4. 『メイド長』
痴漢扱いされる寸前で部屋から出た俺は荒い息を吐き、
「あっぶねえ……! マンガみてえに叫ばれるところだったぜ。勘弁してほしいよな?」
ちらりとアキトを見ると、顔が真っ赤だった。心臓に手を当てて落ち着こうとしている。
アキトは女の体を見ると赤面して固まってしまうのだ。
「お前、まだ女の裸に免疫ねえの? エロ動画で慣れろって言ったろ」
「う、うるさい……! 姉がいるお前と違って、俺は一人っ子なんだ……!」
「クールなイケメンのツラして純情とか、どこまで女の視線を独り占めする気だお前は。ちっと俺に分けろ」
かちゃ。ドアが開き、女が顔を出した。
長く伸ばした黒髪をあちこちぴょんぴょん跳ねさせ、眠たげな表情をしている。
「ヴェーラちゃんが拾ってきたのはお前らか? あたしはザインツベルグ家のメイド長やってるアイリス・アーミテジだ。よろしくっ」
アイリスは敬礼でもするかのように額に手をかざし、ウインクした。
全裸で。
俺は大きく息を吸い込み、
「何でワンテンポ置いてんのに服着てねーんだよ!!」
絶叫が廊下に響き渡った。
再び部屋に引っ込み、今度こそちゃんとメイド服を着こんだアイリスが顔を出した。
「にひひ、入って入ってー。飲み物だすからー」
無邪気に笑い、俺達を中に通す。
ヴェーラがベッドに腰かけていた。
「適当に座ってくださいませ。落ち着いてお話をしましょう」
「はあ。ども」
俺達は四角いテーブルの周りにある椅子に座った。
アキトの動きがぎこちない。まださっきのショックから回復していないようだ。
「あらあら。かわいらしいこと。アキト様には、お付き合いされている方などはいらっしゃいませんの?」
アキトは赤い顔でテーブルの天板を見つめ、微動だにしない。アイリスと目を合わせられないのだろう。
楽しげなヴェーラに俺は、
「からかわないでやってくださいよ。――つーか、その人を怒るのが先では?」
顎をしゃくると、黒髪のメイドは肩をすくめた。
「いいじゃん。見られて減るもんじゃなし」
「それは男側のセリフなんすけど!?」
アイリスは涼しい顔でテーブルにグラスを置き、ボトルから薄紅色の液体を注いだ。
「まあ気にせず飲みたまえよツッコミ少年。これはあたしのおごりだ」
「……いただきます」
ツッコミ疲れで喉が乾いていた俺は遠慮なくグラスに手を伸ばし、液体を口に含んだ。
そして勢いよく吹き出す。
「ごはあっ! ――これ、酒じゃねーか!」
「にゃははははっ! いいリアクションだ、初々しくてかわいいよ少年!」
口の中がアルコールの刺激でビリビリする。ワインなんて初めて飲んだぞ。
アキトはなぜか慣れた様子でグラスを傾けている。
「おい、アキト。お前酒なんて飲めたのか? 父さんは悲しいぞ」
「黙れ。飲まなきゃやってられんのだ」
疲れたリーマンみたいなこと言いやがって。
「それでヴェーラちゃん。あたしんとこに二人を連れてきた理由って?」
「決まってますわ。――新たに我々に加わったお二人の力を見定めますの!」
ヴェーラはそう言うと立ち上がり、
「御用意は良くて?」
「広れー。学校の校庭並みだな」
金魚のフンのようにヴェーラ達に着いてきた俺は、屋敷の中庭のでかさに驚いていた。
アキトも眼鏡を上げ下げしている。
黒髪のメイド長(この破天荒な女が? マヌエルと交代しろ)は腕を組み、意志の強そうな顔に笑いを浮かべて俺達を眺め、こう言った。
「さあ、転移者ども。あたしにその力を見せてみろっ」
「へ?」
「自分の能力値を数字化して空間に表示できるだろ? それをやってみてくれ」
俺はアイリスに言われるがまま手をかざし、
「スッテーータス、オォーープン!」
「なぜ気合いを入れる」
俺の前に緑色のホログラフが表示される。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
アグルマ・バサラ 17歳
レベル 2
クラス 無職
攻撃力 7
守備力 5
素早さ 11
魔力 7
気配り 18
運のよさ 2
所持スキル
・裁縫
・料理
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
おっ、レベルが上がってる。
そして俺のステータスを覗き込んだアイリスが一言。
「えっ? 転移者って特殊な能力を与えられるって聞いてたんだけど?」
「ロクにやったことのない料理と裁縫ができるようになってるんじゃないっすか? まだ試してねえけど」
「……ふっ」
アイリスは一瞬真顔になって視線を下げ、
「きゃーーっはっはっはっ! なにそれー! 天使から貰ったのが料理と裁縫の才能!? 面白すぎるー! ……あいたた、横っ腹が。あんまりわらかさないでよ」
腹を抱えて大笑いした。俺はつばを飛ばして反論する。
「勝手にそっちが笑ってんでしょーが! 俺だって魔法の才能とか格闘スキルとか欲しかったよ!」
「だよねー。どう見ても君、ケンカっぱやそうだもん。そ、それが料理だって……! あはははははっ! ちょっとやめてよ!」
「なにもしてねーーーーよ! ……視姦してやる。ステータスオープン、アイリス」
俺のステータス画面が切り替わり、アイリスのステータスが表示された。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
アイリス・アーミテジ 22歳
レベル 45
クラス 使用人
攻撃力 146
防御力 104
素早さ 115
寝つきの良さ 167
魔力 51
運のよさ 85
所持スキル
・操糸術
・体術
・電撃魔法
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「いやーん。見られちゃった」
「つ、強えぇ! そしてこの一人一人違う謎のステータスはなんだ!」
寝つきの良さって。何を基準にしてんだこれは。
他の人のステータスも気になる。
「ヴェーラさんのも見ていい?」
「マヌエルに言いつけますわ」
「ごめんなさい」
速攻で断られた。ちぇっ。
……ん? アキトの様子がおかしい。表情はいつも通りだが、頭がなんかふらふらしてる。
アキトは制服の前のボタンを外しながら口を開いた。
「我が名はハルヤマ・アキト。俺が如何様な力を授かったのか、その目に焼き付けるがいい」
「しっかり酔っ払ってる! お前顔に出ねーな!」
「――ステータス、オープン!」
「腕を薙ぎ払いながら!? いつものアキトじゃなーい!」
キメポーズを取りつつアキトがステータス画面を表示した。ヴェーラとアイリス、それに俺の三人で仲良く並んでそれを見る。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ハルヤマ・アキト 17歳
レベル 2
クラス 無職
攻撃力 32
守備力 23
素早さ 15
魔力 16
意思の強靭さ 41
運のよさ 12
スキル
・剣術
・火炎魔法
・見切り
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「バサラさんより数値が全般的に高いですわね?」
「あっやめて。それ地味に気にしてるから。――アーミテジさん、俺達のステータス見て何かわかった?」
ヴェーラの無慈悲な一言に傷付き、アイリスに話の矛先を変えてみた。
彼女は頭をもしゃもしゃと掻き、
「いや? この数値が良いのか悪いのかあたしにはわかんねーし。転移者は皆コレ出せるって言うから見てみようと思っただけ。とりあえずあたしに勝てる奴はいなさそーだな」
「思い付きかよ!」
「――とにかく、クラスに所属させてはいかがてすか?」
不意に子供の声が聞こえ、俺達は一斉にそちらに目を向けた。
ソーニャが目を閉じ、憂いを帯びた表情で微笑んでいる。
「クラスに属していない場合、成長の方向性が定まりませんし、何より能力の伸び率がよくありません。適性を考え、早めに選ばれた方がよろしいかと愚考します」
「おい。俺とアキトがいるからそのキャラが作りモンなのはバレバレだぞ」
「バサラ様。お元気そうで何よりです。
「貫き通す気か!? 今までのアレは無かったことにはなんねーからな!」
こんにゃろ、清純派天使の振りしやがっ……。
あ、ミグだ。小さな妖精がソーニャの後ろから忍び寄ってきている。
「どーんですー!」
「へべっ!?」
ソーニャに体当たりをしてすっ転ばせたミグは、顔から地面に突っ込んでいるソーニャの上にふよふよ浮いて自慢げだ。
「隙ありですー! 油断大敵ですー!」
「……っこのバカ鳥ー! いきなりなにすんのよ!」
「わーいです、逃げるですー!」
「まてこらああああ! ちょっとピラ男! あの害鳥を捕まえるの手伝いなさいよ!」
「よし! よくやったぞ、ミグ! その調子でソーニャの化けの皮を剥がしていけ!」
「この裏切り者ぉぉぉぉ!」
「俺はお前の味方になった覚えはねえええ!」
むきー! と躍起になってミグを追いかけ回すソーニャは、控えめに言っても癇癪を起こした小学生にしか見えない。俺はミグに「そこだ! ダッキングでかわして、そう! 決まったー! フェアリーアパカー(フェアリーアッパーカットの略)! 畳み掛けろー!」と囃し立てた。
渇いた笑いが後ろから聞こえる。それも2人分の。
振り向くと、ヴェーラとアイリスが微妙な顔をしていた。
「確かに、イシュダールのスパイではなさそうですわね。天使様をこんなに雑に扱うんですもの」
「ヴェーラちゃん。ミグを止めなくていいの?」
「んー……。じゃれあってる二人が可愛いからほおっておきますわ」
俺は二人に近付き、
「アレも言ってましたけど、クラスってどうやって就くんですか?」
「もはやアレ扱いですのね……アイリス?」
アイリスが前に出て、俺達に向かって手を広げた。
「試練の間と呼ばれる場所に赴き、洗礼を受けるんだ。そこで自分に適したクラスに就く事ができる。ひよっこどもだけじゃ死ぬかも知れねーから、あたしも着いてってやるよ。暇だし」
こうして、俺とアキトは暇なメイド長とともに試練の間に向かうことになった。
「いやいやモノローグ調に言っちまったけど、聞き捨てならないワードがあったぞ。死ぬかもって?」
「試練の間はダンジョンの最下層だ。そのダンジョンには魔物が出るんだよ」
「……チュートリアル的なヤツ?」
「舐めてかかると死ぬ、さっきも言ったろ。お前らもどうせなら故郷の墓に入りたいだろ?」
俺はソーニャに目を向ける。
親指と人差し指でミグにアイアンクローを食らわしていた。頭が小さいから指2本で十分つまめているようだ。
「参った!? 参ったって言えば勘弁してあげるわよ!」
「ふぐぐー! ミグの命尽き果てようとも、正義は死せず、ですー!」
「その強がりがいつまで持つかしらね!?」
「やめんか」
「あだーっ!?」
脳天にチョップをかましてやると、ソーニャは頭を押さえ、涙目になりながら睨んできた。
「なにするのよ! この邪悪な生き物に世の理を説いてやってたのに!」
「なあ。この世界では死んでも生き返れるって言ってたよな? つか実際俺は生き返ったんだよな?」
ソーニャが『はあ? 突然なに言ってんのコイツ。アホちゃう?』――というような顔で呆れているのでもう一回チョップした。
「いったいわね、この猿! 天使をぽこぽこ叩いていいと思ってんの!?」
「人間を猿呼ばわりする生命体を天使とは認めない。……もし、俺がもう一度死んだら生き返れるのか?」
ソーニャは蔑んだ目で俺を見下した。ので、チョップの構えをしてやると素早く俺の射程距離から離れていき、遠目から俺をあざ笑いながら髪をかきあげて、
「残念ね。あんたはイシュダール様の教えに背き、困難な道を選んだ。神の加護は既に失われ、摂理の枠組みから外れることは出来なくなったの。――後悔するがいい、矮小な人間よ! 死の淵でおののき、自らの過ちを悔いるがいい! あーっはっはっはっ!」
「中二病全開のとこ悪いけど、つまり生き返れないってことでいいのか?」
「そーよ! ――まあ? ひざまずいて私の靴を舐めながらイシュダール様に許しを乞えば? ワンチャンあげてもいいかもしんないけど?」
「安心しろ。死んでもやらねえから」
「哀れね! ちっぽけなプライドにしがみついて死んでいく! 精々お前も惨めな人生を送るがいい! うわーっはっはっはっは!」
「コイツラスボスじゃね? レベルが戻らないうちに始末するか」
ぴゅーっ。俺が拳を握った途端、ソーニャはダッシュで逃げていった。
小物過ぎるぞあの天使。
「ほんで? 行くの? 行かないの?」
やれやれとコントを見守っていたアイリスがダルそうに言った。
死んでもやり直しがきかないなら、死ぬわけにはいかない。
決めた。俺は、強キャラを目指す。
「行くよ。悪いけど、護衛を頼むぜ」
今度こそ俺達は『試練の間』を目指すことになった。
異世界で執事になったので強キャラ目指す わしわし麺 @uzimp5
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