ユリアお嬢様は緊急出動中につき

まよりば

お嬢様、カラータイマーはお餅ですか?

「お嬢様、おはようございます」

 今朝もまた、二度のノックで部屋の扉が開かれる。部屋の主であるユリアは、16歳。世界に名を轟かせる海崎財閥の次期当主だ。

「おはよう、譲」

 ユリアは笑顔で挨拶を返す。挨拶を返された彼の名は遠野とおのゆずる。17歳の若さでありながら、ユリアの執事をこなす青年だ。譲は、ユリアが制服へ着替えを済ませていることを確認し、いつもどおり車の手配へと移ろうとした。

「あ、譲。少し待ってくれる?」

 ユリアが言う。

「どうかされましたか?」

 譲はたずねる。

「まだ、朝食を迷っていて、食べてないの。クラスメイトに聞いたら、学校にも歩いて行ったほうが良いって言われて」

「何を聞いて、どう迷われていらっしゃるんですか?」

 譲の声が、少しだけ硬くなる。

「それなんだけどね」

 ユリアは、恥ずかしそうに長い巻き毛を指に絡めている。

「やっぱり、トースト食べながら、登校中に運命の彼とぶつからなきゃダメだって、お友達が言うの」

「なるほど」

 譲は、この古臭い妄言、早く終わらねーかなーなんて思っていても、口には出さない。

「でも、我が家の朝食はクロワッサンだし、朝は車でしょ?だから、きっとそれが問題なんじゃないかと思うの」

「問題、といいますと?」

「恋に落ちる機会がないの」

 はあ、と譲は気のない相槌を打つ。

「これは由々しき問題よ」

 次期当主の頭の中がそんなことで占められていることのほうが、よっぽど由々しき問題だが、譲は笑顔で尋ねた。

「では朝食はフルーツヨーグルトになさいますか?」

「譲、話聞いてたの?」

 ユリアは少しムッとした様子だ。

「フルーツは美容に良いと聞きます。恋に落ちるその日のために美しさを磨かれるのもよろしいかと」

 それじゃ私がブスみたいじゃない、とユリアはぶつぶつ言っていたが、好物のフルーツと聞いて気持ちが大きく揺れたようで、結局は譲の提案を受け入れた。

「明日もこれ食べたいわ」

 あっというまに朝食を平らげたユリアは、譲に告げる。譲は、メイドに厨房への言伝を頼み、同時に登校すべく車の手配をしようとした。

 その時だった。

 どん、と大きく屋敷全体が揺れた。屋敷だけではない。街中が揺れ、いくつもの悲鳴があがった。

「譲、すぐ準備して!」

 ユリアは急いで席を立ち、部屋を出た。屋敷中で警報が鳴り響く。譲もユリアの後について走り、携帯を取り出す。

「司令本部、すぐにスーツの用意を」

「了解」

 オペレーターが答え、電話は切れた。譲は、廊下に飾られたバラの花瓶を傾ける。すると、隠し扉が作動し、自動車タイプの救助ロボが現れた。譲は更に花瓶の置いてあったテーブルの裏の隠しボタンを操作し、開いた壁から、アクアマリンのついた手のひらサイズの装置を取り出した。

「ユリアお嬢様!」

 譲は、ユリアに装置を投げ渡し、運転席に座った。

「私は先に卯月で現地へ向かいます」

「ありがと、譲!」

 ユリアは軽くウィンクして、さっと装置を受け取る。

「ユリアお嬢様、準備完了しました」

 装置を通して、オペレーターがユリアに告げる。

「すぐ行くわ」

 ユリアは、玄関の電子ロックを指紋認証で解錠した。しかし、ドアは開かない。その代わりにグィン、と音がして、地下へとつながるエレベーターが現れた。扉が開くと同時に、ユリアは迷わずエレベーターに乗り込む。

 地下200メートル。

 太陽光など届くはずもない場所で、白く光る通路が広がっている。通路は司令部と研究所に続いている。ここは、海崎財閥の秘密基地。その一切がすべてユリアのために在る。

「おまたせ」

 ユリアは司令部のドアを開いた。

「お嬢様、到着されました」

 オペレーターがスタッフに告げる。ユリアの後ろを数人のスタッフが従い、フィッティングルームへと入る。ユリアは、スタッフから受け取った、水色の特殊素材のレオタードへ着替え、装置を腰のホルダーに収納し、白いアイマスクを付けた。

「お着替え完了されました」

 スタッフの一人がオペレーターに報告する。ユリアは、ありがとう、とスタッフ達に告げ、地上へとつながるエレベーターに向かった。これに乗れば、戦場に一番近くの出口へ、オペレーターがつなげてくれるはずだ。

「ご武運を」

「任せといて」

 ユリアは笑顔で答え、エレベーターの扉を開けた。

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