将来の夢「正義の味方」

成瀬なる

世界平和を人任せにするまでの過程

 実家の押し入れで埃を被っているアルバムよりも古くて、色褪せた思い出が最近になって顔を出した。だから、俺はポップコーンとコーラを持って、スクリーンに流されるそれへと惰性で視線を送る。駄作だ。知識不足と恥ずかしいくらいの誇らしげな正義感が、より映像を愚弄している。ポップコーンは湿気ているし、コーラの気は抜けている……もう、こんな物見るのはやめよう。

 俺は席を立って、スクリーンへと背を向ける。だけど、それは映像を流し続けた。誰が見ていなくても、誰からも称賛されなくても、スクリーンに映る少年は、太陽のように無邪気に笑いながら「俺は、世界を平和にするヒーローになるんだ!」ってジャングルジムの上で叫ぶ。仮面ライダーよりも、ウルトラマンよりも、アンパンマンよりも、汚れた体操服を着てジャングルジムの上で叫ぶ少年の方が、世界平和を実現できると信じていた。信じている頃があった。

 俺が立ち去った会場は、しんと静まり返っている。でも、スクリーンに流れる映像に従って少年は、正義を語り、世界を愛している。それでも、やっぱり会場は、称賛の拍手もなければ、感動の涙もない。それもそうだ。だって、最初から観客は、俺しかいないのだから。


 講義室には、淡々と講義を進める教授の声が響いている。その中に、内緒話をするように笑い合う声や小さな寝息が混ざる。素早く切り替わるパワーポイントは、朝に開け閉めされるカーテンのようだけども、あの時のような刺激はなくて、ただ惰性で授業を受ける俺を苛つかせるだけだ。何度見たかわからない腕時計に視線を落とす。さっき見た時と比べて短針が、1つ進んでいる。馬鹿みたいだ。2年前に、大学へ入学したけれども、高3の頃からやりたいことなんてない。「お前のやりたいことは何だ?」って質問に対して聞こえないふりを続けて、受験勉強をして、合格発表を見て、それでも聞こえないふりを続けて喜んで、入学して、今、こうして惰性で講義を受けている。

 でも、さすがにここまでくると「お前のやりたいことは何だ?」なんて聞かれない。「お前はやりたいことがあるんだな!」って言われることはあるけれど、それは愛想笑いで頷いているだけで、全部が肯定の意味になるからわかりやすい。

 多分、これからは「お前のやりたいことがあるんだな!」って言葉に対して「うん」って答え続けて、就職して、結婚して、庭付き戸建てなんて持って、犬を飼うんだ。それで気づいたら、俺自身が「お前のやりたいことは何だ?」って誰かに聞いている。

 腕時計に視線を落として、少しだけ動いた短針にため息をついた。

 もっと素直になれていたら、間違ったことでも声を大にして叫べていたら、大学にもいっていないし、毎日何時間も興味のない講義で時間を無駄にしない。でも、俺は、平凡な人生だし、特殊能力なんてないし、異世界にも転生しないし、人間だし、生きている。だから、間違っていることを誇らしげに叫ぶことはできない。してはいけない。

「ヒーローになるんだ! 世界を平和にして見せる!」

 20歳の男が叫ぶこんな言葉、飲み会で飲み過ぎて吐くゲロと同じだ。心の底から嫌悪されて、誰も触りたくなんかなくて、それでも処理しなきゃいけない大人が、眉を顰めて「死ねよ」って思いながら掃除する。そんな程度なんだ。

 大学の教授が「こうしている今も、戦争で苦しんでいる人々が沢山いるんですよー」みたいなことを言っている。だから、俺は、また腕時計に視線を落として「日本に生まれてよかったな」って思いながら、人任せに世界平和を祈っていた。

 

 観客のいない会場で垂れるスクリーンに、誇らしげに正義を語る少年の姿はなくなっていた。

 

 

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将来の夢「正義の味方」 成瀬なる @naruse

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