お嬢様、カラータイマーはお餅ですか?3
「いやはや。お疲れさんだったのう、ユリア」
司令部に併設された救護室で休んでいるユリアのもとに、小柄で恰幅のいいチョビ髭の紳士が訪ねてきた。ユリアの父、海崎章太郎だ。
「パパ!」
ユリアは喜びのあまり父に抱きついた。
「元気そうじゃの。大きな怪我はしとらんか?」
「ええ、大丈夫よ」
ユリアは答えた。
「それでこそ、海崎家の一員じゃ。わしも若かった頃は、巨大化して怪獣と戦ったもんだ」
章太郎は鼻息荒く語りだす。
「あれは、25年前。世界の滅亡を企むタルバ星人が地球に乗り込んできたときだった……」
章太郎が遠い目をしている。
話が長くなりそうだわ、とユリアが不安になりかけたその時、ノックとともにドアが開いた。
「会長、そろそろ次のアポのお時間です」
顔をのぞかせたのは、章太郎の女性秘書、
「多寿さん、もうそんな時間なのかね?」
章太郎は眉をハの字に下げ、ユリアと秘書を交互に見る。多寿秘書は、章太郎ではなくユリアに、申し訳ありません、と頭を下げた。
「パパ、私なら大丈夫よ。なんせ、パパの娘なんですからね!」
ユリアは、気落ちする章太郎を励ます。
「多寿さん、戦闘の事後処理、よろしくおねがいします」
「お任せください。お嬢様も無理なさいませんよう」
ありがとう、とユリアは答え、渋る章太郎と秘書を送り出した。
静かね。
喋る相手がいなくなり、なんだかとても静かだ。ユリアはふ~っと息を吐きだした。だんだんと、まぶたが重くなる。いつしかユリアは、より一層の静寂へと入り込んでいた。
それから何時間経ったのか。はっと、ユリアは目覚めた。
「あ、お嬢様。お目覚めですか?」
枕元に譲が座っている。
「おはよう。といっても朝か夜かはわからないけど」
「おはようございます。もうすっかり朝ですよ」
譲は立ち上がり、白いレースのカーテンを開いた。シャッと小気味良い音がする。
「昨夜のうちに救護室からお部屋の方までお連れしておきましたよ」
譲はベッドの上のユリアに振り向き、にっこり笑った。
「大変重うございました」
「平均体重よ。譲、トレーニング足りてないんじゃない?」
ユリアも笑顔で返す。
「そうですね。司令部に、お嬢様の減量トレーニングの追加をお願いしておきます」
ユリアの反論を待たず、譲の携帯が鳴る。失礼、と声をかけ、譲は退室した。
「15分後にまた来ます。学校に向かう準備、整えておいてくださいね」
そう言い残して。
「学校……。そうよね、学校行かなきゃ」
ユリアが朝の支度を始めようとベッドから立ち上がると、ノックの音。
「譲?まだ15分はたってないと思うわよ?」
ユリアは少しムッとしながら声を掛けた。
「それが、お客様でして……」
譲が答える。
「お客様?どなた?」
「昨日お嬢様が助けた方です」
「そう。何の用かしら?いいわ、応接室にお通ししといて」
ユリアは、着ようとしていた制服を片付け、ドレスに着替えると、譲を引き連れて応接室へ向かった。
「あ、あの、おはようございます!」
部屋に入ると、一人の青年が緊張した面持ちで直立していた。
「おはようございます。ユリアです。父に用事かしら?あいにく父は出ておりますので、私がお相手させていただきますね」
ユリアは一礼すると、青年に着席を勧め、自分はソファに腰掛ける。譲が淹れてくれたお茶を飲みながら、ユリアは青年をそっと観察した。昨日、犬と一緒に助けた青年のようだが、お茶にも手を付けようとせず、表情も体も緊張して強張っている。
「お茶、どうぞ?」
ユリアはお茶を勧めてみた。しかし、青年は、あ、はあと言ったきり動こうとしない。このままでは埒が明きそうもない。ユリアは尋ねた。
「お名前を伺ってもいいでしょうか?」
「
健太郎は深々と頭を下げる。
「山南様……。
「はい、山南開発は、父の会社です」
「なるほど」
アポもない人間を、警備や執事たちがどうして家に上げたのか不思議だったユリアだが、これでなんとなく合点がいった。
「それで、今日はどういったご用件でしょうか?」
ユリアは紅茶を一口飲み、健太郎に
「はい、今日は昨日のお礼に伺いました。これ、お口にあうか分かりませんが」
健太郎は有名洋菓子店の箱をユリアに差し出す。
「ありがとうございます。私、ここのお菓子好きなんです」
「いえ、お礼を言うのはこちらの方です。昨日は助けていただいてありがとうございました」
「いえ、海崎家の一員として、当然のことをしたまでですから」
ユリアは答える。
「それで、あの……少しの間ユリアさんと二人にさせてもらえませんか?」
健太郎はちらっと譲を見た。それは、と言いかけた譲を、ユリアが制す。
「譲、すこし外でお願いね」
譲が渋々と部屋を出るのを確認し、ユリアは言った。
「それでは本題に入りましょうか」
部屋を追い出されて30分。譲は暇だった。ユリアの登校を諦め、学校に連絡していたりもしたのだが、簡単な仕事は全部済ませてしまってすることがない。完全に手持ち無沙汰だ。
譲は、仕方なしに、新しいティーセットを準備し、ティーカップをひたすら磨くという地味な作業を開始した。カップの水滴跡を一つずつチェックしながら、優しく、それでいて確実に磨き上げていく。うん、心が洗われるようだ。
無心に没頭すること20分。応接室のドアが開いた。
「譲、お客様のお帰りよ」
ユリアがドアを開き、健太郎が続いて部屋から出てくる。
「今日はどうもありがとうございました」
健太郎がユリアに深々と会釈すると、ユリアも笑顔で答えた。
「こちらこそ、有意義な時間を持てました。感謝いたします」
譲は、二人の間の空気感が変わっているような気がして、少し面白くない気持ちになる。そんな自分を悟られまいと、譲は、極力平静を装って健太郎を玄関まで見送った。
「どうしたの?不機嫌ね」
変なの、と呟いて、ユリアは、流し目で譲に尋ねる。
「お話が思っていた以上に長かったので」
「ティーセットがきれいになったでしょう?」
クスリ、とユリアが笑う。
「ええ、おかげさまで」
譲も精一杯笑顔を返す。笑えているかは不安だが。
少し間をおいて、ユリアは口を開いた。
「プロポーズされたわ」
「はい!?」
譲の声がひっくり返る。
「助けられたときに一目惚れしたんだそうよ」
「それで、どうされるんですか?」
「どう、って?」
「お付き合いされるのですか?」
ユリアは、ぷっと吹き出す。
「まさか」
悪いけど、と前置きしてユリアは言った。
「私、自分より弱い男の人は眼中にないのよね」
巨大怪獣に勝利する乙女より強い奴などいない、という言葉を飲み込んで、譲は言った。
「パンを咥えて走って、そんな強い男性と出会えるといいですね」
「世の中何が起こるかわからないわよ?」
ユリアはフフンと鼻で笑って、すぐさま表情を引き締める。
「なにしろ、いつ怪獣が現れるか分からない世界なんだから」
譲はそんなユリアの横顔を見る。戦いが日常の一部と化している彼女の瞳は、疲弊の色もなくキラキラとまばゆいくらいだ。輝くユリアの瞳を見て、譲は、今日のおやつを、最近見つけた洋菓子店のフルーツジュレにしようかな、とふと思った。
ユリアお嬢様は緊急出動中につき まよりば @mayoliver
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