Ⅱ こちらがメイン

「やあやあ、二人とも失礼するよ」


 教室へ深夢が入ってきた。結構ズカズカ入ってくるのを見て、こいつ文学少女キャラじゃなかったか、と思いながら目を細めて睨んだ。


「いきなりなんだ」


「あれ、なんで怒ってんの。夢望と二人きりのとこ邪魔されちゃったから?」


 ……土に埋めようかな。

 というか、怒ってるわけではなくて、ただ単にここに来た理由を聞いただけなのだが。いや、目を細めて睨んだとかそういう態度をとったのは認めよう。だけどそれはひねくれた俺ならではのデフォであって本当に怒っているわけではないのだ。本当に。

 まあ、結局最後のセリフで少しイラつきはしたけど。


「……で、なんの用だ」


「おお、そのまま話を続けるか。やるね。思ったより倉永くんは大人みたいだ」


 そんないらん評価を俺に下してから深夢は誰のものとも知れない席にドカッと座り、俺たちに向き直った。この有無を言わせぬ態度。これが先輩の特権というやつか。とはいっても、まだ朝だから登校してる人は少ないんだけど。


「で、話っていうのは、部活のことなんだけど」


 足を組みくみ深夢は切り出した。

 あー、たしかにそんなことも言ってたんだっけ。昨日のバイトの件が濃すぎて忘れてたわ。


「で、お姉ちゃん。その部活ってどういうものなの?」


「ふふふ、よく聞いてくれたね夢望」


 深夢は座っていた椅子から立ち上がり、背筋を伸ばしてピシッと立って、腰に手を当て、仁王立ちで、ドヤ顔この上なく偉そうに言った。


「部活というのは……よろず部よ!」


 しん、とあたりが静まり返った。俺はもう興味をなくして深夢の後ろの窓から珍しく晴れた青い空を眺めていたが、神原は親切にも深夢に疑問を挟んだ。


「名前だけじゃ全然わからないよ。どういう部活なの? その、よろず部? というのは」


「なに、わかるでしょ。萬屋の部活バージョンよ。いわゆるなんでも屋ね」


「あーはいはい、俺はパス。そんな部活面倒以外の何ものでもない」


 なんでも屋というと、何かを運んだり手伝いをしたりするものだろう。まっぴらごめんだな。日頃から衰弱している俺の体では力仕事は到底無理だし、これから暑くなるのだ、行動を起こすこと自体が嫌だ。

 だが深夢はまったくへこたれずに「ふうん?」と俺の顔を覗いてきた。深夢の場合は顔が見られるので屁でもないが、それにしても何か含んでいる顔だ。


「私はこの部、お悩み相談系にしたいと思ってるんだけど、いいのかなあ、物語の世界にしかないような部活に入れる千載一遇のチャンスだよ」


 なるほどそういうことか。

 だけどさあ、深夢。物語と現実というのは違うものなんだぞ?

 俺のリアルへの不信を甘く見るなよ?


「……しょうがないな」


 ま、まあ。よく考えたらそれはあまり面倒じゃなさそうだし? クーラーの効いた部室で悠々とできそうだし?

 とりあえず入るのにやぶさかではないからな。


「よし、決定ね。部室はもう見つけて取ってあるから放課後はいつも通り図書室まで来て」


「あ、でもお姉ちゃん。私たちバイト入るかも」


「大丈夫よ。ない日を活動日とすればいいから」


「結構自由なんだな」


「そりゃあ私が部長だもの。特権なのよ。というわけだから、じゃあまたあとで放課後に――」


「たのもーっ!!」


 深夢が言い終わる前にその幼い声でセリフがかき消された。

 大きな声と扉を開ける大きな音を立てながら、幼女が教室へ入ってきたのだ。

 あ、いや、幼女ではないな。しっかりと年齢は女子高生だった。

 その幼女――小野咲は俺たちを見つけるやいなやギラリンと目を光らせて駆け寄ってきた。


「お前ら、くれぐれも昨日のことは……って、神原深夢!?」


「ああ、おはよう咲ちゃん」


 なぜか小野ちゃんは深夢を見ると怯えるように縮みこんでしまった。


「というか、二人知り合いだったのかよ」


「あれ、ということは咲ちゃんのこと君たちも知ってるの?」


「知ってるというか……昨日バイト先で知り合った」


「へえ、そうだったの……。咲ちゃん恥ずかしがり屋で私とはめったに話そうとしないのよ。でも見た感じ仲良さそうね?」


 ニコリ、と深夢は微笑ましげに小野ちゃんを眺めた。……俺には嗜虐心満載に思えたけど。

 まさか実は深夢って、清楚で優しげなふうを装っているけど、結構なSだったりするのか。なんていうキャラ崩壊だ。


「ああ、私ともそういうふうに仲良くして欲しいなー。ねえ咲ちゃん」


「い、嫌だ! お前からは何かよくないオーラを感じる……」


 と言いつつ小野ちゃんはちゃっかり神原の後ろへ隠れる。そして良くないオーラを嗅ぎつけるとはいい慧眼だ。そしてよくない行動だ。その行動は幼さを増すし、しかも……。


「言っとくけど、夢望は私の妹だよ?」


 そうなのである。完全に安心しきってくっついているが、そいつはしっかり深夢と血で繋がっているのだ。というか似てるんだから顔で気づくだろ。


「んなあ!?」


 驚いて飛び上がった小野ちゃんは今度は俺の後ろへと隠れる。いや、それも間違いだろ。


「おい、それはさらにまずいぞ」


「ハッ!」


 また小野ちゃんは飛びすさった。隠れるものがないので必然的に俺たちからただ距離を置くかたちになる。


「いや本当に何がしたいんだよ。というか何しに来たんだよ」


「お、お前! 先輩にその口の利き方はなんだ!」


 小野ちゃんは不機嫌たらたらな顔と声で俺に叫んだ。だけどやっぱりその外見だと怖くもかゆくもないし、挙げ句の果てにはむしろかわいいともいえよう。……いや、ロリコンというわけじゃないから。ほら、小動物的なアレだよ。


「いや、俺あんたを先輩として見たことないから」


「な、なに!?」


「結叶くん? それは小野先輩を変な目で見てるってことですかね?」


「あ、いや違う。そんなことはない。だってこの顔だぞ。大きさだぞ。声だぞ。ちょっとそれはないな」


「なにサラッと失礼なこと言っとんじゃ!」


 ポカポカと小野ちゃんが俺を殴ってくる。……全力なのだろうけど痛くもかゆくもない。こいつ小学二年の結梨より弱いんじゃね?


「で、結局俺たちに何を言いに来たんだよ?」


「そんなんもういいわ!」


 やっと本筋に話題を戻したが、もう遅かったようだ。なにかが限界に達した小野ちゃんは、突如教室を飛び出してどこかへ走っていった。


「本当、よくわからんやつだな」


「じゃあ私も戻るよ。また放課後にね」


 深夢は小野ちゃんとは対照的にスタスタ落ち着き払った調子で教室を出ていった。

 ……嵐だった。


「あ、おはよう二人とも」


 まもなく何も知らない篠崎が入ってきて挨拶をしてきた。幸せそうな顔から察するに、今日も叶人と登校してきたのだろう。このリア充は性懲りもなくリア充青春を謳歌しているというわけだ。忌々しい。

 とはいえ、こちらのリア充は見ていて飽きないし、嫌いにはなれないのだが。


「おう……」


 とだけ挨拶して、俺は遠い目をした。


 *


 放課後。深夢の言った通りに図書室に行くと、いつもの席で深夢が待っていた。……ちなみに時間が飛んでいるのはそれまで劇的なことが起こらなかったという意味だ。言わなくてもわかるか。


「よっし、来たね。じゃあ移動するよ」


 深夢に先導されながら、俺と神原は確保してあるという部室へ向かった。


 ……結果から言えば、大当たりだった。

 存在すら知らなかった部屋の前で立ち止まった時にはそわそわせずにはいられなかったが、いざ入ってみるとどうだろう。

 広さは六畳半という狭さではあったけど。

 靴を脱ぐスペースがあって、それ以外は畳張り。ど真ん中にはちゃぶ台が置かれていて、左右端には棚のようなものが。上にはお湯を沸かすポットが置いてある。そして一番重要なエアコンがついていたのだ!

 俺は歓喜に浸らざるを得なかった。なにせ、ここは図書室と同等か、それ以上の居心地のよさだろう。温度だって勝手に設定できるし、お湯を沸かすポットがあるということは飲み物だって淹れられる。

 ひとまず靴を脱いで、床に座って落ち着いた。


「ふぅ……」


「お姉ちゃん、こんな部屋よく取れたね?」


「私には信用があるし。幸運なことにここ誰も使ってなかったんだよ。ここまで来るのが面倒だって理由で」


 たしかにこの部屋に来るまでは階段で最上階までのぼり、一番奥まで行って、そこから一階下がらなければいけないというまるで異世界の行き方のようだったが、それでもここは良物件だ。


「で、くつろいでる場合じゃないよ。張り紙はこの学校の至る所に貼った。だから今にも相談者が来ないとは限らないからね」


「いつ貼ったんだよ。というかその手際のよさ、前々から計画してたのかよ」


「当たり前じゃん。たしかに入りたい部活がなくて辟易してたけど、それなら自分で作っちゃえって思ったんだよ。でもあいにく私の学年の人だいたいが部活に入ってたからね。部活を作るには三人以上必要たったからできなかった。でもそこに夢望と倉永くんの帰宅部コンビが入ってきたんだ、勧誘するしかないでしょ?」


 ……うん、たしかに。俺たち一年でも帰宅部はあんまりいなかった気がする。

 俺らがぴったり三人というのはまさに奇跡の偶然と言ったところだが、なにしろまだ何か足りない気がする。部活といえばすぐに思い浮かぶあの人物が。


「でもお姉ちゃん、部活って顧問いなきゃ成り立たないんじゃなかったっけ?」


 そう。部活ものといえば定番なのはアラサー独身の寂しい先生だ。……と考えて一瞬結梨に何やら吹き込んでいる小学校の先生(想像)を思い浮かべてしまったのは仕方あるまい。俺の想像がそのままだったとしたら、これほど顧問にふさわしい人はいないはずだ。


「大丈夫。そういうところくらいしっかりしてるわよ。今日から始めるって言ったからもうそろそろ来るはず……」


 と、あまりにもベストタイミングで六畳間の部屋の中に入ってくる者がいた。


「こんにちはー……。あ、本当に三人いる」


 入ってきたのは今年新任で紹介されていた先生だった。残念ながら授業とかでは接点がない人だ。

 でも、唯一わかるのは、今年二十歳になったばかりだということ。ふん、部活ものにはふさわしくないな。

 ちなみに顔はセーフ。先生という枠組みに入っている時点でセーフ。見ることができる。見れないのは同年代や歳の近い者、そして見知らぬ人だ。


「入学式で自己紹介したから知ってると思うけど話すのははじめまして、かな?」


 靴を脱いでちゃぶ台の空いているスペースに腰をおろしつつ、先生はそういった。


「改めて自己紹介するね。私は笹川瀬名ささかわせな。よろしくね、えっと……」


「倉永結叶」


「神原夢望です」


「倉永くんに神原さんね。はい、了解しました。ってあれ? 神原さんって……」


「ああ、私の妹ですよ」


 本日二度目の姉妹説明をして笹川先生は納得したようだった。


「なるほど、たしかに顔とかすごい似てる。じゃあ夢望さん、深夢さんと呼び分けしましょう」


「……ちょっと待ってください。新任の先生がなんでこんな部活に?」


 俺にとっては疑問でしかなかった。前々から計画していたなら、顧問は必然的に一年前ここにいた先生になるはずだ。でもこの先生は新任、つまりここに来て二ヶ月だ。

 だが俺の疑問に深夢はなんだそんなことか、と事もなげに語った。


「メンバーと同じように顧問も捕まらなかったの。許可してくれそうな人がいなくてね。そんな時に新任として入ってきた瀬名先生とみるみる仲良くなったのよ。で、私が部活のことを話したら快く承諾してくれて」


「まあ、それはそれは面白そうでしたし。悩み相談なんて素晴らしいですしね」


 ニコニコと笹川先生は笑って手の指同士をくっつける。自然な仕草でそれをやるとはかなりレベルが高い。

 それにしてもこの先生、若いな。俺が言うのも変だけど。

 他の先生とは違って化粧している雰囲気ないし。髪は茶色でまとまった、崩れていないロングだ。だけどもみあげの部分が少しうねっているなど、結構オシャレ感がある。

 ……この二日間で新キャラが多数出現したが果たして俺は覚えられるだろうか。……さすがに覚えられるか。


「だけど、本当にこんな辺鄙な場所に人は来るのだろうか」


「来るよ。だって張り紙にしっかり地図書き記したし。『お悩みサクッと解決!』っていういいキャッチコピーも書いたし」


「いや、それすんごい詐欺っぽい……」


 それともどこかの探偵事務所でも名乗るのだろうか。

 どちらにしろ、やっぱりそんな怪しい部活に誰かが相談に来るわけが――。


 コン、コン。


 ――来た。今たしかにこの耳でドアがノックされるのを聞いた。

 いや、でも誰が?


「あら、早速来たみたいね。そのうちここも有名になるんじゃないかしら」


 と言いつつ立ち上がろうとするのを、深夢が制した。


「待ってください。最初は部長の私がするに限ります」


 なんてかっこよさげなことを抜かしてドアに近づき、ノブを回して開けた。

 そこには……。


「や、やっているかここ?」


 結梨と同じくらいの身長をした幼女がいた。

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