第140話 そして終焉へ


巫山戯フザケるな! 貴様! そんな欠陥品のような能力で、どうやってここまで……!?」


「フハハハハハ! そこの三人に守ってもらってたんだよ!」


「な、なんという情けないやつ……! し、しかし、こんなことが……! これでは……世界を滅ぼすことなど……ましてや、人間一人殺めることなど……!」


「これで確信したよ。俺こそが、この負の連鎖を断ち切れる鍵……適任者だったんだ」


「なんだと……!?」


「いままで、ここまで来れた冒険者は全員、相当な実力者たちだった。親父にしろ、そのパーティの仲間にしろ……だからこそ、乗っ取られた冒険者はその力が愛する者を傷つけるのを恐れ、自らを封印するように、終焉の都に閉じこもった。……だけど、ひとつ見落としていたんだ。そこら辺の魔物ザコにも勝てないやつが来る可能性を。……いや、そんな可能性なんてそもそも最初から排除していたんだ。なぜなら、ここは終焉の都。エンド級の魔物たちがひしめく地獄のような土地。そんなザコがこんな場所で生き残れるはずがない。ましてや、魔王城まで辿り着けるはずがない。……だけど、辿り着いてしまった。強い仲間たちに守られながら、辿り着いたんだ! ここに! 俺が!」


「お終いです、魔王。誰もユウトさんを止める事は……いえ、ユウトさんが誰かを止める事は決してありません」


「アーニャの言う通りだ! ユウトは弱い! この中の誰よりも!」


「おにいちゃんは……誰にも勝てない……!」


「……おい、おまえら、そろそろ泣くぞ、俺」


「こ……この、このこのこの……ゴミムシどもォォォォォガアアアアアアア!!」



 ──動く!?

 頭も、首も、肩も腰も脚も、左手以外が自由に動く。魔王の呪いの効力が消えたのか。

 なら、たたみかけるなら今しかない。

 呪いの効力がほぼ消えたのにも関わらず、未だ動かせない部分がある。

 という事は──



「ユウ! 剣貸せ!」



 俺はユウの剣を半ばひったくるように奪うと、服をたくし上げて口に含み、思い切り噛んだ。



「ユウトさん!? 何を──」



 ──ザン!

 一瞬、気が遠くなるほどの激痛が俺を襲う。視界はチカチカと暗転し、呼吸が途切れ途切れになる。

 俺は、俺自身の左手首を速攻で切断した。

 狙い通り、俺の体から魔王の気配が消え去る。



「こ……これで……終わりだ……! おまえは……一瞬でも……自分の……敗北を認めた……! その瞬間におまえの術は……おまえの……魂は、地に堕ちた……! どうだ……もうこの……バカげた魔法すら……使えねえだろ……!」



 切り落とした部分は手。発声器官がないため返事はない。

 しかし、その焦りはさっきまで同体だった俺にひしひしと伝わってくる。俺はすかさずユウに魔法をかけると、叫んだ。



「やれェェェェ! ユウ! この世に一片の消し炭も残すなァァァ!!」



 有無を言わさず指示を出す。ユウは頷きも返事もすることなく、ただ自分の最大火力の魔法で俺の手を……魔王を焼き払った。





「──おはよう、おにいちゃん」


「……俺は……ここは……ぅううおおおおわああああああ──あ痛っ!?」



 目を覚ますと、ゼロ距離にユウの顔。

 慌てて跳ね起きると、俺の額とユウの額が激しくぶつかった。



「おま……びっくりするわ!」


「ちゃんと起きれた?」


「目覚め最悪だわ! って、……いててて……!!」



 左手に鈍痛。その痛みに、おもわず顔をしかめてしまう。恐る恐る見てみると、そこに俺の左手はなく、鉄で出来た機械仕掛けの左手がギィギィと音を立てていた。

 人差し指を動かせば人差し指が、中指を動かせば中指が動いてる。ごくごく当たり前の事だが、これに限って言えばすごい事なのではないだろうか。

 神経まで上手く繋がってるって事だろ?



「どう? おにいちゃん、どこまで思い出せそう?」


「……これ、この義手、どうしたんだ?」


「ヴィッキーが作ってくれたんだよ」


「なるほど錬金術か……そういえば、ヴィクトーリアとアーニャちゃんは? てか、ここどこだよ」


「ネトリールだよ」


「ね、ネトリール!?」


「正しくはネトリール跡だけどね」


「なんだ、そういう事か」



 たしかに、耳をすませば波の音が聞こえてくる。その音に紛れて……おそらく復旧作業でもしているのだろう、カンカンカンという金属を打ち付けるような音も聞こえる。



「……てことは、あの後、魔王と戦った後に、俺はここに運び込まれたって事か?」


「そうだよ。おにいちゃんが気を失った後、そのままじゃ出血多量になっちゃうから、急いでここまで運んできたの」


「そうか……よくここまで運べたな」


「ユウキさんが運んでくれたから」



 いままで『ユウキ……さん』と間を開けて呼んでいたのに、自然に呼ぶようになってる。



「なんだ。あいつもここにいるのか」


「昨日までね。今回の事をちゃんと話したら、そのままどこか行っちゃった」


「そうか……まあ、あいつに礼はいいだろ。……ん? ちょっと待てよ。昨日って事は、俺、どれくらい寝てたんだ?」


「だいたい七日間くらい……?」


「マジかよ。寝すぎじゃねえか……」


「仕方ないよ。外傷もひどかったし、魔力もかなり使ってて、本当に危ない状態だったんだから」


「外傷は主におまえのせいだと思うんだが……満身創痍だな」


「いまのおにいちゃん、どんな感じか見てみる? 鏡持ってこようか?」


「いや、やめておこう。ヘコミみそう。……で、だ」



 俺は姿勢を正すと、改めてユウに向き合った。



「終わったんだよな?」


「終わったよ」


「きれいさっぱり?」


「きれいさっぱり」


「後顧の憂いなく?」


「後顧の憂いなく」



 ──ボスン。

 上体を逸らし、背中から再びベッドに倒れ込む。責務から解放されたせいか、かなり清々しい気分だった。ところどころヒビが割れ、今にも崩れそうな天井なのに、なぜか高級ホテルの内装に見えてくる。



「おつかれさま、おにいちゃん」


「ユウもな。……て、アーニャちゃんとヴィクトーリアは?」


「呼んでくる?」


「忙しいのか?」


「そうみたい。ヴィッキーは復旧作業で、アーニャはパトリシアさんと一緒に国王様のお手伝いしてる」


「頑張ってるな」


「でも、毎日かかさずお見舞いには来てるよ。それに、もうすぐのはずだけど──」


「ユウトさん!」


「ユウト! 起きたのか!?」



 部屋にアーニャちゃんとヴィクトーリアが入ってくる。

 二人とも冒険をするときの恰好ではなく、アーニャちゃんは紅く、煌びやかなドレス。ヴィクトーリアはタンクトップ姿に頭には手ぬぐいを巻いていた。

 俺からすれば目覚めてすぐなんだけど、なぜかすごく久しぶりに会った感じがする。

 そしてヴィクトーリアは俺を見るなり、左手を取ると色々な角度から見回してきた。

 距離が近いせいか、汗と機械の油が混じったようなにおいがする。



「どうだユウト。どこか左手に違和感はあるか?」


「違和感っていうか、まあ、違和感しかないけど……」


「そ、そうなのか……!? きちんと処置はしておいたはずなんだが……」


「いや、悪い。動くには動くけど、元の手じゃないから違和感はあるって意味な」


「なんだ、そういう意味か。……でも、さすがに錬金術でも生身の体を元に戻すのは難しいな……」


「大丈夫。これに関してはもう自分で納得してるから。ありがとうな、ヴィクトーリア」


「えへへへ……!」


「……お加減はいかがですか、ユウトさん」


「ああ、問題ないよ。大丈夫」


「よかったです。本当に……」


「やっぱりそんなにひどかったのか?」


「はい。特に出血が……」


「あれはたしかにひどかったな。ユウときたら、切断面を焼いて血を止めようとしてたからな」


「な!? おま……マジかよ!」


「そ、それは……気が動転してたからで……」


「だから私とアーニャで必死に止めたんだぞ! な、アーニャ?」


「うん。……で、ですがあの時のヴィッキーったら、すごい形相で……ごめんなさい、思い出したらすこし……う……うふふ……」


「わ、笑う事はないだろ! アーニャだって──」



 部屋中に皆の笑い声がこだまする。こうして皆と笑いあっていてようやく終わったのだと実感する。



 ◇



「……ところで、皆はこれからどうするんだ?」



 俺の問いに、アーニャとヴィクトーリアの二人が顔を見合わせる。



「わたしたちは……ここに残ろうと思っています。まだまだやらないといけない事が山積みですので……」


「うん。魔王も倒せたしな! これからはここで、アーニャを支えていくよ」


「そうか。……じゃあ、ここでお別れだな。俺とユウも明日にここを発って、ジマハリに戻るよ。戻った後は……またその時にでも考えるとするか」


「結婚式、するんでしょ? おにいちゃん?」


「しねえよ」


「なんだ、しないのか」


「なんでヴィクトーリアはいつもと違って肯定的なんだよ」


「いや、兄妹ならともかく、ふたりは血縁上他人になるわけだし、問題ないんじゃないか?」


「あるわ! 形式上兄妹なんだからあるわ!」


「あたしは問題ないよ?」


「おまえの問題は頭がイカレてるって事だからな!」


「……また会えますよね」



 アーニャちゃんが寂しそうに、上目遣いで言ってくる。



「あ、当たり前だろ! なんなら定期的に会いに来るよ! アーニャちゃんに!」


「わ、私は!?」


「ヴィクトーリアはついでだな」


「なんか扱いがちがくないか!?」




 ──こうして、俺の……俺たちの旅は終わった。

 その後、ジマハリに戻った俺とユウは魔王を倒した功績を称えられ、勇者の酒場から村に俺たち四人を象った像が寄付された。しかし、魔王の呪いを知っていながら隠ぺいしていたことから、勇者の酒場は解体。これにより冒険者の数が激減し、いまでは数えるほどに。逆に冒険者と名乗らない冒険者が増えた。

 俺とユウはそれ皮肉るように、『勇者の酒場』という名前の小料理店を開店させ、一国の王妃や一大裏組織の代表に、神官、果ては魔物なんかを招いたりして、そこそこに盛り立てていった。


 アーニャちゃんとヴィクトーリアはネトリールの復興に尽力し、その後、見事復興を果たした。ネトリールがもたらした被害は少なからずあったものの、今では地上のあらゆる国と良好な関係にある。


 ユウキについてはその後の詳細は不明。

 ただ、勇者の酒場解体後、国同士の小競り合いが起きた時、どこからともなくアイドルが現れ、時には歌と踊りで、時には魔法と暴力で争いを解決したという。


 一人前の神官を目指し、勇者の酒場を目指していたクリムトは、勇者の酒場解体後、自身で教会を立ち上げ、神の教えと職業を人々に説いている。


 エンドビーストはトマトの販売が軌道に乗り、生産と流通を一手に担う会社を設立。史上初の魔物社長という肩書も相まって、巨大な企業へと変貌を遂げるが、のちにエンドビーストによる汚職事件が取り沙汰され、会社は経営難から倒産。いまでは毎日鍬を振って、ひたすら個人でトマトを取引しているらしい。そして、その顧客の中には、無類のトマト好きであるネトリールの技術部門の大臣がいるとか。


 みっちゃんは特に勢力拡大を狙わず、ただひっそりと組織の運営をしていた……かったらしいのだが、裏で『勇者と繋がりがある』という噂がまことしやかに囁かれるようになり、みっちゃんの意図とは反するように、徐々にその勢力を拡大していったという。

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 ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。

 途中、かなり期間が開いてしまった時期もありましたが、絶えず応援してくださった方のお陰で、エタらずに完結までこぎつけることが出来ました。

 重ねて、本当にありがとうございました。

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史上最強のエンチャンター、パーティがブラックだったから独立する~俺を騙して散々こき使っておいて後から都合よく戻ってこいと言われてももう遅い。おまえらに復讐しながらハーレムを作って魔王をぶっ倒す 水無土豆 @manji

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