7th.Bullet 手榴弾の伝道師
集中。
その二文字を深呼吸で飲み下したスズカの思考は澄んでいた。
広大な草原フィールド。佇むのは自分一人。少なくとも、現状は。
呼吸。拍動。静かに耳を澄ませる。安定した深層心理に揺らめくのは、単純だが最も忘れやすい教訓。
『焦るな』
「――――っ」
草陰に照準を向け、定まる瞬間にトリガーを引く。アサルトライフルから射出された四発の弾丸は隠れていた敵を捉え、ホログラムの敵が砕ける音を響かせた。瞬間、残る三方から銃口が向けられる。
脱兎の如く、スズカは今しがた倒れた敵を飛び越え、稲妻を描くようにジグザグと駆けた。一方後ろ、あるいは一歩先を銃弾が追い抜いていく中、決して気後れせず背後にすっかり相棒となったAGUを向け、振り向かずに掃射する。
一発も被弾せずに岩陰に滑り込んだスズカは、ベルトから黒い筒を抜き取り、ピンを抜いて敵方面へ投擲。岩陰の向こう側で爆ぜた閃光を確認してから、顔を出して敵を銃撃する――が。
「あっ!?」
三人の敵のうち、一人が離れた位置で待ち構えていた。容赦のない
『トライアルミッション失敗です。またの挑戦をお待ちしています』
右胸への衝撃に体が浮く最中、アナウンスと共にワープで転送される。倒れる体は柔らかいクッションに受け止められた。転送先は白いリノリウムの壁に囲まれた中に保健室にあるような簡素なパイプベッドが置かれただけの部屋だった。
「くぅ~……悔しい!」
スズカは寝そべったまま、小さい子供のようにジタバタと暴れる。
一時間前、実行可能なチュートリアルを終えたスズカは、解放されたトライアルミッションに挑戦した。クリアすれば豪華な報酬がある代わりに、『Bullet's』のミッションは軒並み高難度となっている。いましがた失敗したのは、『包囲から抜け出せ』である。
知名度のあるゲームともあり、動画投稿サイトにはこれらのクリア解説動画が存在する。スズカはそれを視聴していたため、「行けるでしょ!」と軽い気持ちで挑んだのだが、
「わたしの体格じゃスピードが足りないんだもん。……もう何回失敗したかわかんない……初動はあれで合ってるはずなんだけど、フラッシュバンじゃダメだったのかな……」
加えて、さっきの敵は手榴弾対策として距離を取って行動していた。あんな行動は動画で解説されていなかったため、おそらくはアップデートで追加された行動パターンなのだろう。スズカも試行錯誤を積んだが、破砕手榴弾やC4も意味を成さなかった。スタート時点で敵に発見されている上に戦うエリアが草原であるため、ブービートラップを仕掛けるにも限界がある。スズカの思考は『手詰まり』の四文字から逃れられなかった。
「うぅ……やっぱり想像力ないなぁ。自分だけじゃどうにもできないや……」
ベッドを降り、スズカは壁の前に立つ。すると、自動ドアのように壁が開き、多くのプレイヤーで賑わうエントランスホールと繋がる。音が波のように押し寄せてくる感覚は、ゲームセンターに入った瞬間に似ていた。
スズカが降り立つと壁が閉まり、跡形もなく消え去る。巧みに表現されたワープのエフェクトに改めて感動していると、雑音の中でも投げ槍のようによく通る声が届いた。
「おや、スズカ氏じゃぁないか!」
胸を張った早歩きで向かってくるのは、昨日遭遇した爆弾魔。容姿で目立つ装備はミリタリーゴーグルぐらいだというのに、やたら仰々しい口調が似合ってしまうほど常人離れした気質のおかげで一度見たら忘れられない男である。
「サーさん。こんにちは」
「呼び捨てで構わないさ! サーさんってなんか『サ』が重なって呼びにくいだろう? もっとも、私を敬称付きで呼ぶ人類が滅多にいないのだけどね! ハッハッハ!」
鬱陶しいほど爽やかに笑いながら、彼はさて、と周囲を見渡す。
「今日は一人かな。エコーもログインしていないし」
「用事があるみたいです。だから、自分ができる範囲で遊ぼうって」
「ほほう、いいじゃないか。ドンドンこの世界をエンジョイしてくれたまえ! ソロで遊ぶとなると、カジュアルマッチかな?」
「トライアルミッションです。包囲戦の……何回やってもクリアできませんでしたけど」
「包囲戦とは懐かしい! たしかにあれは初見殺しだったね! けれど、あのミッションは私を手榴弾に目覚めさせたミッションでもあるのさ」
あれが? とスズカは目をぱちくりさせた。自分も手榴弾を使用したが、お世辞にも役立ったとは言い難い。
「野外でも手榴弾って役に立つんですか?」
「フィールドに関係なく、手榴弾は凄まじく優れものだとも!」
「そうなんですか……じゃあやっぱり、わたしの使い方のせいか……」
慣習化された自己否定で落ち込み始めると、サーは顎に手を当てて不思議そうに尋ねる。
「ふむ、まだエコーから手榴弾については教わっていないのかな?」
「はい。チュートリアルは一応してきたんですけど……わたし、覚えが悪いからできることが少なくて……」
「では本日は
ファッションモデルばりの独特なポーズでそう言い切った瞬間、返事も待たずにサーは質問を続けた。
「スズカさんは手榴弾、いわゆる投げ物はどういった印象かな?」
「えっと……サブウェポン、強い攻撃……とか」
「その通り! 爆発は軒並み高威力であり、閃光は相手を立ち止まらせ、煙は戦いを中断させる。別物だが、スローイングナイフなんかも使いこなせば強力な存在だ。では、それらを使うために最も必要な技術とは?」
「コントロール……です」
「
では何が必要なのか。スズカから疑問が呈される前に、サーは人差し指を立てて簡潔な答えを提示した。
「必要不可欠なモノ。それは『冷静さ』だよ」
「冷静さ……はい」
「結局のところ、投げる力加減は感覚で掴むしかない。それは場数を踏めば自然と身につく。その上で必要なのが冷静な思考。即ち、『現状を把握し、何をどこへどう投げればいいのか』を判断する力さ。まあ、冷静な判断能力なんて万物万象に対して必要不可欠なんだけれどね!」
芯を食ったノリツッコミは耳に入らなかった。
解説を聴き、スズカはその才能が自分からはかけ離れたものに感じていたのだ。学校でもトップクラスのノーコンで、空間把握もできない。そもそも、少しのきっかけで大混乱に陥ってしまう自分にとって、冷静な判断というのは月と太陽ほどに対極の存在である、と。
「心の中で『冷静な判断なんてできない』と言っているね」
「えっ!? エスパーですか……?」
「はっはっは。それはさておき、投げ物において最も重要な役割は何だと思うかな?」
スズカの頭には『ダメージを与える』という答えが浮かんだが、この定義では閃光手榴弾の立つ瀬がない。戦況を変える強い武器ということは理解しているのだが、それを上手く説明する語彙が見つからずに言いあぐねていると、サーは先ほど『冷静』として立てた指を、自分の手で隠すように握った。
「相手の冷静さを奪うことさ」
「奪う、ですか?」
「爆風を浴びれば体力が減って焦る。視界が白光に染まれば撃たれると思って焦る。スモークで姿が消えれば緊迫感が増して焦る…………冷静という柱は常に砂上だ。崩した方が勝ち、崩された方が負けるのさ」
そのとき、自室の勉強机のようにとっちらかった記憶の山からエコーの言葉が引っ張り出された。
「エコーも言ってました。焦ったらダメだって」
「そうだとも。そしてだ。仮にスズカさんが平時、私より冷静でないとしても、私をボムで焦らせてしまえば相対的にスズカさんの方が冷静ということになるだろう?」
「そういう問題なんですか……?」
「勝負事なんて込み入ったように見えるだけで実質はそんなモノなのさ」
やけに説得力のある語り口に彼の
「では、よく使われる投げ物のレクチャーしよう」
示されたのは、イメージしやすい深緑色の四角い突起が刻まれた手榴弾だった。
「まず、破砕手榴弾。パイナップルグレネードだ。威力が非常に高く、対人戦なら二発当てれば確殺だね。遮蔽物の裏に投げ込まれることが多いけれど、慌てず
「確殺……!?」
「手榴弾が近くにあると視界の端に警告のアイコンが出るし、滅多にそんなことは起こらないけどね! 使う際はピンを抜いて五秒で起爆するから、あらかじめ目星をつけてから使うといい」
続けざまに、三種の手榴弾が提示される。二つは記憶に新しく、見覚えのあるものだった。
「次にインパクトグレネード。コンカッションとも言うね。威力は控えめだが、かんしゃく玉のように着弾点で即爆発する特性上、どちらかというと壁を破壊して射線を通すために使用されるケースが多い。今回のような屋外戦では滅多に見ないけれど、対処法は破砕手榴弾と同じで構わない」
「あ、これは室内戦で見ました。便利なんですね」
「目くらましにも使えるから便利ではあるけれど、転がせないことがネックだね。屋外で目にすることは少ないだろう。対し、内外問わずよく使われるのはスモークグレネードだ。射線潰しや撤退手段に使われる。対処法は無暗に煙を撃たないこと。自分の位置を晒すことになるし、リロードの隙を突かれて反撃されかねないからね」
サーの言うように焦って位置を晒し、反撃される自分の姿がありありと目に浮かんだ。彼はそして、と言葉を結ぶ。スズカも次に控えるホログラムの姿にごくりと
「
「熟練者は慣れる……とかないんですか?」
「人間に生まれてけっこうな時間が経っていると思うけれど、真昼間の日輪を直視するのに慣れたかい?」
ごもっともな指摘に、スズカはすんなり納得して返す言葉もなかった。
「他にも説明したい代物は多いけど、私もエコーと同じ実践主義だからね。さっそく野良で暴れようじゃないか! お時間は大丈夫かな?」
「い、いいんですか? わたし、きっと邪魔に……」
「
大志を抱かせる銅像のようなポーズで中央の受付を指差すサーの顔は晴れやかな色をしていた。
スズカは、エコーが彼を乱雑に扱いながらもフレンドでいる理由がなんとなくわかった。ゲームに対するスタンスが似ているのだ。あの扱いがテキトーなあしらいであるのは間違いないが、そうしても壊れない信頼関係があるという証左なのだろう。
スズカは初めての試合を思い出す。最初は散々だったが、エコーという存在が『楽しみ方』を教えてくれた。あのときの心がいま、言語化されて鮮明に心を照らす。
楽しみたい。だから学びたい。もっと知りたい。
スズカは大きく頷いた。
「現在のカジュアルマッチは『フラッグ』か。立ち回りは入ってから教えよう。いざ
「はいっ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます