BLOOD M

コイデマワル

第1話

 付き合い始めて3ケ月のサキが、あるバーに行かないかと誘ってきた。

 少し緊張した面持ちで待ち合わせ場所にあらわれたサキの、この街で過ごした学生時代の話を聞きながら、確かな足取りの案内で飲み屋街を抜け、住宅街に入ってしばらく歩くと、サキが指差した。

 指先には何もないと思ったが、近づくと細い路地の入口に薄暗い白熱球で照らされた赤い丸看板に「BLOOD M」と書かれていた。

 看板から10mほど進むと扉があり、サキは赤いカードをカードリーダーに読み取らせた。カードリーダーの赤いLEDランプが消えた。

 薄暗いバーの中には先客が3組ほどいて、それぞれイヤホンをシェアしながら時折、照れたようにお互いを見つめあったり、ヒソヒソ会話していた。

「いらっしゃいませ、どうぞこちらへ」

 バーのマスターらしき人が静かに通る声で話しかけてきた。2人掛けのカウンターブースにある、丸くて赤い座面のカウンターチェアに二人は並んで座った。

「お久しぶりですねサキさん?良い人を見つけたわけですか?」

「ええまあ…、確かめにきました…」

 サキの横顔には、やはり緊張が見える。

「なるほど。では、まず1杯何か飲まれますか?」

「そうします。私は生で。タクは何にする?」

「じゃあハイボールで」

「かしこまりました」

 マスターが準備を始めた。

「雰囲気のあるバーだね」

「そうなの。赤くて丸いものが多いのは、赤血球のイメージなんだって」

「やっぱりそうか。で、なんでサキは今日そんなに緊張してるの?」

「分かってた?」

「そりゃもう」

 そこにマスターがニコリと笑ってグラスを差し出した。

「お待たせいたしました。お連れ様は、当店のことをご存じないのですか?」

「ええ。でもお酒を飲むバーなんでしょう?まさか吸血鬼が集まるとか?」

「ふふ。吸血鬼はいませんよ。でも、ただのバーではございません」

「まあ追々ってことで、とりあえず乾杯!」

 サキとタクのグラスが音を立てた。


 サキとタクは2杯目のグラスを空けた。

「じゃあここは血液でお互いの相性を調べるバーなのか。血液型占いってこと?」

「ちょっと違うの。とりあえずやってみましょ?マスター、ブラッディ―メアリーを2つ」

「かしこまりました。サキさまは当店のカードをご準備ください。タクさま、微量の血液をいただきますので、指を出していただけますか。少しチクっとしますよ」

 そういってマスターは直径3㎝くらいの透明な球体をタクの指に当てた。タクの目の前で透明の球体の中に、幅1㎜もない赤い棒が3本立った。

「これで準備OKです。それでは、こちらをご記入ください」

 タク前に丸い画面のタブレットPCを差し出された。画面には名前と生年月日の記入欄があった。

「ではブラッディ―メアリーをどうぞ。5分ほどお待ちください」

画面から目をあげると、マスターがグラス2つをそれぞれのコースターの上に置いた。

「サキはもう検査をやったことがあるってこと?」

「まあね。健康診断みたいに1年に1回くらい受けてるんだ。誰かとの相性だけじゃなくて、自分の運命とか人生がなんとなく分かったりするから」

「それってやっぱり、占いじゃないの?」

「違うの。赤血球の遺伝子?を使って、音楽ができるんだよ」

「私から補足させていただきますと、ヒト細胞の18SリボソーマルRNAの遺伝子配列情報を音楽に変換しているのでございます。血液細胞の音楽情報は個人によってさまざまな違いがあり、その音楽で性格、相性や人生が「なんとなく」分かったりするのでございます。ではそろそろこちらを」

 そう言って、マスターは赤いケーブルのイヤホンを出した。

 タブレットの画面に、「準備が整いました。タクさまのBLOOD MUSICをお聴きになりますか?」というメッセージが表示された。

「あたしも聴いていい?」

「いいよ」

 2人はイヤホンをシェアして、タクは画面の「OK」をタップした。

 イヤホンから流れ出した音楽は、聴いたことのないような音楽でありながら、子どもの頃にこういうクラシック音楽を聴いたことがあったかもしれないと思わせる曲だった。

「クラシックかぁ」

 サキが少し肩を落とした感じで、ボソリと言った。

 タクのBLOOD MUSICは、序盤は静かに流れ出しながら、中盤から終盤にかけて力強いメロディーになり、盛り上がってからピタリと終わった。

 タブレット画面には、再生後「#クラシック」「#揚々と」「#大器晩成」「#温和」などのキーワードが現れては消えた。

「なるほどね!ちょっと人生が見えた気がする」

「でしょ?でも一生音楽が変わらない訳じゃないらしいから、私は1年に1回くらい血を見てもらってるんだ」

 サキは少し目を輝かせた。

「じゃあ、今度はサキの音楽を聞かせてよ。もうあるんでしょ?」

 サキの目が一気に曇った。

「やっぱりそうなるよね…」

「聴かせてもらえないの?」

「いや、良いんだけどさ…、笑わないでね…?」

 サキが赤いカードをタブレットPCにかざすとメッセージが表示された。サキが画面の「OK」をタップすると、サキのBLOOD MUSICが流れ出した。

「これは…、なんていうか…演歌?っぽいね?」

「そうなんだ…、私の音楽は昭和歌謡なんだって…、時代遅れだよね…」

「そんなこと言ったら、僕のクラシックなんて古典音楽だよ?時代は巡ってリバイバルしたりするし」

「そっか…」

 サキの表情がまた硬くなったように見えた。

 サキのBLOOD MUSICが終わりそうになったとき、タブレットにメッセージが表示された。

「お2人の相性は85%以上です。もし仮にお2人に子どもができた場合のBLOOD MUSICも作成できますが、作成されますか?」

 サキの表情がパッと明るくなり、照れた目でタクを見やった。

「どうする…?」

 タクはサキの目を見やってから画面をタップした。

 タブレットの画面に赤い棒が伸び始めた。

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