第31話 生野が気持ち悪いんだけどどうしよう
「ただいまーっ」
「おかえり夏川さん」
何故こいつらはトイレから戻ってくるときに必ず『ただいま』と言うのか。
気にはなるがまあ別に
生野と短く会話を終えた唯菜が、今度は僕に話しかける。
「晶仁っち、なんか変な顔。」
それだけ言って、唯菜はまだ周っていない校舎の方へと歩いて行った。
「…えっ」
「あっれぇ、黒崎嫌われちゃったんじゃなぁい?」
「そのオネエみたいな口調やめろ気持ち悪い。」
唯菜の言った意味がわからない。
「別にそういうわけじゃないと思うぞ、あれは。」
「一方通行のテレパシーってタチ悪いよね。本当に怖い。んで、どういうことなの。」
「さあねえ、渕上先生にでも嫉妬したんじゃないの。」
「なんでだよ」
「はあ…。夏川さんも大変だなあ。」
ため息混じりにそう言った生野は、少し先を歩いている唯菜の方へと小走りで向かった。
「···私がどうかしましたか?」
斜め後ろから、こちらの顔を覗き込むようにして渕上先生が話しかけてくる。眉尻が下がっており、不安げな印象を受ける。
それもそうだ、生徒同士の会話に突然自分の名前が出てきたのだ。気にならないわけがない。
ちなみに、先生がこちらの顔を覗き込むようになってしまった理由としてはやはり先生が小柄であることが挙げられる。実に可愛らしい。年上に『可愛らしい』っていうのもおかしな話だけど。
まあそれは置いといて。
「いえ、なんでもないですよ。」
「そ、そうなんですか」
「そうなんですよ」
先生との会話はテンポが良くて楽しい。
もしかしたら生野と話すときよりも楽しいかもしれん。
個人的に敬語を使われることはそんなに好きではないのだが、この先生の使う敬語は不思議と嫌いではない。寧ろ敬語を崩された方がむず
「僕らも行きましょうか」
「そうですね。すみません私のせいで授業まで抜けさせてしまって。」
「大丈夫ですよ、唯菜とか生野とかは知りませんが僕は天才なので。」
「自分で言うんですね」
「まあ天才ですからね」
ふふ、と上品に笑い出す渕上先生。
やはりこの人は一つ一つのしぐさが絵になる。本当に美しい人だと思う。
それでもやはり、唯菜たちを待っている間に話してからは
なんかこう、近い親戚のような。安心感に近いものを感じるようになってきている。
どうやらそれは彼女も同じようで、先程よりもいくらか表情が柔らかくなり、目が合う回数も増えてきている。気がする。
そんなことを考えながら歩いていると、もう一方の校舎に到着していた。いつのまにか。唯菜や生野とはあの後すぐに合流したのだが、依然、唯菜の態度はどこか冷たい。
ベタベタされるのも困りものだったが、今となっては冷たくされる方が、なんというかこう、苦しい。胸が痛い。
いつかライトノベルだとかアニメだとかで見たラブコメにもこんな表現を見たことがあり、ああ、ヒロインはこんな気持ちだったんだなあ、と一人で納得する。
いや、僕は男だけどな。
「黒崎、今日の放課後暇か?」
僕の左耳に小さく話しかけたのは、先程まで先頭で唯菜と並び歩いていた生野だ。
ふと前を見ると、唯菜が渕上先生に楽しげに語りかけている姿が確認できた。
それを見計らって僕のところに来たこと、小声でひそひそと話しかけてきたことなどから生野の意図をなんとなく察して、僕も小さく返す。
「ん、まあ。雪乃から早く帰ってこいみたいな連絡さえなければ。」
それを聞いた途端、生野の口角が不自然にあがったように見えたのは気のせいだろうか。にやついたのだとしたら、非常に気持ち悪いと思った。言わないけど。
「そっか、雪乃ちゃんも大変だなあ。」
「ん、すまん聞き取れなかった。」
「いや何でもない。」
半ば強引に話題を切り替えるようにして、表情をまた普段通りの笑顔に変え、再度生野が口を開く。
「今日ちょっとどっかでお茶でもしねえか」
「なんだよ急に、気持ち悪いな」
「そこまで言わなくてもいいだろ」
「え、あ、すまんつい」
さっきの不自然な笑みの分もあってか、口が滑ってしまった。
それにしても、改まって『お茶をしよう』など普段の生野からは考えられない発言だ。流石に何か大切な用であることは察したので、『わかった、行こう』と返事をした。返事を受け取ると生野は
「なんなんだ…?」
生野の様子が何かおかしい。
あれは大抵、彼の中で余程大きなことが起こった時か、僕の周りで大きなことが起こった時に見られる生野だ。
別に過去に見たことがあるわけではないが、なんとなくそんな気がする、と言ったところか。
「晶仁、置いていきますよ?」
いつの間にかかなりの距離ができていたらしい。離れたところから耳に飛び込んできた、渕上先生の優しげな声で気がついた。
僕はそんなに目の良い方ではないのだが、渕上先生の隣にいる緩い制服の美少女の表情が一瞬曇ったのだけは解った。
本当に胸が痛い。何かしてしまっただろうか。何か言ってしまったのだろうか。自己嫌悪に近い感情が、短い間ではあるものの確実に僕の心を
これは
「ごめんなさい、すぐ行きます。」
小走りで向かいながら、軽く頭を振って暗い思いを吹き飛ばそうとする。
ああ、やっぱ三人とも顔面偏差値やばいな、輝いてんな。などという正直自分でもよくわからない思考の書きかえ方をしながら、僕は廊下を走った。
「っと、こんなもんかなー。」
「こんなもんだな。つか何で転入生の夏川さんが一番この学校のこと知ってるんだよ。」
「ちっちっちっ、甘いよ生野っち。大事なのは長さじゃないからねー」
「そ、そうか。まあとりあえず学校案内はこんくらいです、先生。」
「三人とも、ありがとう。本当に助かりました。」
「大げさだよふっちー。」
一通りこの学校の全ての廊下を歩き終えたところで、生野と唯菜が振り返る。
軽く言葉を交わし、僕たちは教室へと戻ることになった。
結局、唯菜と話してないな。
やはりどうしても、胸が痛い。
転校してきたギャルに好かれたんだけどどうしよう 拓魚-たくうお- @takuuo4869
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