Ⅲ お悩み相談承ります

「……嘘、だろ」


 俺は目を疑った。

 だって信じられないだろう。部を開始した直後に客が入るなんて。いや、それ自体は深夢があらかじめ予告してた、っていうので通るけど、さすがに見過ごせない点がひとつあった。

 だって相手は幼女なのだ。結梨と同じくらいの。

 完全な童顔で、ショートの髪。これは疑いようのない幼女だろう。


「な、なんでそんなやつが制服を来てここにいるんだ!?」


「……おい、お前今失礼なこと考えたろ。というかもう言ってるしな」


「まあまあ、どうどう、咲ちゃん。まずは中でお茶でも飲んで落ち着きましょ?」


 そう。ここに存在することのできる幼女といえば、小野ちゃんをおいて他にいない。

 改めて。訪ねてきたのは小野ちゃんだった。


「げ、よく見たらお前ら朝のメンバーじゃん。最悪……」


 そういって引き返そうとした小野ちゃんの肩を深夢がガシッと掴んだ。


「だから、中で落ち着きましょ?」


「いーやーだー、朝迷惑かけてきたやつらに相談することなんかない!」


 ……いや、朝迷惑かけてきたのはそっちだろ。俺らはただ教室にいただけだぞ。

 そして俺はそういう理不尽なことに敏感なやつだ。


「いいじゃん、一回入れよ」


 なんだか無性に腹が立った俺は深夢を援護して小野ちゃんを部室の中に引き入れた。まあ見た目幼女と普通の運動しない高校生の対決なんて結果は最初から見えている。……見えないかもしれない。

 とにかく、二人がかりで小野ちゃんを部室に入れることは成功した。

 すかさず部室のドアを閉め、回す型の鍵まで閉めると、一息ついて俺はさっきまで座っていた場所に引き返した。


「もはや誘拐だこれは……」


 なんて呟きながらも律儀に腰をおろす小野ちゃんを見て笑い転げたくなったが、今はやめておいた。


「と、いうか。お前また敬語じゃないし」


「お前じゃない。俺には倉永結叶という名前がある」


 なんてクソリプのような説教じみたことをしてしまうのは、たぶん未だ俺は目の前にいるこの幼女を年上だとは露ほども思っていない証拠だろう。


「では倉永。お前はわたしに敬語を使え!」


「やだ」


 タイムラグゼロで回答してやった。


「おい、倉永、お前は本当に先輩を敬うことを知らないな……」


「まあまあ、さっきーさん、結叶くんにはさっきーさんに似てる妹さんがいるんですよ。だから結叶くんのこの態度はしょうがないことなんです……」


「というかお前、神原の妹! さっきーはやめろと言っただろ!?」


「あらあら、楽しそうでなによりね」


「どこが!?」


 さっきからうるさい小野ちゃんは放っておいて、俺たちはゆっくりとお茶を一杯すすった。

 笹川先生は微笑ましげなものを見るような目で小野ちゃんを見つめて優しい口調で聞いた。


「……で、小野さん、相談ごとってなにかしら?」


「それは……」


 と言いつつ、俺らのことを一人ずつチラチラと見てくる。それからのそのそと先生の方へ這うと、先生の耳を手でおおって何やら耳打ちした。おそらく俺たちには聞かれたくないものなのだろう。


「……ふむふむ。なるほどね。つまり小野さんはお友達が欲しいと」


「んなぁ!?」


 ……それはすぐにおおやけになってしまったが。先生、その優しそうな見た目に反して結構腹黒かったりするのか? それともただの天然か?


「ふーん、咲ちゃん、お友達が欲しいんだ?」


「もう、先生!」


「あら、反芻しようとして思わず口に」


 どうやら天然のようだった。いや、そこまで計算し尽くした腹黒の可能性も?

 ……これじゃあ埒が明かない。もう探るのはやめておこう。

 それにしても、友達が欲しいねえ。俺にはもうその欲求すらもなくなってるけどな。人間ってのは慣れたらへっちゃらになってしまうものなんだよ。俺の孤独(詳しくは少し違う)然り。


「うーん、でもそれって結構酷な問題ですよね。……ちなみに何人くらい欲しいんです?」


「……五人くらい」


「それで今は?」


「……一人?」


 なんで疑問形。こりゃどうせゼロ人パターンだな。疑問形のこれは友達の定義を考え始めて泥沼にハマった時の答えだ。

 と、神原がこちらをチラリと窺ってきた。なんだよその視線。


「……つまり、私たちにお友達を作るお手伝いをしろってことだね?」


「あ、ああ」


 そう答える小野ちゃんのことを目を細めて見ると、深夢はなにかが可笑しいというように声を上げて笑い始めた。


「な、なんだ、何か文句があるのか?」


「いいや、違う違う。その相談が私たちの現状を浮き彫りにしてる気がしてさ」


 言いながら深夢は俺と神原のことを交互に見ると、またしてもツボに入ったように笑い始めた。

 全くもって理解できなかったが、とにかく馬鹿にされているようだ、ということはわかった。


「おい、神原姉、何がおかしい?」


「咲ちゃん、そういう相談なら、そこの倉永くんが適任だよ。彼に聞けば万事解決だよ。おめでとう咲ちゃん」


「なに、本当か!? おい倉永、早く教えろ」


 小野ちゃんがすかさず俺の襟首掴んでぐわんぐわんと揺らした。

 これでだいたい深夢の言わんとすることはわかった。

 俺は視線を忌々しく深夢の方へ向けながら、一応俺の持ち合わせている回答を口にした。


「……気にしたら終わりだ。以上」


「どういうことだ? どういうことなんだ?」


「詳しい説明は神原からしてもらってくれ」


 と、俺は手で神原を指し示し責任の転嫁を図った。

 都合のいいことにターゲットはすんなり変わり、小野ちゃんは今度は神原の肩を掴んで前後に振る。


「頼む!」


「……えーと、ほら、普通におしゃべりすればいいんですよ。くだらない事でもいいですから……ほら、あはは……」


 神原は話を続けるほどにしどろもどろになっていった。

 あ、そういえばこいつも俺と似たようなもんなんだっけ。俺とは正反対の原因で。

 深夢が神原のことも見てたのはこういうことか。それにしても神原もだとはまだ信じられなかったが。

 だけどそういった場面を見ていないのも事実。

 なんだか見るに堪えなくなった俺はさらに責任を転嫁しにいった。


「確実性を求めるなら神原姉を頼った方がいい。一番わかってる」


「そ、そうか……?」


 嫌というのが見ててもわかる露骨さで、今度は深夢の方を見て頭を下げた。……先ほどの俺や神原とは違って制服を触ろうとは微塵もしていなかった。


「わたしに……友達の作り方を教えてくれ!」


「……んー、無理だね」


「なんで! ここはどんな相談も受けるんじゃないのか!」


「それはそうなんだけどさ。無理っていうのは、受けられないの無理じゃなくて、不可能の無理だね」


 自嘲するようにそういうと、また俺と神原をかわるがわる見ながら言葉を紡いだ。


「……だって、私たちにも友達がいないもん」


 ……言い切ってしまった感は否めなかったが。

 それは事実だった。

 いや、今となってはそれも脱却したも同然だと俺は自負しているのだが、たぶんそれは『普通の』友達ではない。一番親しい叶人を幼馴染または親友枠に埋めてしまえばやはり正規ルートで友達を作った試しがないのは事実だった。

 小野ちゃんは凍りついたようにその場で固まった。


「え、お前らも、いないの……?」


「し、強いて言うならここにいる三人は少なくとも友達だけどな。俺にはあと二人ほどいる」


「私も同じくです」


 まあ、ここで言う友達とは正規ルートとか関係なしで、そういう存在のことを言っていると解釈した俺は虚栄を張るようにいった。

 そして、神原も乗ってきたところで、視線を深夢の方へ向けた。

 相変わらずその余裕そうな表情は崩れていないが、どこかもの思いにふけっている感じがあった。


「……正確に数を割り出すには友達の定義を求める必要があるわけだけど。話すことができる人だったら同学年に大勢いるよ。でも、付き合いが長い、つまり休み時間だとか放課後一緒に過ごすというのは……」


「それ考え始めたら答えは出ないぞ。そういうふうになってるから」


 深く思考の迷宮に迷いこもうとしていた深夢を引き戻しつつ、俺は小野ちゃんを見た。

 小野ちゃんは何か拍子抜けした表情を浮かべていた。


「そうだったんですね。深夢さんみんなととっても仲が良さそうなのに。それに、夢望さんと倉永くんも友達多そうなのに」


 先生、それは買い被りすぎだ。俺みたいなやつはむしろ自分から避けてきたんだから。


「仲はいいですけど友達ではない……」


「またハマりかけてるぞ」


「……それなら私からの提案なんだけど」


 いきなり笹川先生が立ち上がって、一同の注目を集めた。


「相談は受けましょう。その上で。部員のみんなも友達を作る、というのはどう?」


 俺は目を見開いてそれを聞いていた。それは俺が今までの人生一番避けてきたことだったし、逆にやらなければいけないと感じていたことだった。

 これは乗る以外手はあるまい。こういう義務性があった方が逃げないし。

 俺と神原、それに深夢は目を見合わせて、全員で頷いた。


「それじゃ、いまからみんなでお友達を作ろう計画、開始です!」


 *


 そこからまずは友達とは何か、という議論から始まった。

 哲学的なことを話し合っても答えが出るはずはないので、少しは賢い俺たちは精神論ではなく、これだったら問題なく友達といえる、という基準点について考えた。

 で、答えとして出たのは『その人と遊びに行く』というものだった。たしかに友達でないやつと遊びにいくなんて狂気の沙汰だ。

 と、いうわけでこの一ヶ月間は『誰かと遊びに行く』ことを目標に立てて部活をしていく方針を決めた。

 そしてそこでお開きになった部活からの帰り道。というか下駄箱にて。

 俺と神原は小野ちゃんに捕まっていた。


「そうだよ、朝、わたしは言いたいことがあったんだった」


 ああ、たしかに何かいいかけて「もういいわ!」って帰っていったな。あれは本当に謎だったわ。


「で、言いたいことってのは」


「……お前ら、バイトのことは話すな」


「は?」


「学年の連中にバレると色々と面倒なんだよ」


「つっても、神原姉にはバイト先で会ったって言ったぞ」


「それはいいんだ。つまりわたしが言いたいのは、バイトをしてる場所がバレたくない、ということだ。だから」


 小野ちゃんは神原にズイズイと迫った。


「お前、くれぐれも神原深夢にバイトの場所は教えるんじゃないぞ」


「は、はい、わかってますよさっきーさん」


「さっきーやめい」


「……さっきから聞いてると、小野咲、バイトしてるって言ったら会いに来てくれるくらいには人気があるんじゃないか」


 さっきお前といったところにクソリプ飛ばした手前、お前という呼称がフルネームになってしまったことは勘弁して欲しい。ここは俺もさっきー呼びで行くか……?

 小野ちゃんはそうじゃないんだよな、とこれみよがしにため息をつくと、


「何もそれが友達ってわけじゃねえよ。わたし、ほら、認めたくないけどこんな見た目だろ」


「ああ、そうだな、結梨と同列に考えられるくらいには幼い」


「うるせえよ。……まあ客観的に見ればそうなんだろうけどさ。だからわたしは周りから友達っていう認識じゃなくて、マスコットか何かだと思われてるんだよ。前に神原妹が言ったようなさっきーみたいなさ。だからクラスにいても途切れなく絡まれるけど、やっぱり違うっていうかさ。しっかりお互い向き合える関係が欲しいんだよ」


「なるほど、でもたぶんそれは誰でも同じだろ。しっかりお互い向き合える関係が欲しいなんてのは。誰でも欲しいけど、そうじゃなくても甘んじて受け入れよう、ってやってるのがリア充の人間で、拒否してるのが俺らなんだと思う」


 そう、俺は自分の世界にのめり込んだ瞬間から今までの関係が切れていった。それは付き合いきれないと引いていった、という向こう側の行動とは別に、俺が俺とは違う人間を認めなくなったこともあるだろう。いつのまにか俺は自分から人を突き放すようになっていたのだ。


「だけどさ、それがこの通り、そういう関係を手に入れたのが俺たちだ。だからさっきー、諦めるな。まだここにも救いはあるはずだ。……なんて、なんでバイトの話題からここまで飛躍してるんだか」


 俺のような典型的ひねくれ者の悪いくせだ。話題をどんどんひねっていってしまう。


「いや、なんか勇気出てきた。サンキュー、倉永。……だがさっきーだけはやめろ」


「嫌だね。俺はこれからさっきーと呼ぶことにした。他に呼び方思いつかないし」


「そこは思いつけよ後輩。ほら例えば小野先輩だとか」


「絶対にない」


「こいつ生意気!」


 といった塩梅の掛け合いをしつつ、靴に履き替えて外に出ると、いきなり神原がぐいと引っ張ってきた。


「あの、さっきーさんとの打ち解け方が半端じゃないんですが」


「それはだから、結梨に似てるから……」


 どこか不穏な空気をにじませたその声に若干焦りつつ俺は言い訳、というか事実を述べた。

 だが神原は顔に影を差して俺を掴むその手に力を込めた。


「それにしても、です。結叶くんやけに親しげだししかも最近わたしには構ってくれてないじゃないですか」


 ……なんでだろう。こいつを今のうちに説得しておかないといつか刺される気がする。


「わ、わかった。今週末どこか行こうぜ、それでいいだろ」


「それでこそ結叶くんです♪」


「……お前ら、どういう関係なの?」


 こうして和気あいあいとした帰り道をたどる中、俺はひとりこう思うのだった。


 ……問題は山積みだと。

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