第2話 散髪事変

平成×〇年


五月上旬


「裕暉よ・・・・・・髪が伸びたので切ってくれぬか?」


高校生活で最初の中間テストが終わり、勉強から解放された俺は部屋でゴロゴロしながら漫画本を読んでいると奴はそんなことを言ってきた。


「・・・・・・・・・俺、人の髪なんか切ったことないんだけど」


「まぁ、そう言わずに切ってはくれんかの」


ここで俺はある事に気がついた、それはこいつの名前である。いくら日本人形と言えど名前くらいはあるはずだろう、だが俺はこいつのことを一度も名前で呼んだことがなかったなっと言うことに気がついた。


「なぁ、そう言えばさ前から気になってたことが一つあんだけどさ・・・・・・」


「なんじゃ?」


「お前さんってなんて名前なの?」


「裕暉お主!妾の名前を知らぬのか?!」


奴は驚き混じりに叫び、俺が名前を知らなかったことに対して激怒し囲いガラスを叩きわろうとしていた。


「いや、ねぇ・・・・・・名前?っつうか商品名?みたいなのがどこにも無ねぇし、そもそも日本人形相手とは言え女に対してお前呼ばわりは流石にダメだろうと思ってよ」


そう言うと奴はガラスを叩くのをやめそっぽを向いてしまった。やはり機嫌を損ねたか。


「悪かった、確かに小六の頃からの付き合いで名前知らねぇってのは傷つくよな」


俺はそのまま部屋を出ようとすると背中から謎の単語が聞こえてきた。


輝夜かぐや


「え?・・・・・・家具屋?何だそれ?」


「違う!!かぐやじゃ!!輝く夜と書いて輝夜じゃ!」


ここまで言われればいくら鈍感な人間でも気づける、輝夜。それがこの日本人形の名前なのだと。


「・・・・・・俺は髪の毛なんぞ切るの初めてだからな。少し変でも我が儘言うなよ、輝夜。」


俺はそう言いながらショーケースを外し、輝夜の足元に掌を置いた。すると輝夜は律儀にも履いていた履物を脱いで俺の掌の真ん中辺りに正座した。


「そうじゃの・・・・・・・・・・・・少しくらいなら、我慢するかの」


そう言って輝夜は楽しそうに笑みを浮かべた。


「ったく、何を上から目線で言ってんのだか。で?どんな髪型にしてほしいわけ?」


「そうじゃの、品があってそれでいて可愛らしい髪型がいいの」


「・・・・・・・・・・・・オカッパか?」


「違う!!オカッパは子供に見えてしまう」


「何かさー、もっとほかになんか無いのか?こう・・・・・・こんなのがいいみたいなの」


「うむ・・・・・・!巫女さんの髪型がいいの!!あれは品があってなおかつ可愛らしいからの」


巫女さんって髪の毛いじる必要ねーじゃん。なんてことを言えば俺は確実に何かを失うだろう、もっとも、その何かは大体分かっているが。


「じゃあ、前髪パッツンでいいか?」


「ま、前髪ぱっ、つん?・・・・・・まぁなんだか分からんがそれにするかの」


「ふぅ・・・・・・やれやれ、人の気も知らねーで呑気なこった」


輝夜を勉強机に置き、引き出しの中からハサミとルーペを取り出し、勉強机に付属している電気をつけた。


「んじゃ、今から切るからな。動くなよー」


「うむ!」


そうして俺は細心の注意を払いながらルーペをセロハンテープで目元に固定し、輝夜の髪を切っていった。がしかしここで俺は重大なミスを犯した。


「・・・・・・あ、あれ?なんか前と後ろの髪のバランスがおっかしいな・・・・・・後ろ髪も少し切っておくか」


そして前と後ろのバランスが整ったのかを確認するためにルーペを外した瞬間、俺は小声でポツリと「あ、ヤベッ」と言ってしまった。


「・・・・・・裕暉よ、なんだか首筋がやけにスースーするのだが大丈夫なのか?それに、先程ヤベッと言っていたのも気になるし――」


「いや、なんだ・・・・・・すまん。ちょっと切りすぎだ」


そう言い鏡を輝夜の前に置くと、輝夜は絶句していた。


今の輝夜の髪型を口で表現するのであればボーイッシュヘアーが近いだろうと思う。


「・・・・・・お、おぬ、おぬ、お主。これではまるで稚児ではないか!!巫女さんには程遠いぞ!!どうしてくれるのだ髪はおなごの命じゃと言うのに」


確かにおっしゃるとうりです。女の子にとって髪の毛ってのは命ですよね、日本人形だって髪の艶とかで品位が問われるんですもんね。だから心の中でですが心からお詫び申し上げます、すんませんでした。


「いや、しかし和風にボーイッシュヘアーってのはなかなか斬新っつーか・・・・・・インパクトがあるな」


あれ、なんで俺感心してんの?馬鹿なんかな?馬鹿なんだろうな、うん。


「もう、お主にわ頼まん・・・・・・少しくらいなら我慢するとは言うたが、これはいくら何でも酷すぎやせぬか?」


輝夜は鏡の前で今まで見たことのないくらいの落ち込みようだった、俺は恐る恐る輝夜に掌を近づけるとショックのあまりに掌へ倒れ込んできたので俺は何も言わずにそっと輝夜をガラスケースの中に戻した。


「・・・・・・すまん、悪気はなかったんだ」


「当たり前じゃ、悪気があってやったのであれば今頃お主を藁人形で呪っておるわ」


「・・・・・・すまん」


その後約二時間ほど俺は輝夜のいるガラスケースに謝罪し続けだ。


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俺の部屋に飾られている日本人形がおかしいのだが 髙柳ヒロミ @hiromingo

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