1 決意 ②

 エリア6最奥地、実戦訓練フィールド。約5万人が入ることの出来るこの空間には、およそ2万人が、それぞれチームを組んで並んでいた。


 彼らは全員このエリア6の戦闘員であり、全体で11万人ほどいるエリア6の戦闘員のほんの一部である。大部分は、訓練を終えたメンバーであるため、既に各地で情報収集や小規模の戦闘を始めている。ここにいるのは、まだ、訓練を修了していない、若い少年少女たちである。


 シオンたちが自分たちの隊を探し、キョロキョロと周りを見渡していると、エドガーがやって来た。


「6人とも大遅刻だな。よりにもよって、今日、私に注意されたばかりのアルフォード。貴様もか……」


 エドガーは呆れて、首を横に振る。


「あ、いや、エドガー隊長。これはですね……」


 エドガーに弁明しようと、セシリアが何か言おうとするのを、エドガーは手の平を前に出して制止する。


「言い訳はよせ。全員、後で、しっかり反省してもらう。分かったら、さっさと、並べ。向こうだ」


 そう言い、エドガーは親指を立て、右斜め後ろを指す。そこには、エドガー隊のメンバーが並んで立っていた。それを確認すると、6人は、「すみません」と一言、頭を下げて謝り、列へと向かった。


 列に並ぶと、前に立っていた2人が、後ろを振り返って話しかけてきた。


「皆、遅かったじゃない。どうしたの?」


「シオン、またエドガー隊長を怒らせたな。懲りないやつだな、お前も。ちょっとは、学習しろよ」


 最初に話しかけてきた女の名は、イネス・オラール。19歳。アッシュベージュ色のミディアムヘアに、優しい声色。湯上りのような、色艶と張りのある肌。熟れた桃のような、厚く柔らかいくちびる。そんな見た目は、物腰が柔らかい雰囲気を感じさせる。シオンと同じくらいの身長をしており、年齢も相まって、隊の中ではお姉さんといった立ち位置だ。


 シオンを小馬鹿にした態度を取る男の名は、カイ・ボードン。17歳。一見、シオンのことを注意しているため、真面目な性格にも思える。だが、実際は、自身も相当な遅刻魔である。黒色のベリーショートヘア。意地の悪そうな目つきをしており、肌は浅黒く日焼けしている。興味のないことには無気力なシオンとは正反対で、やると決めたことには全力で向かっていく熱い部分を持っている。


「遅刻はお前も人のこと言えないけどな」


 シオンがぼそっと呟いたのに対して、すぐに、反論するカイ。自分は違うとは言わんばかりに、ムカッと腹を立てている。


「何だと~。俺は、お前とは違うんだよ!お前はいつも遅刻だけどな、俺はせいぜい、20回程度だぜ!」


 恥ずかしげもなく、自分の情け無い姿を晒していることに気が付かないカイ。そんな間抜けな様子を見て、クロードは「どっちもどっちだ。バカカイが」と言うと、今度はカイはクロードに向かって突っかかる。それをよそに、イネスに話しかけるセシリア。


「あはは、ちょっと、シオンを迎えてたら遅くなっちゃったの」と、理由を説明すると、イネスは「なるほどねー。また、君が原因か。シオンくん」と、シオンを見つめる。


「遅刻はいけないって、理解してる?周りには迷惑をかけないことも学ばないと、ダメだよ」


「イネス……分かってるよ。それより、前を向かないと、そろそろ話が始まるぞ」と、シオンはイネスとカイに注意する。シオンにそう言われ、慌てて前を向く二人。


 空間にこだまするように、 アナウンスが流れてきた。


「諸君、集まったな。知っているように、我々の本格的な戦いはもうすぐ始まる。これは、そのための最後の実戦訓練である。心してかかるように。常に、己が精神の迷いを断ち、自分の全力を尽くし、相手を倒すのだ」


 アナウンスから聴こえてきたのは、男の声だ。冷静さと威厳を持った声。ジョージ・リーガン。シオンたち、エリア6の総隊長でもあり、全エリア13の総司令官でもある男だ。彼の声を聞くと、その場にいた全員が足を揃え、一斉に敬礼した。


「では、全員をそれぞれのアルファに転送する。着いた瞬間が、訓練開始の合図だ」


 リーガンの声の後、空間に歪みが生じる。従来のSTTDとは違い、一度に多くの人間を転送することが出来るように開発されたシステムである。居住施設として使われなくなったアルファの一部は、密かに訓練施設として利用されていた。巨大なアルファならば、まさに最高の舞台となるのである。


 光がシオンたちを円形状に包み込んでいく。


「……諸君の健闘を祈る」


 全員の姿が、リーガンの言葉と同時に消えた。直後、シオンは目を開いた。懐かしい雰囲気がした。ここに来たのは約10年ぶりだった。


「アルファ4か……」


 アルファ4。シオンとアベルの生まれ故郷であるこの人工居住施設は、10年前と同じ匂いを残していた。丘や、川、それに森。あらゆる自然が、人工の空と、上空で止まったままの、擬似太陽光の下、存在していた。このまま、住めるようにも思えるが、それは違う。あらゆる制御システムの停止したこの空間は、ただの箱庭でしかない。


「懐かしいな」


 後ろから、アベルが、遠くを見つめるように言う。


「ああ、俺たちの故郷だ。いつも、ここで暮らしていたんだ。この場所は、帰るべき場所だったんだ」


 シオンは手を強く握る。


 二人がしんみりとした顔を浮かべていると、「何々、らしくないよー、二人とも!!気持ちは分かるけど、訓練なんだから、気張っていこうよ!」とセシリアが二人の背中をポンと押す。


「セシリア……うん、そうだな。エマ、ヤミたちがどこにいるか分かるか?」


 シオンが、エマに尋ねる。エマは、「うん、分かるよ。レーダーによれば、あの森にいるみたい!」と、丘の向こうにある森を指す。


「森か。ヤミの得意そうな場所じゃないか」


 クロードが、やれやれといった顔をする。


「どうでもいいけどよ、早く戦わせてくれねぇかな。うずうずしてきたぜ!」と、カイが、ファイティングポーズを取りながら言う。


「シオン、どうする?僕、偵察に行こうか?」と、エルマンが提案する。


「いや、ここは全員で一旦、あの丘の上まで行こう」


 エマのレーダーを確認すると、シオンはそう言った。


「丘?でも、あんな所にいたら目立つわよ?」


 イネスがシオンに不思議そうに尋ねる。


「大丈夫。考えがあるんだ。まぁ、それは今にわかるさ」


 そう言って、歩き出すシオン。皆は、顔を合わせ、首を傾げるが、とりあえず、言われた通りに付いて行くことにした。


「にしても、エドガー隊長はどこなんだろう。見当たらないね」


 エルマンが、周りを見渡しながら、エマに聞いた。


「各部隊の隊長は、全員、モニター室にいるみたい。この訓練は、隊員だけだって、話してたよ」


「へぇ、そうなのかぁ。残念だなぁ、エドガー隊長がいるなら、ヤミたちも怖くないんだけど」


 前を歩くアベルは後ろを振り返り、そう言うエルマンに、「いいじゃねぇの。とやかく、命令されないしな。なぁ、シオン?」と、横のシオンに聞く。


「雑談はその辺にしとけよ、アベル。一応、実戦訓練なんだ。遊びじゃないんだ」


 シオンの思いがけない台詞にひゅー、と口笛を吹くアベル。


「おいおい、今日のシオンは本当におかしいな。いつになく、真剣じゃねぇか」


「シオンにしては、まともなこと言うわね」と、セシリアが感心したように頷く。


「まさか……あの、無気力惰性男のシオンがな」と、クロードが言い、雪でも降るんじゃないかと、カイが笑って言った。


「……お前ら、あとで殴るからな」


 シオンは、4人に怒り、そう呟いた。


「そろそろ教えてくれるかしら、シオン。君の考えを。ただ丘に登るわけじゃないでしょ?」


 イネスが、真意をシオンに聞き出す。だが、シオンからの返答は意外なものだった。


「いや、ただ、登るだけだよ、イネス」


 え?と、一同は目を開く。


「いやいや、何言ってるのさ、シオン。僕ら、それじゃ狙い撃ちされるよ!」


「そうよ、訓練弾は、3発もらったら、強制退場、ゲームオーバーなんだよ!!あんた、まさか、分かってないんじゃ……」と、エルマンに続き、セシリアが反論しようとしたところで、クロードが制止する。


「お前はバカじゃない。何か、理由があるはずだ。教えろ、それは、ヤミの隊を倒せる案なのか?」


「さあな。でも、一泡吹かせることくらいは出来るさ。あいつが、長丁場を楽しむような奴でなければな。へへっ」


 そう言って、前を進む。シオンの訳の分からない言動に、不安感を抱く皆であったが、少なくとも、これだけは知っていた。


 シオン・アルフォードという男は、決して、嘘をつく男ではないということを。


 特に、横を歩くアベルは確信していた。


(……ま、お前の言うことなら信じるさ。皆、口にはしないけどな、頼りにしてるのさ、お前のことを)


 笑みを浮かべながら、心の中でニヤつくアベルを見て、「気持ち悪い!」とセシリアはアベルの頭を叩いた。どれ程の痛みであったかは、想像しないほうが懸命と言えるだろう。


「シオン、シオンは、勝てると思う?ヤミ君って、強いよね。とっても」


 エマが、不安そうにシオンにすり寄る。


「強いさ、当然。でも本当の戦場は、より危険なんだ、きっと。勝つつもりでやらないと勝利はやってこないと思う。だから、全力でやる。皆を守れるようになりたいからな」


 シオンは、笑顔でエマにそう返した。


シオンたちが丘の上へ到着すると、すぐ近くに森が見えた。上から見ると分かったが、広大である。


 風が心地よく、波のように髪が揺れる。レーダーを再度、確認する。森の中央に生体反応が7つ。間違いなく、ヤミたちである。


「何だか、一人を囲むように円になっているな」


 アベルが、レーダーを覗き込んで、配置を見る。


「ビビりな所は変わっていないな。この陣は、攻防一体型。常に全方位に気を配ることで、敵の攻撃に備えると同時に、すぐに、拡散して戦える。だが、その実は、お山の大将を保護するのが目的だ」


 クロードがくだらなさそうに、そっぽを向く。


「ははっ、手厳しいね。でも、厄介な陣なのは確かだよ。これじゃあ、攻めづらい」


 エルマンが、クロードに対して言う。


「普通に攻めても、返り討ちになるでしょうね。ここは、遠距離戦闘の得意な私が攻撃したほうがいいんじゃないかな、シオンくん?」


 イネスがシオンに聞く。


「いや、まだ待ってくれ。その時じゃない」


「まだ?どういう意味?」


 イネスが聞き返す。


「ヤミなら、倒せるよ。十分、ここで寝ててもな」


 そう言い、シオンは丘の上で横になった。


「シオン、あんた、また無気力の癖が出たんじゃないでしょうね。今は、実戦訓練中だってのに!」


 セシリアがむかっー、とした態度を取る。


「待ちましょう。シオンが言ってるんだから、きっと、何かあるんだよ」


 エマがみんなにそう言い、自身もシオンの隣で横になる。


「……呑気な二人だな、俺たち、ピクニックに来たんじゃねぇってのに」



 カイが呆れて、腰を下ろし、休憩ポーズを取った。みんなも、やれやれといった様子で、同じく、休憩することにした。


 それから、一時間。何も動きのないまま、訓練は続いていた。すでに、他の場所で戦っているチーム同士の決着は、ほとんど付いており、まだ戦闘にすら入っていないのは、シオンとヤミのチームのみである。


 中々動きのないシオンらのチームに対し、ヤミは苛立ちを隠せないでいた。しきりに人差し指で、組んでいる腕を叩く。


「おい、ドバゴ!」


 ヤミが、左側で銃を構えて、待ち構えているドバゴを、呼ぶ。小走りで、ヤミの所にやって来る。


「ん?何だよ、ヤミ」


「何だじゃねぇ!まったく動きがねぇじゃねえか!」


 唾がかかりそうな勢いで怒鳴るヤミ。ドバゴと呼ばれた男は、耳に手を当て、音を小さくする。


「んなこと言われてもよ、来ないんじゃどうしようもないだろ」


「バカ!だったら、偵察の一つでもして来い!」


 ヤミにそう言われ、渋々森の外へと向かうドバゴ。


「ライラ、ベドス!聞こえるか!」


 耳に装着されている特殊な機械に、手を当て喋るヤミ。旧式の無線通信機であるが、範囲は制限が無く、地中や海中、さらに電波妨害などにも対応している優れものである。AIRT(高度情報認識技術)に比べれば、機能は劣るものの、役に立つ。また、AIRT自体は、現在、使われていない。フレアにより、AIインターフェースとX電磁波に異常を起こし、使用不可となったのだ。


 そして、それからである。人類に『ある変化』が起き始めたのは。


「あー、こちら、ベドス。聞こえてまっせ」


「いちいち大声出すな、ヤミ!鼓膜破れたら、ぶっ飛ばすからね!」


 気の抜けた返事をするベドスという男と、ヤミにも負けない音量で話すライラという女。声の調子だけで、性格が分かるとは、このことである。


「うっせぇ……お前もじゃねぇか」


「何か言ったわね、覚えときなよ、ヤミ!」


 ボソッと呟いたはずのヤミの声も、ライラにはしっかりと拾われていた。


「はいはい、それは分かった。つーか、お前ら、目視出来ないほど離れてるが、持ち場を勝手に移動すんじゃねぇよ」


「ドバゴが暇だし行こうぜって言ったから、付いていってるけど」


 ベドスが、欠伸あくびをしながら、ヤミに言うと、ライラも「同じく。どうせ、何も起きないし。あんたを守っている感じがしゃくだしね」と、不満そうな態度を取りながら、無線で応答する。


「てめぇら。マジふざけんなよ、いいから、戻ってこい。これは、めいれ……」


 命令と言いかけた所で、二人の無線がプツッと切れた。間違いなく、わざとである。


「……ぶっ殺す」


 ヤミは、完全になめられていた。


◇◇◇◇◇


「……そろそろかな」


 先ほどまで寝ていたシオンが急に起き出す。


「あ?何が?」


 カイが、聞き返す。


「ほら見ろ、あれ」


 シオンの指差した先を見ると、ドバゴたち3人がのこのこと、森から出てきていた。


「あれはっ!」


カイが驚き、立ち上がる。それにつられて、みんなも起き出す。


「なぁにぃ~?もう、朝なの?」


 一番文句を言っていたセシリアは、熟睡し、シオンの腕を掴みながら、寝ていたのだ。


「やっと起きたか、バカ女」


 カイがセシリアを見て言うと、寝ぼけた状態のセシリアからボディブローが一発入る。


「ぐはっ。なんて良いパンチ持ってやがるんだ……」


 また、腰を下ろす、いや、下ろされたカイ。


「何してんだ、お前たち……それより、銃を構えてくれ、イネス」


 シオンがくいっと手を振る。


「了解。ようやく、私の出番ね」


 イネスは、腰に掛かっている小さなバッグから、狙撃銃と書かれた、カードを取り出す。


 それを地面に置くと、「転送申請!!」と言った。すると、カードから空中に光の球体が現れ、そこから狙撃銃が出てきた。


「よし、これでOKね。さてさて、始めちゃっても良いのかな?」


 イネスが確認するように、シオンを見る。


「ああ、頼む」


 シオンが言うと、イネスは頷き、銃を構える。スコープを覗くと、ドバゴの顔が映る。


「さて、何処を狙おうかな?」


「イネス、顔はダメだぞ。訓練弾とはいえ、痛いからな。特殊スーツなら、どこでもいい」


「分かってるわよ、じゃあ、やるわね」


 しっかりと、ドバゴの左胸を捉える。そして、ゆっくりと、引き金を引いた。銃弾の音がすると、ドバゴの身体が後ろへ吹っ飛ぶ。


「ドバゴ!」


 吹っ飛ばされたドバゴに、駆け寄るライラ。すぐに、銃弾の飛んできた方角を見るベドス。


「丘か、ライラ、戦闘態勢に入るぞ」


「はいよ。ほら、ドバゴ、しっかりしな」


 ドバゴを起こすライラ。


「痛いな……くそ、訓練弾、威力強すぎねぇか?」


「特殊スーツ自体、旧式だからな。それに、生身の状態でやればそうもなる」


 ドネスがそう言い、バックから、カードを取り出す。カードには、特殊シールドと書かれている。


「転送申請!!」


 すると、イネスがやったのと同じように、光の球体が現れ、そこから、人形ひとがたサイズの盾が現れる。


「お前ら、俺の後ろに並べ。一応、この盾なら、防げるはずだ」


 ドネスに言われ、後ろに隠れるライラとドバゴ。その様子を、丘の上から、シオンは見ていた。


(さあ、ここからが、訓練開始だぜ!)


 笑みを浮かべ、戦いの決意をした。


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シオン~The war of Independence starting from the end~ にっしー @Nissii

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