お嬢様、カラータイマーはお餅ですか?2

 瓦礫だらけの街を砂混じりの風が吹き抜ける。街はユリアの予想以上に荒れていた。街のシンボルだったビル群は根こそぎ倒れ、まるで、巨大なドミノ倒しの跡のようだ。

「困ったわね、譲に買いに行ってもらおうと思ってたケーキ屋さんが、半壊してるわ」

 ユリアはため息をつく。

「お嬢様、到着なさいましたか?」

 譲の声だ。

「ええ、たった今」

 ユリアは答える。

「それではデータを送ります」

 ユリアはマスクのスイッチを入れ、右半面にAR(拡張現実)モニターを開く。

「えーと、グモラね。タイプは……」

 ユリアがモニターに気を取られていると、足元が大きく揺れた。ユリアは、慌ててジャンプし、装置中央のアクアマリンを強く押す。すると、ユリアの全身が青白く発光した。

「お嬢様、相手はモグラ型怪獣。地面から襲ってきます!」

 譲が叫ぶ。

「いきなり下から来るのね。開戦の挨拶もなしに」

 拗ねたように口をとがらすユリア。その体はもうマンションほどの大きさだ。30メートルほどの巨人となっている。

 

 ギャウゥー


 何かの咆哮がユリアの耳を劈く。巨大化したユリアの足元に、これまた巨大な怪獣が顔をのぞかせていた。灰色がかった毛皮に、とんがった鼻先。長めのヒゲがピョコピョコ動く。

「えーなにー可愛いー。これがグモラ?モグラ型じゃなくて、モグラそのものじゃない!」

「お嬢様、いくら可愛くても相手は怪獣です。街が壊されてるんですよ!」

 譲の指摘に、ユリアはしゅんとする。

「そうよね、怪獣だものね」

 それじゃ行くわよ、とユリアは構えたが、グモラは穴に戻っていった。

「譲、グモラちゃん戻っちゃったわよ」

「怪獣にちゃん付けするのやめてください」

 でも、とユリアが言おうとしたところで、百メートルほど前方のビルが倒れ、沈んでいく。

「よし、あっちね」

 ユリアが向かおうとすると、今度は後方100メートルでビルが倒れた。

「え?そっち?」

 混乱するユリア。譲は司令部からデータを受け取り、冷静にフォローする。

「お嬢様、グモラは超音波を使用するようです。モグラは鼻先のアイマー器官と呼ばれる器官で振動を察知するようですが、グモラはさらにそこから超音波を発生させるようですね」

「そうなると、グモラがどこにいるか分からなければ、動けないわね」

 ユリアは悩む。

「いいえ、お嬢様、大丈夫です。マスクのARをサーモグラフィーカメラに切り替えてください」

 ユリアは譲の指示に従う。

「できたわ」

「スーツを飛行モードに切り替えて、上空で待機してください」

「了解」

 ユリアは腰につけた装置のボタンをを押し、レオタードを飛行モードに切り替える。すっとマントが出現し、ユリアを上空100メートルまで瞬時に連れて行く。

「グモラが開けた穴が見えますか?」

「ええ、5~6ヶ所あるみたい」

「モグラ型怪獣だけあって、ヤツは哺乳類タイプ。恒温動物です。しばし上空で待ち、サーモグラフィーカメラで反応が出たらそこを叩きましょう」

「OK」

 ユリアは、穴をすべて確認しながら上空で待っていた。

「お嬢様、そろそろやつが浮上してくるはずです。準備はいいですか?」

 ユリアが昂ぶる気持ちを落ち着かせようとした時、視界に動くものがあった。人だ。

「譲、誰かいるわ!」

「まさか、住民の避難は済んだはずですよ!」

「でも……」

「お嬢様!」

 ユリアは譲の静止も聞かず、救助に向かった。

「大丈夫ですか?」

 逃げ遅れたらしい青年と一匹の犬が、崩れたビルの影で寄り添っていた。ユリアは青年と犬の前にそっと手のひらを広げる。彼らは、一瞬戸惑った表情を見せたが、おずおずとユリアの手のひらに乗った。

「お嬢様、危ない!」

 譲が叫ぶ。背後にグモラが迫っている。ユリアは慌てて高くジャンプした。掌に力を入れすぎないよう注意して。

 彼らをひとまず近くの避難所に預け、再びユリアはグモラのもとへと戻った。

「ちょっと、グモラちゃん。背後から攻撃なんて卑怯じゃない?」

 ユリアはプンスカ怒っている。

「お嬢様、とりあえずちゃん付けはやめましょう」

 譲はツッコミを入れる。

 グモラは無視して再び地中に戻っていく。

「お嬢様、先程言った作戦通りですよ」

「ええ」

 ユリアは空高く飛び上がり、サーモグラフィカメラでチェックを始める。チリ、と胸の奥が痛む。戦い始めてそろそろ10分。巨大化の副作用だ。澄んでいたアクアマリンが、うっすら赤くにじみ始める。

「お嬢様……」

 ユリアのリミットに気づいた譲が心配そうに声を掛ける。

「これくらい大丈夫。……そこね!」

 ユリアは反応のあった穴に急襲した。グモラは予想外のユリアのスピードに対応できなかったのか、動きが一瞬止まる。その隙に、ユリアはグモラを穴から引きずり出し、ぶん投げた。

 グモラの体が、どん、と地面に沈む。

「お嬢様、街を壊しすぎないよう気をつけてくださいね。復興費は全部海崎財閥うち持ちなんですから!」

「分かってるわよ!」

 ユリアは思わず怒鳴る。こんな巨体で戦わせておいて、それでいて街を壊すななんて、全く注文の多い執事だ。

 グモラが立ち上がる。ユリアはグモラにタックルで足を取りに行く。

 グモラは、ユリアを振りほどこうと、ユリアの背中に爪を立てた。モグラに似た長い爪が、ユリアの背中にぎりぎりと食い込む。ユリアは痛みを堪え、なんとかグモラの足をすくい、グモラを倒した。

 しかし、倒れたグモラはこれ幸いと地面を掘り出してしまった。

「お嬢様!」

「悪かったわね。ちょっとしたミスよ!」

 仕方ないわね、と、ユリアは譲に指示を出し、上空に飛び上がった。

「譲、今よ!」

 譲は卯月の操作ボタンを押す。すると、卯月から巨大なホースが伸び、大量の冷却ガスが吹き出した。辺り一面の地表が凍りつき、グモラは不思議そうに頭をかしげながら、掘り進めない地面をカリカリと爪で掻いている。

「さすが卯月!」

 ユリアは卯月を褒める。

「そうですとも、卯月は運転手の私と違って優秀なやつですよ」

「ごめん。そういうつもりじゃなかったんだけど……」

 むくれた譲に、慌ててユリアは謝る。

「言ってみただけです。お嬢様、後は頼みますよ」

「ええ。行くわよ」

 そう言うと、ユリアはすっと息を整えた。腰につけた装置を胸の前に取り出す。アクアマリンは既に半分以上、朱に染まっている。これ以上長引かせる訳にはいかない。

 ユリアは意識を集中させ、グモラに向けてアクアマリンを強く押した。

「ユリウムビーム!」

 装置から青く鋭い光線が放たれた。ユリアに気づいたグモラは、慌てて超音波を出し、ユリアに向けたが、時すでに遅し。グモラはユリアの出した光線に直撃した。グモラは、その体をブルンと大きく震わせると、全身を白く光らせ、見えなくなった。

「お嬢様、お疲れ様でした」

 譲は、ユリアのもとに卯月を走らせた。ユリアはすっかり人の大きさに戻っており、瓦礫の中で膝をついて肩で息をしている。

 譲は、ユリアを抱き上げ卯月に乗せた。

「譲、ありがとう」

 疲れ切ったユリアは、か細い声で感謝を示す。

「あと一つお願いがあるの」

 ユリアは譲の耳元でささやいた。

「なんですか?」

 疲労の割に目を輝かせるユリアを見て、譲はなんだか嫌な予感がした。

「グモラ、回収してきて?」

「回収?どういうことですか?」

 譲が怪訝な顔で尋ねる。

「可愛かったから、研究室ラボで飼おうと思って」

 ユリアは瓦礫を指差す。

「ハムスターくらいの大きさにしたから。お世話は譲がよろしくね?」

 ユリアはそれだけ言うと、こてんと眠りに落ちてしまった。

「お嬢様、勘弁して下さいよ……」

 動物嫌いの譲は、へっぴり腰で一人ミニグモラの回収を行う。小動物と化したグモラはすばしっこく、譲が捕獲に成功したのは日も落ちそうな午後6時。

 瓦礫だらけの街を夕日が染め始めた頃だった。

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