なぞりおわり

「私が死んだら、鳥のいる場所に置いてほしい。鳥葬と言ったかな。鳥に喰われて、世界中を廻るんだ」


 それは私の願いであり、彼女が口にした中でおそらくただ一つ、実現可能な希望だった。私の記憶、意志、意識すら失われても構わない。ただ、果てない空へ、飛んで行きたかった――



 私と同じ理想を描いた彼女の、旅の結末知りたさに、川を下ってゆく。湖に着いたところで、あの後彼女がどうなったかがわかるなどという望みは薄いが、この目で見なくてはならないと思った。




 九割がた満ちた月の光と、それを返す水の鏡。上下からぼんやりと投げられた光の中、後ろから、落ち着いた調子の声が聞こえた。


「高いところに来たけど、見たかったものは見えた?」


昼間は無邪気に笑った声ばかり聞いていたから、一瞬、誰の口から出た言葉かわからなかった。


「見たかったものなんて無いのは、知っているでしょう」


彼女は何も答えなかった。


「強いて言えば、私はあなたでありたかった。あなたは何を見たかったのですか」


「けれど、私は君になりたかった。君が見たい世界を見たかったんだ」


言葉を交わし終えると、私が立っていた辺りが崩れ、体は宙にあった。彼女に手を伸ばしたが、この手を掴んで私を地に戻そうとする者などどこにもいないことはわかっていた。


足元にある月を見たのを最後に、私は目を閉じた。




 林を抜け、月映す湖の畔に出た頃には、彼女と交わした言葉の一つ一つ、彼女との旅で浮かんだ気持の一つ一つを、ほとんど思い出していた。最早彼女の痕跡など、探すまでもない。




 やがて東の空が太陽を迎えるため色を変えた頃、一羽の鳥が、誰かの抜け殻を啄み、あてもなく夜明けの空へ飛び立った。

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廻りの物語 逆傘皎香 @allerbmu

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