IV 今さら友達を作るのは難しい

 翌日。

 俺はこれといって変わることなく日々を過ごしていた。……やめてなんの進歩もないクズって言うの。

 俺だってなにも思うことがないではなかったんだ。昨日、友達作れと言われて、心機一転頑張ろうかな、とまでは思ったわけよ。

 けど……よく考えてみるともう手遅れじゃ?

 だって今はもう六月。

 クラス内のグループがもうガッチリ決まって仲良くなってくる時期だ。このグループがガッチリ決まっているというのが重要だ。

 つまり……どこにも入る余地がない。いや、そもそも俺にはどこにも入る余地はないか。

 よく知らない人の輪に入っていけるほどコミュ力オバケではない常人以下の俺では無理ゲーだ。

 それに、しかも今の俺には『根暗そうな関わりたくない陰キャ』の他にも称号がある。

 それは『神原とやけに親しい』だ。それは五月の頃から思われてるんだろうが。

 それも相まって、俺はクラス内で当初よりさらに孤立していた。


「結叶くん、元気ないですね?」


「いや、別に」


 もっとも、孤立してるのは神原もだが。

 もとからレベルが高すぎて逆に敬遠されがちだったが、こいつの場合、篠崎以外にも少しは交友できていたのだ。

 だが、俺とつるんだせいでそれからはアウト。それにベタベタくっつくのもまずかった。それからこいつは俺か篠崎としか話をしていない。どちらからともなく交友はなくなってしまったのだ。

 だから強いていってしまうならば、今は俺と神原で一グループ作ってるわけだ。

 篠崎はというと、こっちは結構な地位についている。あらゆるグループを渡り歩くことができているのだ。しかも見た感じかなりどこも仲が良さげだった。カースト上位の権能は強すぎる。

 しかも叶人とくっついてラブラブになった今も健在だ。むしろ好感度が上がった感さえある。

 それがいかにも解せない……俺と神原だって同じようなものだろう。少しは話を聞いてみたくなるだろう。……そんなことはないか。悲しいな、これがカーストの格差か。


 そんなわけで今のところ言えることは。

 ……クラスで友達を作るのは無理。


 *


 そんなこんなで昼休み。

 もう諦めがついた俺はいっそ『友達を作る』という指令を忘れてしまった体で行くことにした。

 居心地のいい部室に無断で入ってちゃぶ台の前に腰を下ろし、弁当を食べる。

 蒸し暑いのでエアコンの除湿をオンにした。


「ねえ、倉永くん、なんで君がここにいるの? 夢望まで。昼休みここ入っちゃ駄目だよ?」


「そっくり返すよ神原姉」


 俺は真正面にいる深夢に目を向けた。部室にいるであろう後輩に注意しに来た感じの言葉とは裏腹にポットでお茶を入れてゆっくり一服している。


「いやあ、冗談冗談。ここ使うの自由だよ。教室より快適だもんねここ」


「まあ、いつも図書室にいるお姉ちゃんがいるくらいだしね。それにしても……」


 神原は深夢とは違った方に目を向けた。……うん、それは俺も気になっていた。

 そこにはうつ伏せになって顔を枕にうずめている誰かがいた。


「ああ、その人は先生だよ」


 制服じゃない時点でなんとなく察しはついたけど。

 でも、昨日とイメージ違いすぎる。

 だって真面目そうで若いいい先生だったじゃん。こんな場所で寝るなんて……。


「うぅん……」


 その姿に驚いていると先生が起き上がった。あらわになった顔は笹川先生そのものだった。

 目をこすってあたりを見回す笹川先生は、生徒である俺たちを見て固まった。


「な、なんで……」


「お邪魔してます」


「あ、はい……って、本当になんでいるの!?」


「なんでって……そりゃ、部員だからですよ」


 驚く先生には深夢が対応した。あ、よく考えたら萬部全員集合じゃん。

 先生は寝ているところを見られたことに関して恥ずかしがる素振りは全く見せず、ただただ青くなっていた。


「見た、寝顔?」


「見てませんよ。だって顔は死守するように枕に埋めてましたもん」


「よかったー……」


 胸を撫で下ろす先生に、深夢がサディスティックに微笑んだ気がした。


「でも先生、まだ若いんだし寝顔見られても大丈夫だと思いますよ。あんな可愛い寝顔なら好感度アップです」


「……そう? ありがとう、あはははは……。やっぱり見たんじゃん!」


 ……これはこれでいいコンビなのかもしれない。

 そんな先生にとっては不謹慎以外のなんでもないことを考えつつ傍観していると、その当人の笹川先生がハッとなって俺たちを見回した。


「そう、あなたたち、こんなところで遊んでる場合じゃないじゃない。友達作りはどうしたの?」


 むしろそれ自体を忘れたかったからここに来たんですけどね。

 そして先生、昨日より砕けた口調になっている。寝起きだからか?

 言葉に詰まった深夢を見る限り、理由は俺たちと一緒なのだろう。俺はこの部員全員を代表して、先生に真実を告げることにした。


「……はっきり言って、無理です」


「なんで、お話したら自然と仲良くなって一緒に遊びに行くくらいまでは行けるでしょ」


 この人、たぶんナチュラルに関係を作れちゃうタイプだから苦労してるやつの気持ち全然わかってねえ。


「……あのですね。一言で断じさせてもらいます。始めるのが遅すぎました。手遅れなんですよ」


「人間関係に遅いとかないわよ?」


 ……あー駄目だこの人。一ミリもわかってくれない。ここの顧問にしたの失敗じゃね?

 それでも俺は状況を伝えられない悔しさを解消するために骨を折った。


「俺らは多感な時期なんですよ。話せばいいなんて言いますけどね、話しだせないやつだっているんですよ。たとえばここにいる約三名とか。まあそれでも時期がよければよかったんですけど。四月の始まったばっかりの時期だったらイーブンですしね。でも今、六月ですよ。二ヶ月経ってるんですよ。今となっては相当なアンフェアなんですよ」


「……どこが?」


 はい俺の負け。そのことで悩んだことのない人間に説明するのに俺の陰キャ人生では太刀打ちできなかった。というか四月の始まった時期でもたぶん俺友達作ろうとはしないわ。

 俺が畳の上に身を投げ出すと、すかさず神原があとを継いだ。おう、言ってやれお前の頂点人生から。


「んーと、先生、地位ってものがありますよね?」


「うん、あるね」


「人って、そういう地位が同じくらいの人と友達になることができるんですよ」


「なるほど?」


 いいぞ神原。いい感じにカーストを説明できている。

 そのまま、向こうとは合わないのだと言ってやれ。


「ですから、無理なんですよ。あんな下の人たちと一緒にいるの。揃いも揃って愚劣極まりなくてやってられません。私には結叶くんがいればいいんです」


 ……うん? 今すごいこと言ったな?

 おい、神原。お前の優等生っぽいキャラクターが一瞬崩れた気がしたよ。

 ほらさすがに先生だって俯いて吟味するように考え込んでるし……。


「そういうことだったの! それなら納得ね!」


 いや納得するのかよ。教師として上下の関係を許容していいのかよ。

 だけど先生はすぐにまた考えるようにうなった。


「でもさ……さすがに友達が皆無なのはどうかと思うの。花の高校生だし」


「皆無ではないです。私と結叶くんには共通の友達が二人いますから」


「へえ。なんだ、そっちは解決なんじゃん」


 言うに及ばず叶人と篠崎だな。でも最近あいつら仲良すぎてあまり関われてない気が……。この昼休みだってあの二人はどこかでデートしてるんだろうし。

 というかこれ昨日も言った気がするんだけど。まさか先生聴き逃してたんじゃないだろうな。

 まあいいか、それは。俺と神原が確実なぼっちではないことはたしかだ。だが、そうなると……。

 俺は俺と神原を除いた三人の部員の残った一人の方を見た。

 張本人は話題が振られるのを恐るようにそわそわしていたが、もう逃げようがない。

 かわいそうな張本人――神原深夢は観念したように肩を落とした。


「……はい、認めますよ。認めますって。友達と言えるほど親しい人なんていませんよお!」


 ……辛い。俺に叶人がいなければあそこに並んでいたことを思うと、辛い。

 残酷な現実から目を逸らそうと、俺はまだ残っている弁当を食べるのを再開した。


「本当、不思議よね。クラスでは話すのに」


「だから話したからって友達ができるわけじゃないんですよ。そもそも友達というのはですね……」


 そこからくどくど答えのない堂々巡りの持論が繰り広げられたのでカットする。感想だけ述べておくと、さすが文学少女、同じ話を多彩な語彙でいかにも違う話のように仕立てあげていた、ということか。


「あ、ははは……でもさ、昨日決めたように一緒に遊び行けたら友達認定でいいんじゃない?」


「先生、仮にその認識を適用するとしましょう。それで果たしていつもは遊びに行く素振りも見せないクールな人からいきなり遊びに誘われたら普通快く承諾します?」


「それは、驚くけど……」


「ダウトです。それ実際にあったら行かないパターンです。だからですよ、私のような女子がすんなり遊びに行くことができるのは、ただひとつの方法しかないと思うんですよ」


 深夢は先生にビシッと人差し指をさしてさも名言であるかのような口調でいった。


「それは――イベントですよ、先生!」


 名言でもなんでもないけど。

 でもこの言葉には頷ける点がいくつもあった。

 イベント――ベタなものでいうと学園祭か。とにかくそういうイベントごとのあと、だいたいの場合打ち上げとかがある。それならいつも大人しい人でもクラスの一員だからといってナチュラルにその輪の中に入れるというわけだ。……とかいってる俺、一回もそういう集まりごとに参加した試しがないが。

 てか叶人以外の男子と話している場面を想像できないぞ、はは。どうせ打ち上げとか行ったところでの話だしな。そんな集まってる中でも一人になるのが目に見えるようだ。

 ……あ、ついまたネガティブな考えをしてしまった。


「なるほど、イベントね。それなら安心して、この一ヶ月のうちに、しっかりとしたイベントが開催されるわ!」


「え、そんなのありましたっけ?」


 一年間はここで過ごしてきた深夢が首を傾げた。ということはあんまりビッグなイベントではないのか?


「それも無理ないわ。それは今年から初めて開催されるからね。二学期の学園祭、三学期の音楽祭と来て、一学期になにもやらないのは違うんじゃない、っていう先生の意見みたい」


「そうなんですか。その行事とはいったい……」


 体を乗り出して聞く深夢に先生はさっきされたように人差し指を突き出した。


「その行事とは――体育祭よ!」


 それとほぼ同時に弁当が食べ終わった。


「じゃ、俺昼終わったんでこれで」


 すぐさま立ち上がって俺は部室をあとにした。


「じゃあ私も」


「一服もできましたし。先生、また放課後」


 後ろについてくる二人のことを確認しながら、俺は心の中で頭を抱えていた。

 体育祭、だと……?

 中学の時はそんなのなかったが、小学生のころの運動会のようなものだろうか。玉入れとか、綱引きとか、かけっこだとかそういうやつ。

 あの時はまだ若かったから運動神経はそこそこよかった。中の上くらいには。

 だが、今は。まともな運動なんて体育くらいしかやっていない。それを三年と少し続けてきた。相当なブランクだ。体育の成績は中の下くらいだぞ。

 そんな俺が体育祭なるものに投げ込まれたら……。考えただけで怖すぎる。俺が何かヘマしてブーイングされるところが簡単に想像できる。

 ……ああ、またか。どうも他人の関わる問題について考え始めると後ろ向きなことしか出てこない。


「体育祭なんて楽しみですね、結叶くん」


「あ、ああ……」


 それに俺のつるんでいるやつら全員運動ができると来た。見よ、これが格差社会の生まれる瞬間というやつだ。


 ああ、もうそろそろ爆発しそうだ。今月はどうにも出来事が多い。

 まずはバイト、それに部活、それから体育祭、よく考えてみたら六月というと期末テストじゃないか。

 予定表で確認してみると、体育祭が中旬、期末テストが下旬だった。そして毎日部活かバイトが入ると考えると……こりゃやばいな。

 俺は今、人生で初めて『忙しい』という感覚を実感し、味わっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

俺◀︎ヒロインって、どういうこと? 貴乃 翔 @pk-tk

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ