第2話

「うわぁ・・・」


思わず、口にでた。


それくらい倒れて気を失ってる子供らは、顔が見えないくらい髪が伸びっぱなしのボサボサだし、ボロボロの破れた貫頭衣からでた手足は、握ればポキリと折れそうに見えるくらい骨に皮が張りついてガリガリに痩せていて小枝っぽいし、砂や垢まみれで汚れてる。

昔見た、妖怪辞典に載ってた貧乏神とかホラー映画の幽霊みたい。


テレビで観たことある外国のスラムの孤児たちよりも酷い。


これじゃあ性別もわからない。

どっちが男の子?女の子?


(先ずは手当てして清潔にし、栄養失調を少しずつ慌てず改善していかなくちゃ)


「街に向かうのを保留にし、この場にて拠点を作りますか?」


ヴァルスがチラリと私を見た。

その無表情でも目で、私の思考を読み、あえて訊いたと伝わる。



「ああ。街までまだ4日はかかるし。

無理して街に行くより落ち着いて回復させよう」


私が地図から算出した旅の行程に、このままは無理だと肯定すると、ヴァルスがさっと魔法でテントを出して中に厚めの絨毯を敷き、布団を敷いてくれた。

地面は固いからな。



砂上に横たわる子供を抱き上げた。


もう1人はヴァルスが抱き上げるのを視界の角に見る。


軽い。


あまりにも軽い。

そして臭い。


汗と埃と鉄錆びと糞尿の匂い。


水浴びは最低限させてるのかもしれないが、涙がボロボロ溢れ、視界が歪む。



息子を思い出す。



病院で、産んだ時を。


赤ちゃんを、胸に、抱いた時の重さを。

命の重さを。


そして同時に無償の責任を。



この子だって、生きる権利がある。


奴隷になった理由はどうあれ。


自分が生き延びたいが為に、囮にした大人の行為。


弱肉強食のこの世界で、簡単に命は消える。けれど!!


命の尊さを、軽んじるなッ!!!




行き場のない怒りと哀しみが迸った。



たとえ偽善であったとしても、自己満足だっていい。


(この弱い命を、助けたいんだ。)


◇◇◇


大きめの盥にお湯を入れ、赤ちゃんみたいに優しく洗おうかとも思ったけど、お風呂は体力を余計消耗すると思い出し、疲れさせては駄目だと、魔法で特殊な《クリーン》魔法をかけ、怪我も治療した上で、肌にメラニンのように染み着きこびりついた垢やダニ・ノミ・シラミごと汚れをさっぱりさせた。

伸びっぱなしの髪は、今はそのままで。


静かに寝かせた。

目が覚めたら、栄養価満点な重湯をあげよう。

少しずつ、胃がビックリしないように、固形もしっかり食べられるようになるまで。



二人とも、5、6歳だというのに、3、4歳くらいにしか見えない。

栄養失調で育ちが悪いせいだ。


頭を優しく優しく、撫でた。


(生きて。これからは、心から笑えるように。

自立できるまでは、私が、ヴァルスがあなたたちの親になる。

それが、私の責任)



「・・・二人の親になるおつもりなのは、助けた瞬間からそのお気持ちは強く伝わっていましたが、私は了承しかねます。

孤児院に預けるべきです」


ヴァルスが厳しく抗議してきた。

当然だ。


「わかっておられないようですが。

あなたと私は不老不死の体。

いわば、《神人》なのです。

長く、子らの成長を見守り寄り添うのでは、必ず我らの異常性に気づかれ、異端者とされる可能性があります」


「・・・・・」


気を失い眠る、子供たちから目をそらさず、黙ってヴァルスの言葉を受けとめる。


(わかってる。けど。)


「いいえ。理解っていない。

想いをかけ、育て、守っても。

傷つくのは、あなたです。

私はそれを許容するつもりはありません。

ある程度回復したら、奴隷の首輪を外した上で、孤児として街で預けるべきです」


いつになく強い眼差しを向けられた。




「・・・ヴァルス」


くしゃりと、泣きそうになる。


孤児院に預けることが最善なのだろう。

だけど。


幸せになれるのか。

笑顔を取り戻せるのか。


自分が、してやりたいのだ。

自分が、笑顔にしたいのだ。

偽善でも。それが、願い。


夫や息子に、もう会えない私には。

息子の、純粋なあの笑顔を見たいと、ずっと心が叫んでる。




『お母さん』



息子の私を呼ぶ声が。まだ、耳に残ってる。

ふざけた笑顔が。

成長し、私より大きくなった、重ねた手の温もりが。


ああッ!!


渇望し、慟哭してる!!


わかってるでしょう?私の心を。

ヴァルス。私の半身。



せめて。心のよすがにさせて。

心が、壊れないように。


成長の楽しみを、再び。



旅の目的はずっと曖昧で。

ただ、人が暮らす所に向かってただけ。

この不安しかない世界で生きていく覚悟はしたけれど、まだ、やっぱり未練はあるのだ。


もがき、あがいて何かにしがみついてしまうのだ。





「・・・・・仕方ない、ですね」


ヴァルスが、折れてくれた。


◇◇◇



私の人生は波瀾万丈だった。

生後4ヶ月の時に、水商売で働く母親は、大手企業の営業課長である父が出張で留守をねらい、年下の男と出ていった。

全財産の通帳をもって。


あまりにも泣き止まない赤ン坊の声に異変を感じた同じアパートに住んでる大家さんが、様子を見にきてくれたおかげで、ベビーベッドで口から泡吹いて死にかけてた私を助けてくれたんだと、小学校に上がる前になる頃にはすでに口さがない大人たちの話しをあちこち耳にして知った。


父1人では仕事もあるし、乳飲み子を育てるのは無理で、私を施設に入れるよりもと苦慮した上で、家の家業が嫌で中卒と同時に家を出た父の実家に何十年かぶりに訪れ頭を下げ、私を預けた。

父の実家はヤクザだった。

父の兄の叔父さんが家を継いでいて、いつもたくさんのおじさんたちと一緒にお酒を飲んで赤い顔して怒鳴ってた。


叔母さんは意地悪で、私が離乳食を食べるようになると、台所の痛い板間で正座してご飯にほとんど具がないお味噌汁をかけただけの猫まんまばかりだった。

少しでも喋ると煩いと叩かれるから、口を引き結び、台所の角に膝をかかえて座って時間を過ごしてた。

周りの大人たちは誰1人私に話しかける人はいなかった。


毎晩8時にかかる父からの電話には、あまり出させてもらえず、出ても一言二言しか返せず、パッと受話器を叔母さんから取り上げられ、睨まれた。


父の、優しい声だけが、ホッとしていた。

『元気か?』『今日は何して遊んだんだ?』『友達はできたか?』『ご飯たくさん食べてるか?』『風邪ひいてないか?』


まともに返せないけれど、耳に届き残る父の優しい声に、安心してた。


父がいる、と。


読み書きを教えてはもらえず、放置されてるから、口から出る言葉は喃語だけれど。


「言葉をなかなか覚えないんだよ。知能遅れかもしれないね。あんたの子。病院に連れていくから治療にいるお金、送ってよ」


叔母さんの父にお金を要求する声を、私は黙って見上げるしかなかった。


側にはお酒を飲みながらこっちをジッと見てる叔父さんの目が、恐かったから。


周りの大人たちは割れ関せずで食べて飲んで騒いでる。


こんなに沢山の人がいるのに、自分の周りだけ、ポツンと空虚な別空間のようだった。


さすがに世間体もあり義務教育で小学校に行かせてもらえた。

スポンジに水を吸わせるように、勉強した。

だけど友達なんてできるはずもなく。

腫れ物に触らないように、関わりあいにならないようにと、必要最低限にしか、近寄らない。

唯一、ガキ大将とその仲間が、「お前、捨てられたんだろ!やーい!橋の下!」

どうやら捨て子のイメージが、捨て子イコール橋の下、らしい。


地味に足で蹴られたこともあった。

掴みかかったが。

結果、引っ張った袖が破れて、その日の夕方、勇ましいオバさんが怒鳴り込んできて、私は叔母さんに玄関の土間で土下座させられ、上着は叔母さんが弁償することで収まった。


その夜、私は叩かれ、殴られ、蹴られて中庭に首根っこと腕を強く掴まれ、ドサッと放り投げ捨てられた。

大型の番犬2匹がいる、中庭に。


砂利石であちこち擦り、血が滲む。



怖くて怖くて、軒下に潜って隠れたけれど、見つかって、唸り声と共にすごい力で噛みつかれ、暗く狭い場所で引きずりまわされた。

抵抗してもしても噛みつかれる痛みに頭が朦朧とする。

多分、その時すでに熱があったのだろう。



あの時の恐怖はいつまでもいつまでも消えなかった。


子供は、弱い。

大人は、何もしてくれはしない。



中卒と同時に、父が迎えに来てくれ、やっと一緒に暮らせることになった。


本当なら小学校上がる頃に迎えに来る話があったが、叔父さん夫婦が私の養育費欲しさにまだ預かると断っていたらしい。



叔父さん夫婦に今までお世話になった挨拶を終えた父と体面したら、私の痩せぎすな姿を見て、父は顔をくしゃっとして、涙をポロッと落とし、無言で私の手を握ってあの家を出た。


私は父に握られてる自分の手をジーッと見ながら歩いてると、皺と節でゴツゴツしたあたたかい手に、力がはいった。


少し痛い。



「・・・ごめんなぁ・・・」


ポツリとこぼした父の涙声は、私の視線と一緒に足下のアスファルトに落ち色を変えた・・・。



◇◇◇


眠る子供らの頭を優しく優しく撫でる。


熱はないようだ。

疲労が蓄積しているようで、体が休息を欲しているのだろう。


規則正しい呼吸音。


ちょっぴり胸があたたかくなる。


こんな男女じゃない、へんな体になってから、思考が男っぽい時と以前の私の思考と混ざって時折一人称がおかしくなる。



「男として゛俺゛にいい加減統一するかな」


「マスターは以前から男性になりたかったのでしたね。

その容姿ですと問題ないのでは」


ヴァルスがややにこり、と笑む。


(おお!ヴァルスの貴重な笑み!イタダキマシタ~!)



「うん。願ってたからな」


男言葉を意識してキリッっと使う。

ちょっと内心では照れてる。ヴァルスの笑みに悩殺です!


・・・てか、《マスター》呼びは『へい!マスター!』的なイメージあり過ぎて恥ずいから変えろよ・・・

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