第44話 終わりで始まり

 さぁ、いただきますか。

 あたしは早速箸を伸ばす。もう見るからにサクサクに仕上がっている鶏肉をつまんだ。

 とろ、と見慣れた濃い色のタレに絡めて、口に運ぶ。


 ざくっ。


 焦げるまではいかないが、かなりしっかりした衣だ。強烈な噛み応え。

 けど、直後にたっぷりの肉汁が広がって来て、柔らかい食感と衣の食感の二つを口に味わった。言うまでもなくアルバードなので、肉の旨味がダイレクトアタックを仕掛けてくる。 

 でも、本番はそこからだった。

 じゅわっと入ってきたのは、あまじょっぱい、懐かしい味。というか、もうここじゃあ味わえないだろうな、と思っていたものの一つ。


「ふぉぉ……」


 テリヤキソース。

 いや、正確に言えばちょっと違うんだけど、でもこの甘さ、しょっぱさ、絶妙なバランス。絶対に間違いない。


「うぅんまっ……!」


 思わず声が落ちる。女子力見捨てた感想だけど、構うもんか。

 あたしはそのままがっついた。

 そして気付く。


 鶏肉の下に、半熟卵が添えられていることに。


 な、なんて卑怯な!

 あたしは早速絡める。見た目だけで濃厚だと分かる、オレンジ色に近い黄身をからめ、ばくっと大きい口をあける。


 ざくっ、じゅわ、とろー。


 あ、あああ、あああああああ。

 これは、これはぁぁああああ。


 卵の濃厚な旨味とトロみが重なって、あかん、これ、もうあかん!


「んんんっ」


 あたしはたまらず、つけ添えの白パンをちぎって口に放り込む。

 豊潤で濃厚な味わいの口の中に、爽やかな甘さが入って来て、洗い流される。さらに水を飲んで口の中をさっぱりさせて、一息ついた。


「ヤバいわね。これ、マジウゴッホ」

「「「マジウゴッホ」」」


 瞬間、矢野と新庄課長と町長と副町長の声が重なった。

 なんだそのハモり具合。

 思わずツッコミそうになって、あたしは自分の言い放った言葉に愕然とした。


 っていうか、また! また! あたしはぁ!!


 思わずテーブルに突っ伏しそうになったけど、必死にぐっと我慢して、鶏肉にまたかぶりつく。ああ、いけない、ソースがたれちゃう。でも、いいやってなっちゃう。

 じゅる、とソースをすすり、あたしはまた肉を食う。

 味に舌が痺れてきたら、スープとパンで流す。

 ああ、この無限ループたまらん。


「うん、確かにこれは、美味しいね」

「見事な味の配分ですな。このソースが素晴らしい。甘味と辛さのマッチが完璧に近い」


 素直に頷く町長に、副町長は評論家気取りのコメントを残す。新庄課長は黙ってひたすらに咀嚼していた。

 いや、それ分かる。


 至福にひたり、あたしはあっという間に食べきってしまった。


「……ごちそうさま」


 最後だけはせめて女子らしく。

 あたしは口を綺麗に拭き取りながら、お箸をおいた。


 同時に、みんなが視線を送って来る。


 そこであたしは思い出した。そうだ。そうだったんだ。

 これ、料理対決だったんだっけ。

 今更思い出して、あたしは苦笑した。


 勝敗は、もう決している。


 アスラと矢野の視線が険しくなる。けど、あたしはテレビみたいに焦らすことはしない。だってそんな演出、この場では不要だからだ。

 あたしはあっさりと、矢野の料理の方を指さした。


「今回は、こっちの方が美味しかったわ」

「…………っ!!」


 とたん、アスラが声にならない声を出して、何歩か後ずさる。


「ジ、ジーザスウゴッホ!」

「おい。いや、用途としてはあってるけど!」


 あたしは思わずツッコミを叩き入れていた。だが、アスラはそんなものなど耳に入っていない様子で、ただただ、がっくりと項垂れた。


「ま、負けた……そんな……俺、料理、負けた」

「決して、アスラの料理もまずいってワケじゃないわ。たぶん、好みの問題」


 あたしは言い聞かせるように優しい声を出した。

 アスラは自分の信じる料理を進化させた。それは素直に凄いことだと思う。けど、矢野はそれ以上の工夫をしてきた。


 きっとそれは、アスラが知らなくて、矢野が知っていること。


 そういう意味で、アスラはあたしのことを知らなかった。

 敗因というか、勝敗を決したのは、そういう部分だと思うし、あたしが大事にしている領域でもある。あたしは、あたしのことを知って欲しい。

 あたしのことを、好きだと言ってくれるのであれば。


 アスラは悔し涙をぽろぽろと流していた。

 なんつうピュア。本当にピュア。思わずぎゅっと抱きしめたくなったが、なんとか耐える。今ここで、そんな慰めはしてはいけない。

 他でもない、アスラのためだ。


「うぐっ……でも、俺、負けない、次、頑張る」

「え、待って、次もあるの?」


 アスラの決意に、すかさず矢野が嫌そうな顔を浮かべた。

 まぁ確かに、巻き込まれまくっている矢野からすれば、迷惑この上ないだろう。そもそもこの手のイベントとか嫌いそうだし。

 そんな矢野に、アスラはびしっと指を突き付ける。


「あたり、まえ。俺、負けない」


 なんだその勝つまでやる意志は。

 いや、そういう根性は認めるけどね? でもそれは矢野からすれば、しこたまメンドーじゃないのかしら? だって、勝っても勝ってもキリがないってことじゃない。それってぶっちゃけると子供のワガママだ。

 案の定、矢野が心底迷惑そうに不機嫌になる。


「ダメよ、アスラ」


 ぴしゃり、とあたしは低い声で制した。

 威圧を感じ取ったのか、それとも長からの発言だからなのか、あからさまにアスラは肩を震えさせてから強張った。


 うーん、やはり可哀想。いや、ここで変な情は出すべきじゃあないと思う。


 厳しい見方だし、お前は何様なんだってあたしも思う。けど、あたしは彼らを、ウゴッホ族を率いる長であり──一人の女だ。


「アスラ。あなたには悪いけれど、今のあたしは、あなたの恋人にはなれないわ」

「……!」

「まだやるべきことだってあるし、正直、そういうのに気にかけている暇はないの」

「で、でも、俺、長!」

「それにね」


 必死に何かを訴えてくるアスラを制して、あたしは一度だけ呼吸を入れて口を開く。


「あたしは、あたしの中身を好きになってくれた人としか、そういう関係になりたくない」


 ズバリそのまま言うと、アスラは顔を赤くさせた。


「俺、長、を!」

「あなたは、あたしの強さと、あたしが長だから、という魅力を好きになったんでしょ?」

「……!」


 図星を突かれたのか、アスラは違う意味で顔を赤くさせた。

 知ってる。

 アスラも一族のことをちゃんと考えていて、きっと強い遺伝子を残したいと思ってる。その上で、自分が一族を率いるようになりたいと思ってる。そこは分かる。

 でも、あたしは嫌だ。


「確かにあたしは、強いと思う。でもそれは、色々とあったからで、元々やってたゲームのデータがあったからで、あたしの本当の強さとかじゃないの」

「長……」


 アスラが困惑している様子を見せた。


「だから、アスラ。あなたは本当の意味で、あたしのことを好きじゃないの」


 がつん、と、アスラが衝撃を受けたような表情を見せた。


「好きじゃ……ない……?」


 あたしは大きく一つ、頷く。


「あたしのこと、好きだ、好きだって言ってくれたのは知ってる。でも、そういう意味で好きだったんだよね?」


 否定は、やってこなかった。


「あたしのこと、守るって言ってくれたことは、嬉しいと思う。でもそれは、一族の慣習としてそうだったから、よね? 妻になるんだから」


 逐一の確認だ。そして、アスラは否定しない。


「それはきっと、アスラ。急いでいたからよ。ワケのわからないものに一族の村が襲撃されて、辛うじて生き残って、あたしがいて、ここに辿り着いて。そして、色々とあって。そんな時に、あたしがたまたま強くて、勇ましくて、妻にしたいって思っちゃったのよね」


 あたしは立ち上がって、アスラの頭をぽんと撫でた。


「あたしはそれを悪いこととは言わない」


 でも。とあたしは紡ぐ。


「いつかきっと、本当にひとを好きになる時が来ると思う。きっとね、全身が痺れるようで、それでいて、もう本当にその人のことしか考えられなくて、一族のこととか、そういうの本当にどうでも良くなると思うの。それが恋だと思うの。その時のために、そのひとを守れるように強くなりなさい」

「……長っ……! ご、ごべ、ん、なざぃっ……!」

「謝らなくて良いのよ。ずっと黙ってたあたしも悪いから」

「うぐ、ぐ、うぉぉぉぉぉおおおんっ!!」


 そして、アスラは大声で泣いた。


「まるで、子供の大泣きだね」

「ほとんどそういうものだと思うわ」


 矢野は耳を親指で軽く塞ぎつつ、ため息をついた。別に嫌悪してるワケじゃなくて、仕方ないなぁって感じのため息だ。なんだかんだで、コイツは実のところ面倒見が良い。

 というか、アスラが弟っぽいからか?

 分析しつつ、あたしは苦笑した。


「あらら、まぁ、解決したみたいだね」


 何故か苦しそうな声の町長がまとめの言葉を吐く。不審になってみやると、何故か副町長からコブラツイストをかけられていた。

 いや、ほんとうにどうした。


「あまり気にしない方が良いわぁ。ちょっとオイタが過ぎただけだから」


 ……ほんとうに何があった?

 新庄課長がころころと笑いながら言うのを横目に、あたしは顔をひきつらせたのだった。


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野生のOLとゲーオタ公務員の異世界恋愛(?)日記 しろいるか @shiroiruka

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