8th.Bullet 遭遇

 マッチングの待機室に転送されると、サーはすぐ簡略化マップを展開する。


「スズカ氏はまだ屋内しか知らないんだったね。屋外戦とは銘打っているが、実際のところは長方形に区切られたフィールド内に障害物や地形が形成されているだけで、さほど広くはないんだ」


 ホログラムが示すのは木々の枯れ果てた荒野であり、南北から中央へ向かうにつれて丘になっている。舗装された道はなく、ところどころに民家と思しき瓦礫の山、隠れるのに丁度よさそうな塹壕や大岩が配置されている。


「フラッグはサバイバルゲームでもよく使われる形式で、相手陣地に設置されたフラッグを先に奪取した方の勝ち、というルールだ。チームは三人一組、リスポーンはナシ、全滅したらそこで敗北になる」

「屋内は五人なのに、こっちは三人なんですか?」

「ルールによって変化するのさ。殲滅戦や陣地防衛の場合は五人、フラッグやサバイバルの場合は三人が多いかな。もちろん、もっと大人数や個々人の場合もある」

「あ、知ってます。FSフェイタル・ショット大会は百人のサバイバルですよね」

「その通り。ジープにC4積んで特攻するのは楽しかったなぁ……おっと、脇道に逸れるところだった。今回のフラッグは奪えば勝利というルールである以上、人数が多いと、相手陣地へ総員突撃して弾幕をすり抜ける足の速さだけがモノを言うルールになってしまう。前はそういう状態で、ほぼビーチフラッグと何も変わらなかった。そこで三人という少人数にすることで進むか守るか、隠れるか倒すか奪うかという戦略に目が向けられるという意図なのさ」

「運営はどこも苦労するんですね……」

「まあ、実際のところ開幕ダッシュもかなり有効なんだけどね! 一人突破されたら詰むから!」

「運営ェ……」


 調整する運営側の苦労に同調していると、チームの受付が終了した。仲間となる一人が決まったのだ。


「あっ!」


 現れたもう一人を見ると、スズカは声をあげて驚いた。そのガスマスクと長身痩躯に見覚えがあったのである。


「ま、前に一緒になりませんでしたか……?」

「……、!」


 ハッと気づいたようにガスマスクは頷き、サムズアップをしてみせた。以前、いまも被っているヘルメットをスズカに授けたプレイヤーである。間違いない、とスズカは頬をほころばせた。


「あの、前はありがとうございました! よかったら、その、め、迷惑じゃなかったら、フレンドに……」

「!」


 大きく首を縦に振ると、ガスマスクは慌て倒した手つきでメニュー画面を何度も誤操作し、ようやくスズカに申請を送った。スズカの画面には、『A1an_sm1thee』という名前が表示された。


「ありがとうございますっ! わたし、スズカです。よろしくお願いしますね、アランさん!」

「!」

「ほう、洒落た匿名希望だ。頑なに喋らないのも雰囲気にマッチして素晴らしい! 派手に自己紹介したいところではあるけれど、いまは戦いを優先しよう」


 カウントダウンを見つめるサーの横顔は福袋を前にした子供によく似ていた。スズカにとっては期待八割、不安二割といった心境でマッチ開始のアナウンスが流れる。転送された先では、目の前に屹立きつりつする赤い旗が乾いた風にはためいていた。


「さてアラン氏。キミが希望する戦法はあるかい?」

「。」


 首を横に振り、チャットメッセージで『おまかせする』と返答した。


「ならばスズカ氏にとっての初戦デビューわたし的にも行こうじゃないか」


 口元を大きく歪ませ、ひどく邪悪に楽しそうな爆師サーは右手に破砕手榴弾を弄ぶ。


「ではスズカ氏は私とE方面から行動。アラン氏はWから登りつつ、見敵次第自由に戦ってくれて構わない」

「はい!」

「。」


 行動を開始し、スズカはサーの後ろをついていく。壁に身を寄せ、可能な限り遮蔽物に身を隠して移動する足運びや最低限の覗き込み動作からはかなりの慣れを感じた。


「わかり切っているとは思うけれど、移動時はクリアリングを忘れないようにね」

「はい。素早くですよね」

「その通り。電光石火で慎重に、だ」


 サーは家の裏から、崩れかけの塀の裏へスライディングで移動した。スズカも続いてスライディングを試みるが、無駄な力が入って砂煙が上がってしまう。


「あ、ごめんなさ――」

「伏せて」

「ぐえっ」


 頭上の瓦礫を銃弾が掠る。伏せたまま覗いてみると、対面の塀から銃身が周囲を睥睨するように顔を出していた。


「見つかったら頭を低く。速攻奪取が狙いなら威嚇射撃やスモークで済ませてもいいけど、すれ違うよりは倒していくのが定石と言えるね。あと、敵の銃は一目でわかる有名銃、AK。マーケットで安価なわりに便利だから買っておくといいよ」

「参考になりマス……」

「では、実戦の経験値として倒してみるかい?」

「やってみたいですけど……向こうも隠れているので難しいです。どうやって引き摺りだそう……」

「じゃあ、遮蔽物カバーの右方に照準を構えておくといい」


 言われた通り、伏射体勢で構えたスズカの横で、サーは手榴弾のピンを抜く。数秒待ってから高く放り投げた手榴弾はカバーポイントの左側へ吸い込まれていった。無論、狙い澄ました投擲である。


(あんなに正確な位置に飛ばせるの?!)


 スズカはこの一秒後、驚くには早かったと理解する。

 手榴弾はちょうど、起立した人間の頭部ほどの高さで起爆した。まともに受けた爆風とは、側頭部をフルスイングのスレッジハンマーで殴られるようなもの。抵抗の術もなく遮蔽物から弾き出された敵をすかさずスズカが仕留める。


「ナイスショット!」

「ふぅ――――っていやいやいや何ですかいまの!?」

「何って、意表を突くために空中で起爆するようタイミング調整したのさ」


 さもありなんと答えられ、スズカはそれ以上の言及が思いつかなかった。異国ではそこの文化が常識であるように、サーがそれを当然と語る以上は「そうですか……」と渋々にも受け入れるしかないのだ。


「おや、いい仕事をしてくれるね」


 手元のミニマップに青いピンが表示される。アランが発見した敵をマーキングしたのだ。両者共に膠着している様子から、さっきの自分たちと同じように睨み合っているのだろう。そんな中、サーは方角を確認し、何かを確認している。


「どうしたんですか?」

「マップの障害物と景観を照らし合わせているのさ。……この距離なら、ここからでも届く……――ッッふ!!」


 乾坤一擲けんこんいってきという言葉が似合う力強さで手榴弾が投げられた。風がない環境のため、少しのブレもなく遠投され――遠方の爆破音と共にマップのピンが消え去った。


「グッド! 決まったッ!」


 得たりや応とばかりサーは拳を握りしめる。

 空爆支援でもないのに圧倒的遠方から爆弾が降ってくる。敵からすればこれほど恐ろしい支援攻撃もないだろう。アレンは『Good』とチャットを送り、そのまま進行し始めた。スズカはツッコミを放棄した。


「幸先よく撃破だ。さて、残り一名に見つかる前に移動を――」


 サーの首が強く弾かれ、見えない誰かに殴られたかのように倒れ伏した。続けざまに断続する銃声が響き、サーの腹部が赤いエフェクトを散らす。


「っ!」


 スズカが銃声の方角へ銃口を向けると、廃屋の向こうを駆け抜ける影が視認できた。照準を合わせる暇もなく敵が姿を消したため、体を屈めてサーを壁際に引き寄せる。トレードマークのゴーグルが粉々にひび割れていた。


「大丈夫ですか!?」

「いやー油断した。痛みはなくともクラクラするね! ギリギリ体力レッドだ。撤退したのを見るに、挑発かもね。しかも銃声からしてハンドガンときた。ここまでのやり手と当たるとは……」

「うぅ、運が悪――」

「最高じゃないか」


 サーは勢いよく立ち上がり、手榴弾のピンに指をかけた。割れたゴーグルの奥に獲物を狙う猛禽類のような瞳が爛々と光る。奇人を奇人たらしめる片鱗を見たスズカは彼が味方であるにもかかわらず、体の芯から震え上がった。


初陣ういじんに相応しい激戦にできそうだ! いざこうスズカ氏!」

「は、はいっ!」


 意気軒昂のサーは無鉄砲なようでしっかりと遮蔽物を利用した経路で進撃する。目で追うことすらできなかった敵を恐れつつもスズカは追従し、遂に敵フラッグが視認できる距離にまで近付いた。


「こっ、ここまで来たら、もういますよね?」

「待ち構えているだろうね。さて、どんなプレイヤーが……」


 相手の姿を覗き見たサーが瞠目する。すぐさま顔をひっこめると、スズカへ深刻そうな声色で忠告する。


「スズカ氏。不躾ながら、キミの話をいくらかエコーに聴いていてね。故にこそ予言しよう。キミはアレを見たらフリーズする」

「え?」

「アレン氏、聴こえた?」


 応答はなく、代わりにW側から連続した銃声が響いた。交戦が始まっているらしい。


「ふむ、存外に好戦的で結構! スズカ氏、銃声からわかるように敵装備はハンドガンで間違いない。私が知る中でも最高練度の男さ」


 状況を共有する口調は、まるで相手のデータを覗き見したように断言していた。その頃から、スズカは妙な焦れを首裏に感じていた。肌がヒリつくような、胸が高鳴るような奇妙な感情。それは爆風を突っ切るエコーを見た瞬間のソレに似ていた。


「気をしっかり。キミは十中八九立ち尽くすだろうけど、相手はその瞬間にヘルメットの減量分を合わせた二発のヘッドショットを撃ち込むだろうから」


 恐る恐る、覗き込む。二連続でハンドガンの発砲音がした。

 青い旗が揺れていた。周辺には、即席の遮蔽物となった木箱や土嚢が散見できる。物陰から飛び出した人影は木箱に足を掛け、空高く跳躍バウンスする。旗の砂っぽい青色に重なる緑が、その影が持つ二挺のハンドガンが、視界に鮮明な一瞬を残した。


「――――」


 本当に言葉が出なかった。驚愕と感動を越えて、思考が漂白されていた。ある種のトリップとも言えるほどに、スズカにとって衝撃的な光景だったのだ。

 しかし、激動する心中の水底から小さな泡のような疑念が湧いた。画面越しに見てきたカサネと、何かが違うような気がしたのだ。その違和感を探ろうと、スズカは自然と身を乗り出して彼を見つめる。

 揺れた緑髪の奥で、金色の目がこちらを見た。瞬間、琥珀のように澄んだ瞳孔が漆黒にすげ代わる。それが銃口だとわかったのは、サーに首根っこを掴まれて引き摺り戻された後だった。


「うわぷっ!?」

「乱暴ですまない! そして久方振りだな、カサネッ!」


 舞台に登壇するように堂々と交戦を始め、サーはカサネへ旧知の友のように語り掛ける。


「野良に来るとは珍しいじゃないか!」

「…………」

「相変わらず寡黙な男めッ!」


 挨拶代りに手榴弾をお見舞いし、アランと十字形になる位置取りで狙い撃つ形となった。しかし、それでもカサネは一発も被弾しない。たった二挺のハンドガンで両名を牽制し続けている。

 スズカは傍観している他なかった。ストリートファイトが始まった際に民間人がそうするように、ただ邪魔にならないように見ていた。綿密な経験値を持つ者たち同士の戦いに、自分が立ち入る隙間を見つけられなかったのだ。

 事実、それもひとつの正解だった。フレンドリーファイアが存在する以上、下手な援護射撃は敵からの挟撃に等しい。


(なんとかしないと……でも、何をしたらいいか……っ!)


 瞳孔がぐるぐる渦を描き、震える唇に添って脂汗が滑り落ちる。

 初の野外フィールドという緊張に憧れカサネというショットガンばりの衝撃を喰らい、鈍った思考は堂々巡りという檻に囚われる。スズカは予言通り、完全にフリーズしてしまった。


「…………!」


 タイムアップまで一分を切った。フラッグを取れなかった場合、引き分け扱いとなる。カサネがそれを狙っていると踏んだアランは素早くチャットを飛ばす。


『50s Go』

「残り50秒で突撃と。……乗った!」


 両名が同時に飛び出す。どちらかを狙えばすかさず片方に撃たれるという、シンプルながら多対一では最も有効な戦術だ。しかし、


「釣れた」


 無表情な少年兵がぼそりと呟いた。

 彼の行動は誰もが思い付くが、実行するには非現実的な選択だった。障壁のない空中へ跳び、両手に持つハンドガンで双方へ照準を合わせたのだ。


「!?」

「やはりか!」


 超人技に対応できず、アランがヘッドショットに沈む。警戒していたサーはすんでのところでスライディングし、土嚢の裏でインパクトグレネードのピンを抜いた。


(いまッ!)


 再び身を晒すと同時に、手首のスナップで発射された手榴弾が直線状の放物線を描く。顔でも手でも、どこか当たりさえすれば起爆し、逆転できる。まさにサーの語る手榴弾の妙味が体現された一投。速度、コース、タイミング、どれをとってもベストと言える出来栄えでカサネへ向かう完璧な軌道だった。


「お前ならそうするだろうな」


 着地したカサネは、さも友人に食事中の癖を指摘するように言う。


「警戒マークが出る前に気付けないのが三流。気付いて動けるのが二流」


 銃口は、彼が地に足をつける前からこちらを向いていた。サーがそれに気付いたのは、虎の子が手を離れた直後だった。


「一流は撃ち落とす」


 爆風は至近距離のサーを襲う。元々から危険領域レッドゾーンだった体力ゲージがはじけ飛び、瀕死状態に入る。瀕死状態は蘇生が可能だが、這いずり以外での移動が不可能になってしまう。敵の目の前でそうなれば、格好のマトだ。


「いつだかのテメェが言ってたことだ」

「いつだかの冗談を現実にするとは恐れ入った」


 軽口の直後、銃声一発。眼前で発生した一連の出来事が理解できないスズカの前に、何の警戒心も持っていないカサネが歩み寄る。

 憧れのプレイヤーとの邂逅――いや、遭遇。スズカが抱えた感情は喜楽ではなく、むしろ畏怖であった。プレイ時間や技術や装備といった物理的な差とはまた違う、『勝てない』と心底から確信してしまう、オーラとでも呼称すべき圧倒的な存在感がそこにある。抱えた違和感を解決できていないことも、その恐怖心に拍車をかけた。


「えぁ……ひ、」

「……撃たねぇのか」


 教師に居眠りを指摘された時よりも慌てて自動小銃AUG A1を手にするも、撫でつけられるように銃身を押さえられた。


「あ……」

「サブを選択らないあたり、初心者か。まァ、慣れるまで時間はかかるだろうさ」


 サーにするよりも少しだけ優しげな声色で、カサネは何かのピンを抜いた。


「めげずにがんばれ、な?」


 閃光に包まれる前に見たのは、空虚な憐れみを含んだ微笑だった。視界が真っ白になる。耳が高音にやられ、前後もわからないまま地面に倒れた。そうして何秒経ったか、景色が霞がかって見え始めた頃に、試合終了のSEが聴こえる。


「――――はッ!?」

「おかえり!」

「。」


 ソファでくつろぐ両名に迎えられた瞬間、スズカは理解した。のだ。あそこで撃てば、閃光手榴弾など使わずとも勝利できた。なのにわざわざ、行動不能にされた上で旗を取られた。一発の交戦もないままに終了した。


「……?」


 心配そうに歩み寄るアランの肩を倒れ込むように掴む。まるで白昼はくちゅうに妖怪を見たような狼狽ろうばい具合でその肩を揺さぶった。


「カ、カカカサネがっ! がッッッ!」

「! 、!」

「そうとも二挺拳銃のカサネだとも! では二戦目DA!」

「カサネ、が…………」


 どうやって吠え面かかせてやろうか、と気炎万丈なサーだが、すぐにスズカの異変に気付いた。

 憧れのプレイヤーに出会い、対戦を経た。普通のファンなら実力差など気にせず喜び、記念日とでも言わんばかりに遊びの気分を高めるところだが、スズカは表情に陰を落としていた。


「さては芸能人を実際に見たらそんなに……的な現象かな?」

「違います! 想像以上に実物はぶっとびたっとびな存在でした!!」

「では何が不満なんだい?」

「不満なんて、そんな……少しですけど話せましたし、戦いだって間近で見れて……あんなにもかっっっっっこよかった……のに、……なんで」


 目を伏せる少女の口から、苦痛に満ちた本音がこぼれた。


「こんなにも幸運なのに、なんでわたし、もやもやしてるんでしょう」

「……」


 アランは答えあぐねたが、サーはスッパリと言い切る。


「そりゃまあ気に入らないんだろうさ」

「えっ?」

「言い訳をつける初心者から『プレイヤー』に進化したということさ」


 勝てなくてあたりまえだ。負けて当然。動けなくても仕方ないじゃん。――だって、初心者だから。

 ハッと気づき、スズカは自分の口に触れた。現実ではつい口に出してしまう『だって』という口癖。それがいま、なかった。この口は、スズカの心は『だって』という自己弁護よりも先に、自分の不甲斐なさと相手の行動に大きな不満を向けていたのだ。


「最後の会話、カサネはスズカ氏を敵とみなしていなかった。一秒未満の引金ヒキガネで終わる戦いを、わざわざルールに則した方法で終わらせた。完全に気を遣われた。それが気に喰わない」


 雑草は踏まれて強くなる。スズカは例えるならば茎が細長くて折れやすい性質たちだが、それでもエコーという上位の存在に触れ、折れても立ち直れるようになり始めていた。

 そんな中で、カサネはスズカを踏むべきではないと判断した。踏めば砕けると思われるほど弱く見られた。彼らの交戦中に一歩も動けなかったのだ。単純な練度不足。どう扱われていても仕方がない。むしろ気遣いに感謝すべきであるのは認めよう。それでも、それでも。


――その優しさは、欲しくなかった。


「強者の余計な優しさに腹が立つ。そんなワガママ、素晴らしいじゃないか」

「わがまま……」

「そう、それでいいんだ! このゲームをするからには、プレイングは周囲などお構いなしの手前勝手でなければ! 『己が雑魚である』という事実は事実と受け止めながらもそれはそれでムカついていいのさ!」


 子供のようなわがままをサーは許容した。他人や気運を原因にまつって詭弁を弄する醜態しゅうたいと、己の欠点を認めながらも苛立つ勝手さはまるで違うと声高に宣言したのだ。

 内心、人の和を重んじる性分であるスズカはこの考えに賛同しかねた。だが同時に、この極端な男から得るものがあった。


「サーさん、ありがとうございます。『気に入らないからだ』って言ってもらえて、自分の気持ちがわかりました」

「その心は?」

「……カサネ、楽しんでなかったんです」


 スズカが憧れたのは、銃弾飛び交う中を笑いながら駆け抜け、全身全霊で試合を楽しむカサネの姿なのだ。なのに、奇跡的な遭遇を果たした憧憬はあんなにもつまらなそうに戦っていた。


「きっとカサネに気を遣わせてしまったんです。テンパって頭真っ白になって……それが態度に出たせいで、回りくどい方法を取らせてしまったのかもしれない。だとしたら、わたしは自分が許せないんです」

「ほう……」

「わたしは楽しんでるカサネを見たい。落胆されて憐れまれてるようなプレイヤーでいたくないんです。そうじゃないと、エコーにも面目が立ちませんから!」


 あくまでも自分の責任であると落とし込んだスズカに対し、サーは心底たのしげに口角を吊り上げた。


「自己を俯瞰ふかんできる人間は成長できる。優秀なコーチといまのような黄金の経験値に出会えるなんて、スズカ氏は伸びしろの塊だ! ただ、自分のせいにし過ぎるのはいけない。ヤツとの付き合いもそれなりにあるが、かなり気分屋だからね。今日はブルーなだけだろう」

「え、そうなんですか?」

「良くも悪くも、顔に出やすいんだ。……さてスズカ氏。きみはさっき、カサネに『敵』と認識されなかった。じゃあ敵になればいい! どうすればいいか、わかるかな?」


 火を見るよりも明らかで、いま手中にある答え。この世界の摂理とも言える解答は、肩と腰にずしりと残る重みそのもの。


――引金トリガーを引けばいい。


 初心者の、ましてや満足に戦えもしない自分が口に出す権利なんて、と二の足を踏むスズカを押したのは、無口な友人のメッセージだった。


『勝とう』


 アランは照れ隠しに首元を掻きながら、短機関銃Vector CRBを胸元に構えて頷いた。


「――――っ、はい。わたし、カサネに勝ちたいです!」

「よろしいッ! この刹那的快楽主義者が知恵を貸そう!」

「なに主義それ怖い!」


 サーが作戦を提示して十秒も経たないうちに、二度目の対戦がスタートする。

 直後、スズカとアランが二人組になり、サーと分かれて行動を開始した。三人に共有された作戦もさることながら、最も大きな変化はスズカの姿へ如実に表れている。失敗や他人へ迷惑をかけることに怯えていた表情が一変し、覚悟を秘める凛々しい気高さが立ち姿に満ちていた。


「さぁ、楽しもう!」

「はいッ!」

「!」


 全員、一斉に勝利を目指して走り出した。

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