Succubus Sister.

敷金

第1話

俺は忠志(ただし)、大学生。

親元を遠く離れて独りアパート暮らしだが、もう二年目ともなると慣れたものだ。

一人息子の独立?が気になるのか、去年まではしょっちゅう親が電話をかけてきたもんだが、最近はめっきり頻度も減った。

まあ、こちらとしては余計な干渉が減って、むしろせいせいするのだが。


今日は、大学もアルバイトも休みなので、完全なオフだ。

日頃の学業や労働やその他もろもろ(主にソシャゲ)で疲労した身体を、この貴重な休みでじっくり癒すのだイェィイェィ。


そう考えながら、俺は二度寝を楽しもうと、布団の中でモゴモゴしていた。



 もぞ、もぞもぞ……



そんな時、突然、布団の中で何かが蠢き始めた。

時間は、まだ朝の7時。つまりは真夜中である。

この部屋には、自分以外に人も動物も居ない筈なのに……等と考えていると。


 ぽこっ☆


「おっはよっ♪ お兄ちゃん!」


布団の中から顔を出したのは、悪戯っぽい笑顔を浮かべた、可愛い少女。

上目遣いに、こちらを見つめている。


「え? あ? な、何?」


「えっへっへ♪」


「えっへっへ♪ じゃないよ! 何してんだこんなとこで?!」


「お兄ちゃん、お寝坊さんしてるんじゃないかな~! って

 可愛い妹が、様子を見に来ましたよ☆」


「って! いつのまに布団の中に潜り込んだよ?!」


「細かいことはいいじゃん!

 せっかく、朝御飯作ってあげようかなーって思ったのに」


そういうと、妹は俺の身体にぎゅ~っと抱きついてきた。


「こ、コラ! 何してんだよ!」


「何よ~、可愛い妹が、せっかく朝早くから遊びに来てあげたのに」


「よ、余計なお世話だって」


「それにしても、酷いなぁこの部屋~。

 いかにも、独身男性の一人暮らしって感じの散らかりぶりだね!」


「いきなり来られたら、片付けてる暇なんかないだろ」


「しょうがないなぁ、もぉ。

 朝御飯の後に、この澪ちゃんがお掃除してあげましてよ、お兄様♪」


「い、いいよ、そこまでしなくても……」


「いいからいいから! はい、お布団片付けて。

 御飯の準備出来るまで、適当にネットでも観ててよね」


「ったく、強引なんだから~」


突然現れた妹・澪は、布団から抜け出すと、どこに隠していたのか持参したエプロンを身に着けた。

小柄な体格、出る所はしっかり出てるプロポーション、黒のロングヘア。

白のセーター、赤のミニスカートと、そこから伸びる細く長い脚。

その上、思わず二度見してしまいそうになるくらい、可愛らしい顔。

我が妹ながら、なかなかの美少女で、感動すら覚える。


その時俺は、ふと、ある疑問を思い浮かべた。


「なあ、澪?」


「あ~、ちょっと待ってね! 今、手が離せないからぁ!」


「あ? あ、ああ……」


ここに来る前に買い物でもして来たのか、澪は卵とベーコンで美味そうなベーコンエッグを作ってくれた。

更に、刻んだブロッコリーとスライスしたタマネギのコンソメスープ、そしてやや硬さのあるフレンチトースト風のパン、そして恐らく作り置きを持ち込んだと思われるポテトサラダも。

短い時間で、手際良く準備を整えると、それをテーブルに並べてくれた。

家族の手料理なんか、実に久しぶりだ。


「はいっ、どうぞ召し上がれ♪」


「あ、ありがとう。いただきます」


「ウフ♪ いっただきま~す!」


妹と二人、狭いアパートで向かい合って食す朝食は、なかなか悪くなかった。

食事を終え、これまた手早く食器を片付けると、澪はテレビを見る俺の膝の上にぴょんと飛び乗って来た。


「こ、こらぁ、重いだろ! 何やってんだ」


「ひっどぉ~い! 澪、そんなに重くないもん!」


頬を膨らませてプリプリ怒る澪は、すぐに笑顔になって俺に甘えてくる。

年甲斐もなく、まるで子供だ。

だが、小柄な割に大きな胸や、柔らかな太股の感触が、布越しに俺を圧迫する。

彼女ナシ+性欲旺盛な年代の俺にとって、女体攻撃はかなり効果的だ。

加えて、澪の首筋からは、甘いコロンのような香りまで漂って来る。


や、やばい……俺の中で、何か危険な因子が目覚めようとしている?!


「ねぇ、お兄ちゃん?」


突然、澪が妙に色っぽい目つきで見つめて来た。

いや、これは色っぽいというより、エロっぽいと言うべきか?


母親以外ろくに女性と話したことのない俺は、思わず戸惑った。


「せっかく二人っきりなんだし、今日は、いっぱい仲良くしよ?」


「な、仲良く? って?」


「んもぅ、わかってるくせに~☆」


「え? え? って、お前! 何、服脱ぎ始めてんだよ?!」


「ん~?」


澪は、俺の膝の上に乗ったまま、セーターを脱ぎ始めた。

わざと時間をかけ、ゆっくりとめくり上げていく。

その下からは……


「ちょっと暑いから、脱ぐだけだよ」


残念ながら……いやいや、幸いにも、セーターの下から肌が見えるということはなかった。

代わりに、無地の白いシャツが覗く。

いや、いやいやいや! これも、妙に身体にピッタリで……そのなんだ。


「何考えてたの? お兄ちゃんのえっち!」


「い、いや、俺はその」


「見たかったの? 澪の下着? それとも……裸?」


「えっ?! な、な、な!!」


「えへへ! な~んてね。

 彼女のイナイお兄ちゃんには、刺激が強すぎたかな?」


「こ、こらぁっ!!」


悪戯っぽく舌を出して飛び降りた澪に、俺は思わず怒り顔を向ける。

だがしかし、確かに、澪は美人でとても可愛い。


単に見た目の色っぽさからくるだけじゃない、何とも言いがたい妖艶な雰囲気は、兄である俺ですら末恐ろしくなってくる。


もし妹じゃなかったら、俺はいつか、一線を越えようとしてしまうかもしれない。

そう思わせるくらい、澪はとても魅力的で、同時に――性的だ。


俺はふと、とある疑問を覚えたが、コーヒーを淹れてくれている妹の後姿を眺めるので手一杯だったので、後回しにすることにした。



澪は帰宅する気がないらしく、その後も俺に付きまとった。

正確には、いちいち俺の世話を焼いて、まるで彼女のような態度で振舞おうとする。

妹の手料理で昼飯を済ませた後、俺は特に宛てもなく街をブラつこうと考えた。

当然、澪もそれに付いてくる。


「お、お前、そんなにひっつくなよ、恥ずかしいじゃん」


「え~? なんで? 恋人同士みたいで素敵じゃん!」


「こ、こいび……い、いやいやいやいや!」


「ん? どうしたの? 顔真っ赤だよ?」


「い、いや、あのさ、周りの目が……」


「別にいいじゃない、やましい事してるんじゃないんだし!」


そう言いながら、澪は俺の手を取り、自分の腰に回させる。

そして、更に身体を密着させてきた。

頭の中が破裂寸前なくらい恥ずかしく、そして照れくさい!

通り過ぎる人々は、俺達をとても奇異な目で見ている……ように感じる。


だが俺は同時に、相当な「優越感」も味わっていた。


奇異な目? いや、本当にそうか?

もしかして、俺が羨ましいんじゃないのか?


「今日は、お兄ちゃんのよく行くところに行こうよ」


「ったって、ゲーセンとか、本屋とか……ヨドバシとか、そんなとこだぞ?」


「いいもん! 今日は澪、お兄ちゃんと デ ー ト するつもりで来たんだもん」


「で……えええええ?!」


「何よぉ、澪とじゃ不満?」


「い、いや……そういうわけじゃ」


「じゃあ、いいじゃない! 気にしないで行こうって」


「お、おう」


澪に押し切られ、俺はいつもの巡回ルートを巡ることにした。

本屋(アニメショップのコミックス売り場)、ゲーセン、量販店(の玩具売り場)を適当に冷やかし、何も買わずに退出。

その間、澪は俺にくっついたまま、興味深そうに様々なアイテムを見つめる。

その様子は、はたから見てるととても愛らしい。


俺は、澪に対して、兄妹らしからぬ感情がふつふつと芽生え始めているのを、徐々に……いや、改めて、自覚し始めていた。



夕方になり、そろそろ薄暗くなり始める。

街灯が灯り始める頃、俺達は、アパートへの帰り道を急いでいた。


澪が、ふと足を止める。


「ねぇ、お兄ちゃん?」


「ん? なんだ?」


「澪のこと、好き?」


「えっ?」


「真面目に、聞いてるんだよ?」


「そ、それは……」


突然の質問に、俺は激しく動揺した。

いつものようなふざけた態度はなく、澪は真正面から、真剣に尋ねている。

俺は――


「す、好きだよ」


「妹として? それとも、一人の女性として?」


「そ、それは……」


「お願い、答えて! 茶化したりしないから~!」


「で、でも、それ……言っちゃったら、もう」


そう、俺が本当の気持ちを答えたら、その瞬間から、俺達は兄妹ではなくなる。

だからこそ、迂闊な事は言えない。

――と思ったのだが、澪は、どうしても返事を聞きたいという態度を崩さない。


ふと、視界の端に、周囲から浮いている派手な看板が見え、心臓がドキッとする。


「俺、澪のこと……好きだよ、誰よりも」


ようやく出せた答えに、澪はやや不満げではあったが、なんとか納得してくれたようだ。


「本当に? 信じても、いい?」


「うん、だけど、俺……」


「……」


何も言わず、澪は、俺に抱きついてくる。

その瞬間、俺達は、何かを乗り越えてしまった気がした。


頭は、今後の事について真面目に考えているのに、ズボンの中は、もうすっかり膨張しまくっている。

正面から抱きついている澪に、それは伝わってしまった筈だ。


「――帰りたくない」


澪はそう呟くと、俺の手を握ってきた。


自然に、二人の視線が、あの派手な看板に向く。


俺の喉が、ゴクリと鳴る。


「で、でも、俺達は、き、兄妹なわけでな?!

 ……やっぱ、まずいって」


「澪、お兄ちゃんとだったら――いいよ」


その呟きに、俺の中で何かが弾ける。


「ま、マジで……?」


「……恥ずかしいから、早く。……ね」


「――う、うん」


俺は、澪に手を引かれるように、派手な看板を掲げた建物に向かって歩き出した。


え~と……兄妹?

それってなんだっけ? 美味しいの?



 ご休憩 3時間 4,980円


 ご宿泊 9,700円



入り口の脇に掲げられている料金表が、生々しいリアルを俺に叩きつけてくる。

澪は、俯いたまま、俺の手をそっと引いてきた。


俺達はもう何も言わず、入り口をくぐった。



その時、俺の頭の片隅にまたも、とある疑問が湧き上がった。


そう、朝から何度も湧いては引っ込んで来た、あの疑問だ。

だけど、ぶっちゃけた話、滾る性欲の方が、その疑問を圧倒的なパワーでねじ伏せた。


受付らしいところで、宿泊を伝えて鍵を受け取る。

料金を前払いで支払った直後、短いカーテンで覆われた窓の向こう側から、おばちゃんが囁くように尋ねて来た。


「お連れさんは、後からいらっしゃるんですか?」


「え?」


「いえ、お一人のようですので」


「いやいや、ちゃんと連れ居ますけど?」


「え? そうなんですか? あら失礼……」


よくわからないやり取りの後、俺はわざとおばちゃんに見えるように、澪の腰を抱きながらエレベーターに移動した。




フロントの奇妙なやり取りのせいで若干緊張感が柔らいだとはいえ、エレベーターの中で澪と見つめ合っていると、またドキドキが蘇ってくる。

今の俺の心境は、心臓が飛び出すような、という表現がまさにぴったりなんだろう。

あまりに鼓動が激しすぎ、言葉すら発することが出来ない。


澪は、エレベーターの薄暗がりの中で、そっと俺の手を握ってきた。


「いよいよ、だね」


「な、ナニガ?」


「お兄ちゃん、声が上ずってるよ?」


「だ、だって……」


渡された鍵のナンバーを確かめ、部屋に入る。

ゆっくりと照明が点いて行き、真っ白な壁紙の綺麗な部屋が暗闇から浮かび上がった。

俺は、汗ばんだ手でドアの鍵をかけると、とっととベッドの方に駆けて行く澪の後姿を見つめた。


「うふふ♪ お兄ちゃん♪」


「み、澪、俺……」


「好きだよ、お兄ちゃん♪」


あまりの緊張で、ドアの手前で身動きが取れなくなっている俺に向かって、澪は甘えるような、少し悪戯っぽいような、とても色っぽい視線を向けてくる。


いつしか俺達は、互いの身体をしっかりと抱き締めていた。


「お兄ちゃん……いいよ」


「い、いイっテ?!」


「またぁ、声が上ずってる」


「ご、ごめん! だって、こういうの初めてだし……」


「いいの、もう気にしないから――」


澪が、目を閉じて顔を上げる。

キスを待っている……それくらいは、さすがの俺でもわかる。


俺は、数秒悩んだ後、そっと澪の両肩を掴み、顔を近づけ――






 ピロロロロロロロロロロ


 ピロロロロロロロロロロ♪






その時、突然、俺の携帯が鳴り出した。

電話の主によって着信音が変えられるのが便利なんで、俺の携帯はいまだにガラケー。

この気の抜けるような安っぽい電子音は――実家からじゃねぇか!!


 ピロロロロロロロロロロ


 ピロロロロロロロロロロ♪


無視しようと思ったが、呼び出し音は何時までも鳴り止まない。

すっかり雰囲気をぶち壊された俺は、怒りながら電話に出た。


「なんだぁ?! 今、取り込み中なんだけどぉ!!」


『わっ、何よあんた、大声出してさ』


電話の主・母は、相も変らぬマヌケな鼻声で話しかけてくる。


『ホラ、あんたがこの前探してた服さ、押入れから出てきたから、明日お米と一緒に送ってやっからね』


「そ、そんなこと、メールでいいじゃん!」


『何言ってンのよぉ。

 母親なんだからねぇ、たまには一人息子の声を聞きたくなることもあるんだよ』


「だからって……えっ?」


その言葉を聞いた途端、俺は、身体中の火照りが瞬時に消え失せていくのを感じた。


「え? あ、あれ? えっ? えええっ?!」


『ちょっとぉ、どうしたんよ? なんなら後でかけ直す?』


「な、なあ、母さん?」


『なんだい?』


「俺の……妹のことなんだけどさ」


『はぁ?!』


「俺、妹って――いたっけ?」


『ちょっとぉあんた、ヘンなクスリでもやってんじゃないの?』


「い、いや、真面目な話でさ……」


『あたしはね、 あ ん た し か 産 ん だ 記 憶 な い よ ! 』



俺は、慌てて、さっきまで掴んでいた筈の妹の肩を――澪の姿を確認した。


だが、俺の目の前にあるのは、白い壁紙に覆われた大きくて綺麗なベッドだけ。

両の手は、何もない虚空を掴んでいた。


この部屋には、俺以外、誰も居ない……

誰も出て行った形跡は、ない。



「え? え? み、澪? おい、どこ行った? みおーっ!!」


『ねぇ、ちょっとあんた! どうしたのよ、ねぇ?!』



床に落とした携帯から、母の声が聞こえてくる。


そうだ、俺が今日ずっと感じていた疑問は、これだったんだ。

俺は一人っ子、妹はおろか弟も、兄貴も姉貴もいない。


つうか、澪って誰だよ?! 初めて聞くぞ、そんな名前?!


誰だよ! 本当に、あいつ誰なんだよぉ?!


俺は、落とした携帯を引っ掴むと、大慌てでホテルから逃げ出した。

とにかく、一刻も早く、その場から逃げ出さないといけない気がしたんだ!



部屋を出る時、誰かの舌打ちが聞こえたような気がしたが、幻聴だったんだろうか――




Succubus Sister.  完

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