第10話 帰ろう

 爆発が全身を包んだはずだったが、その意識はなかった。光輝は、温かな光の中にいた。先ほどまで遠くに感じていた、全身の様々な痛みをまるで感じなかった。ただ、穏やかな心持ちであり、戦いが終わったのだろうことだけは、はっきりとわかった。

 おれは、死んだのか。

 光輝はふと、そんな自問を思い浮かべ、どうやら閉じていたらしい瞼を開いた。

 その瞬間、全身に感覚が戻った。ひとつひとつ命に関わる重傷であるはずの傷の痛みは、最前までと同じく遠い。それでも何一つ感じなかった時よりは、遥かに痛く、重みがあった。

 どうやら生きているらしい。そう理解した光輝は、同時に自分が壁に寄り掛かる形で座っていることも理解した。全身は案の定、血塗れで、白い『クロス』は余すところなく赤に染まっていた。それが自分の血なのか、シンの血なのかは、わからない。

 そうだ、シンだ。光輝はそこで、ようやくのように戦っていた相手を思い出す。その姿を探し、身体を動かそうとしたが叶わず、視線だけが上を向いた。


「……久しぶりだな、光輝」


 そこに、白いロングコートを纏った男が立っていた。白いコート、と言っても、その大半は光輝と同じく、赤く染まっていて、所々に残る白が、辛うじてそのコートを白だと伝える程度のものだった。

 白いコートの男は、光輝を見ていた。その顔も左半分は焼け爛れていて、在りし日の相貌とは異なる。それでも、光輝はそれが誰であるのか、わかった。


「ずいぶんとボロボロだな」

「……お前もな」

「……ああ、まあ、そうだな……それより」


 白いコートの男は、光輝に言われて初めて自分に視線をやったようだった。それで自分の状態を理解した様子だったが、大したことではない、とでも言うように顔を上げて、言葉を続けた。


「……世話を掛けたな。おれの身体が」

「……お前、まさか……」


 光輝は驚きに目を見開いた。コートの男は、少しだけ笑ったようだった。


「……まさか、全部知って……」

「帰るぞ、光輝」


 白いロングコートの裾を翻して、男が光輝に背を向けた。


「アスカが……皆が待っている」


 そう言い残して、白い背中は歩き去っていく。光輝はどうにかしてその背に追い付こうとして、やはり身体は動かず、激痛ばかりが遠く、膜を通したように鈍く感じられるだけだった。どういうことなのか。まだ何も理解できていない。お前が帰ると言うのならば、その答えも、帰れば教えてくれるのか……

 帰らなければ。

 光輝が初めて強く、そう思った時だった。

 視界から白い背中は消え、代わりに映ったのは、アスカの泣き顔だった。〝ネクスト〟となった、いまのアスカの。


「コウ兄……!」


 強い風が吹いていた。辺りは瓦礫に埋まり、そこにあるはずの蒼い絨毯も、いまは見えない。薄暗い闇に沈んだ高空の一室で、光輝は自分に抱き付くアスカの温もりと鼓動の音を聞いていた。


「……帰ろう」

「……そうだな」


 帰ろう。ここは人の住む場所ではない。

 帰ろう。おれたちの、厳しくも、生きた心地のする場所へ。

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