第3話 夏祭り

夜の空に浮かぶのは火の華。夜風にさらわれそうな君の髪。彼女の浴衣を泳ぐ金魚。ぷっくりとしたピンクの唇。すべてに見惚れそうだ。


「ねぇ。私の事さ。どう思ってるの?」


目を合わせないまま僕に話すが、前と同じくやっぱり目を合わせてくれない。


「可愛いと思ってるよ。」


彼女は立ち止まって、何も言わない。もしかしての僕による「失言」か。唐突だった?

関係ないよなぁ。今回は前向きに。独り言が多い...。


「ふーん。じゃあさ。前みたいに嘘ついても私の嘘好き?」


「場合によるかもね」


彼女は突然顔色を変えて


「場合ね。じゃあやめた」


あっさり終わった。彼女は口をとんがらせたまま何も言わなくなった。


屋台が見え、沢山の提灯の灯りが照らすこの風景だけでも綺麗だ。だが、彼女の足は停止した。


「沢山人いる...」


人混みに体が固まる彼女を見て僕はもしかしてのチャンスかもしれない。と、期待を胸に潜めた。


「こういうの苦手?」

と、意地悪を言ってみた。一般的には意地悪ではないかもしれないが、彼女にしたら意地悪だろう。


「苦手…じゃ、ないよ。べつに」

予想通りだ。強がる彼女の言い方にそう思った。だが、彼女の方が



『一枚上手でした。』



「わたあめ好き?」

会話を広げようと目に飛び込んだ屋台の名前を出してみる。

「好きだよ。わたあめ」

僕の顔をちっとも見ないが、僕は彼女の横顔ばかり見ている。 「好きだよ。」と言って欲しいとも言わない彼女。いらないと言われる覚悟で、聞いてみると案外うまくいった。

彼女は喜ぶ反応をした。彼女を喜ばす事は難しいわけではないと知った。とても、遅いが…


「いいの!」

急展開だった。一瞬、僕の顔を見てくれた。


「じゃあ、わたあめ買おう。」

乗る気になってきたと思えば、彼女の人混み嫌いを忘れてしまった僕が悪かった。だが、良いこともあった。


「手は繋がないけど、袖はつかんでていい?」


とてもひっかかる言葉。

『手を繋がない』...


でも、上目遣いに首を傾げられたら「いいよ」しか返事はない。

彼女はギュッと白くて細い手で袖をつかんだ。

ニヤケが止まらない。こんなに嬉しいものはない。彼女が「人混み嫌い」でよかったと思った。何度も何度も。


買った後すぐに食べる彼女。よっぽど好きなのかもしれない。


「美味しいよ。ありがとう」


わたあめのような甘くてふわふわした笑い方は可愛いが、嘘だとか言わない事を願う。


屋台から離れようと思った時、彼女は立ち止まって空を見上げた。


「花火、綺麗...」


かすかに美しい声が雑踏の中聞こえた。

僕は花火を見るのではなく、ずっと君を見ていた。


聞こえて欲しいけど聞こえなくてもいい。


「君も綺麗だよ。」


どれだけクサい言葉だったか。でも、嘘だと言われるのも悪くない。そう思った。


彼女は、うつむきながら照れ顔を隠して何も言わずに僕の手を握ってくれた。


彼女に買ったわたあめは溶けて無くなった。

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君のわたあめ つきがせ @ssrssr

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