運命の星々と人間の話

やっほい小太刀

第1話

ねえねえ先輩。

「どうした後輩」

本当に、今日地球が壊れて人が終わるんですか。

そういうと先輩は、いつもみたいに髪を一回撫で付けてから、こちらを微笑んで見やる。人間離れした容貌の先輩は、ヨソでは眉の一つも動かさないのに。それが、何だかひどく嬉しい。先輩風に言うならば、浅ましい独占欲かもしれないけど。

「分からないねえ、なんか色々騒いでるらしいけど、今日はエイプリルフールだし」

地球もエイプリルフールをやりたくなったのかもね。だってあの子は寂しがりだから。

まるで知り合いかのように地球のことを語る先輩。そういう先輩はひどく綺麗で、なんだか神様みたい。

「けど、なんかネットで映像見ましたよ、隕石が迫ってくる動画。普段全然CGとか使わない人とかも上げてました」

「じゃあ嘘ではないのかもしれないね。けど、人はきっと何人か残るよ、終わりはしない」

「その人たちはどうなるんですか?」

「どこかに行くのさ」

「どこかって?」

「どこか、だよ」

先輩の言ってることは難しそうで、何も考えてなさそうで、つまりは何も分からない。

けど先輩の声で紡がれる言葉なら、嘘でも真でも胸に刻まれるのだ。

先輩はいっつもそうだ。胡乱なのに信頼できて、どこまでも人じゃなく神様みたいで、つまり先輩は地球の人ではないのではないだろうか。先輩は、人が終わっても残る僅かな人で、それで一人でどこかに行ってしまうんだ。

先輩。

先輩とならどこにでも行けますよ。先輩の事好きですから。

そういうと、先輩は目をキュッと見開いてーーにっこりと、笑った。

「嬉しいなあ。生きてて正解だったかも」

最後の最後にこんなこと言ってくれる人が来てくれた。

先輩は嬉しそうにはにかんだ。

顔に太陽の光が差し込んで綺麗。

嗚呼、美しくて、心奪われた訳だ。

先輩は太陽だったんだ。

「ね、手繋ごうか」

そう先輩が言って差し伸べた手を、ギュッと握る。

先輩の手は、あったかかった。

「ーー地球がなくなっても、人が死んでもね、多分大丈夫だよ」

ずっと君と一緒にいるなら、きっと大丈夫さ。何処にでも行ける。

そう言ってる時の先輩の顔は、なんと形容したら良かったんだろう?けど、今までで一番人間みたいな顔をしていて、ああでもそんな先輩も素敵だ。

先輩の声に耳を傾けながら、先輩に寄り添ってーー

地球は、終わった。

この先の先輩と自分のことは、誰にも言ったりするもんか。




【ここからは人間の使用する言語、単語に置き換えて語られます】



「ねえねえ先輩」

どうした後輩。

「本当に、今日地球が壊れて人が終わるんですか」

後輩はそう言って、無垢な幼子の様に美しい瞳を瞬かせる。可愛らしく、誰からも愛されるべき存在であるはずの後輩は、その実ここ以外では全く表情というものを見せないらしい。その事に、たった一人の人間の心の機微に、人ではない私ともあろうものが嬉しさを覚えてしまう。浅ましい独占欲というものだろう。

「分からないねえ、なんか色々騒いでるみたいだけど、今日はエイプリルフールだし。地球もエイプリルフールをやりたくなったのかもね。だってあの子は寂しがりだから」

彼女はひどく寂しがり屋だ。寂しがりすぎて、時に、私の統括する範囲で彼のみが持つ大きな特権である生物を滅ぼそうとするくらい。そうしてまた寂しがる悪循環に陥る。どうもその順番がいよいよ人間にも回ってきたらしい。だって彼女は平等だから。でも、いつもより遥かに規模の大きな破壊は、結果的に彼の身を滅ぼす。俺たちの一番寂しがりやな兄弟姉妹は、遂に消えてしまうのだ、かわいそうに。可哀想に思った僕たちは、人に姿を変えて地球へとやってきたのだ。彼が最後まで寂しくない様に。そうして我々はーー運命に出会った、人型になったことで。

「けど、なんかネットで映像見ましたよ、隕石が迫ってくる動画。普段全然CGとか使わない人とかも上げてました」

「じゃあ嘘ではないのかもしれないね。けど、人はきっと何人か残るよ、終わりはしない」

「その人たちはどうなるんですか?」

「どこかに行くのさ」

「どこかって?」

「どこか、だよ」

そう、僕たちの様な、愛すべき彼女の最後を見守りにきたものは残るし、どこかーまた、地球のいなくなった宇宙に還っていくのだ。

また誰かが消えゆくまで、ずっと、一人で。

どうもおかしい。私たちの中で唯一地球が生み出した、最高傑作にして欠陥品、人間の姿をとってから、どうも思考が人間による。

数えるのも馬鹿らしくなるほど"ひとり"でいたのに。いまさら、寂しいなんて。人基準でのたった"二年"。それは、なにか大きなものを俺にもたらしていたらしい。

「先輩」

そんな風にグルグルと悩んでいた私にー後輩が、声をかける。

ああ、その瞬間の後輩の表情はなんというかーー人ではなかった。

恐ろしいものではない。どちらかと言えば人が縋り続けた、人を救う優しい"かみさま"に似たーーステキな、ステキな表情で。

「先輩とならどこにでも行けますよ。先輩のこと好きですから」

思わず目を見開く。胸を埋め尽くすのはーーああ、ああ、ただ満杯の歓喜の心。

自然に、僕は微笑んでいた。

嬉しいなあ。

生きてて正解だったかも。

そういって、またはにかむ。陽の光ーー私の光が、後輩を照らしてーーひどく美しい生き物がそこにはいた。

ね、手繋ごうか。

そういって、手を繋ぐ。

後輩の手は、暖かかった。

ーー地球がなくなっても、人が死んでもね、多分大丈夫だよ。

ずっと君と一緒にいるなら、きっと大丈夫さ。何処にでも行ける。

ああ、多分今、酷い顔してる。凄く、人の顔をしている。

そんな私に、後輩は微笑んで寄り添って、そしてーー

地球は、終わった。

さらば、愛しいキミよ。私たちの最も寂しがりやな兄弟姉妹よ。

寂しがりやの君が、皆んなに愛を教えてくれた。

有難う。

長兄、長姉として俺は何もできなかったけれど、最後にその言葉を送ろう。

今頃きっとほかの兄弟姉妹も運命を見つけているだろう。そうして、また還っていくのだ、今度は、ひとりではなくなって。

この先の物語は、誰にも言うものか。

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運命の星々と人間の話 やっほい小太刀 @yahhoikodachi

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