第5話 スプリング・ホイール

煙草を口にくわえパキンとトリックのように片手でジッポのフタを持ちくるっとひっくり返して火をつける。剣真はいつもこのやり方で煙草に火をつけいた。


「その火のつけ方どうやってるの?」


「これ?これはスプリング・ホイールって技」


得意気に笑うと、もう1度指先で器用に火をつけてみせ、やってみろとジッポを差し出した。


何度かやってみたがうまくいかず着火部分が熱くなってきたので剣真に返した。


「そんなうまく出来ないよ」


「1回覚えたら・・・女の子にもモテる」


いいなあと笑った。


「そういえば、店辞めた」


「バーだっけ?どうして?」


「うーん、息苦しくて」


セクシャルマイノリティというのか、ひとくくりに性的少数派と呼ばれるが、男になりたいと男女の関係を求める人たちと、メンズの服装はするが男になりたいわけではなく、女と女で同性愛者になる自分とでは、全く違ったものだった。全く違うことはわかるのだが、その違和感を言葉にすることは難しい。


「じゃあ、客は?」


「あんまり連絡とると店がね、メール来てるけど」


「取るの?」


「うーん、考えてる」


連絡先を交換していた何人かのバーのお客さんから連絡が来ていた。どれも要は個人的に会わないかという内容だ。

会社の経営者であったり、水商売だったり、専業主婦だったり、様々な職業を名乗るが、自分は信用しない主義だ。

職業だけではない、噂や賞賛や悲哀に満ちた話も、何もかも信じないことにしている。所詮は酔っ払いのたわごとだ。

「あの人、あそこの病院の外科医だよ。」と、サイトを見せられれば丁寧に顔写真まで貼ってあったりもするし、信用しないとは言ったが事実としては信用している。ただ、なんとなくだが人がどこかに所属している時の顔なんてものは、ある一面でしかなく、場所が変われば全く別の人にもなりうると考えていた。それに、仕事を自慢したい客はキャバクラに行くだろう。ボーイッシュバーっていうのは、ただの好奇心、冒険だ。人は新たな冒険に出かけると、どんな経歴があろうが裸同然になる。自分が信じているのは、そういう人の姿だけだった。

個人的に会うとなると、店が怖い。過去に罰金として結構な金額を支払わされたやつもいた。店をすんなり辞められたのは、先輩の人にノーと言わせずうやむやに平和的に物事が収束する、天然なのか、独特の人柄のおかげで、客を個人的に引いたとなれば多かれ少なかれリスクがある。

それでも、何人かは1度飲みに行ってもいいいかと思ったのは、退屈だったからだろう。


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ナナイロ @nanairo_ikino

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