Last chapter.

ある情報屋の話

 シンジュクの地下で、オレはあの人に会った。あの人は、かつてオレたち行き場を失った子どもを導いた人だ。

 十五年ぶりの再会で、オレはすっかり大人になったのに、あの人はあの日のままだった。そこで初めて、オレはあの頃聞いた噂が、本当だったんだ、と思った。つまり、生身でありながら『強化ブーステッド』と真正面から戦うことのできる灰谷光輝はいたにこうきは、『強化』でも『非強化アンブーステッド』でもない、人間を超えた存在だ、という噂。

 トーキョーの現状を説明すると、あの人は何かを確信したように出ていった。それから、オレがあの人に会うことはなかった。

 だからその後、あの人に何があったのか、あの人が何をしたのか、オレにはわからない。『強化』の犯罪組織が徒党を組んだ同盟、その中でも最も大きな『七同盟』としてトーキョーを支配していたものたちの長が、次々と暗殺された。その暗殺は続き、ついには全員が死んだ、と聞いた。『七同盟』の盟主とされた最大勢力の長、シン・フェルナスは、居座った超高層ビルの最上階ごと吹き飛んだという。その瓦礫は『強化』の上層街に降り注ぎ、『七同盟』の支配の終わりを告げた。

 その話を聞いたとき、オレはあの人だと確信した。あの人が『七同盟』を打倒したのだと確信した。情報屋としてのあらゆる手を尽くしてあの人の情報を集め、もう一度会おうとした。しかし、やはりあの人が何をしたのか、どこへ行ったのか、ようとしてわからなかった。


『七同盟』が全て消え去っても、トーキョーは大きく変わることはなかった。

『強化』の犯罪組織は再編され、さらには新たな勢力も現れ、結局『七同盟』支配下と同じような犯罪都市であり続けた。『非強化』は相変わらず『強化』に虐げられ、搾取される対象であったし、そうならないために、多くの『非強化』は各々の生き方を探し求めていた。『強化』は強く、『非強化』はしぶとく。そういう街の形は、まるで変わらなかった。オレ自身も、情報屋として生きる傍ら、歓楽街の店を営み、『強化』の支配する世界を生き抜いていた。


 ただ、少しだけ、変わったこともあった。


『強化』が『非強化』に表だって手を出すとことを、躊躇うようになった。それは『七同盟』の二の舞になることを嫌ってのことのようだったが、ということは、やはり暗殺に成功した何者かは、まだ捕まってはいないし、死んでもいないのだろう。


 かつて『crus.クルス』という反『強化』組織を導いた、あの来栖耶麻人くるすやまとを彷彿とさせる、刀を武器とした剣士と、片腕の〝拳銃使いガンスリンガー


 それが『強化』たちの間で共通した恐怖の影のようだった。迂闊に目立ちすぎると、あの二人組が来るぞ、と、真剣な顔をして話し合う『強化』の姿は、まるで幽霊に怯える子どものようで、見ていて滑稽ですらあった。


 せいぜい、それくらいの違いだが、この街の『非強化』は、以前に比べれば遥かに生きやすくなった。その時流に乗って、大々的に反『強化』を掲げて運動を始めようとしている連中もいるらしいが、それはどうだろうか。さすがに上手く行くとは思えない。


 あの人はいまこの街を、オレたちを、どこで見ているのか。どこかで見ているはずだ。そう想いながら、オレは掌に置いたメダルを見下ろした。

 直径二十五ミリ。厚さ二ミリ。四辺の長さが均等の十字を中心に、その周囲に二回りほど小さい、同じ形をした朱色の十字が四つ。エルサレム・クロスと言うらしい十字が描かれたメダルは、オレたち『crus.』が共にある証。きっとあの人も、このメダルを持ってこの街を見守っているはずだ。昼も夜もなく、品位の欠片もなく、ただただ明るいだけの街。くそったれた『強化』が支配する街。


 それでもここは、オレたちの街だ。


 また夜が来る。

 街が輝きを増す。

 オレは、オレたちは店を開く。

 しぶとく、強く、生き抜くために。


〈了〉

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

クロス:ネクスト せてぃ @sethy

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ