸そうぼうが、他でもない自分に注がれていたのだ。


「楽しもうぜ。なァッ!」

「~~~~っ! ひゃい!」


 豹変と呼べるほどの荒々しさ。しかし、これが、これこそがスズカの知るカサネなのだ。ゾクゾクと全身が歓喜に震える。溢れそうになる涙を拭って、スズカは【Bullet's】をプレイして初めて、正面から敵と一対一で交戦した。

 ……結果は惨敗。

 少しも粘れず、ヘッドショットで敗北を喫した。それでも、スズカの顔に曇りはない。成し遂げた顔で『LOSE』の四文字を抱え、翌朝制服に着替えても気分よくニヤけ続けているのだった。

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Bullet's‼︎ 鴉橋フミ @karasuteng125

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