ACT-5 ~Another World~ 6/6



竜也の耳の奥で、何かが響いた。

微かに、しかし、しっかりと確実に。





『リュウヤ! 頼むから! 起きてよぉ―――っ!!』





「――アリス?」


「え?」


「アリスが、呼んでる」


「アリス? 誰?」


「俺の仲間だ。

 俺の仲間――ディープダイバー自慢の、巨乳女僧侶だな」


「竜くん! どうしたの? いったい、ねぇ!!」


すがりつく瀬莉香をゆっくり引き剥がすと、竜也は、ふぅと短いため息を吐き出した。


その直後、地を振るわせるような、凄まじい……それでいて、静かな呼吸に切り替える。

竜也の背中から、真紅のオーラが、じわじわと立ち上り始めた。



「やっと、違和感の正体がわかったぜ。

 ――てめえ、勝手に台本変えてんじゃねぇよ!」


「竜也? いったい、何を言って――」


戸惑うレオナを見下ろすように、竜也は――否、リュウヤは、静かに語り出す。


「あの時は、こんなにダラダラした展開じゃなかっただろうが。

 この場には誠吾も居たし、ロゼだって居た。

 それに、ディメンションゲートはとっとと召喚されてよ、そこにザウェルの魔力を無駄に注ぎ込んだんで、アイツらが思ってたより遥かにデカイゲートを開いちまって、ドえらい大惨事になっちまった筈だろ」


「竜也――戻って来て」


「御苑に行く話だって、最初に話したのはいつもの喫茶店だぜ?

 あの昭和丸出しの、今時珍しい歌声喫茶。

 それに、瀬莉香が泊りに来てからここに集まるまで、一週間以上の間があった筈だ。

 ――何、途中から、勝手に展開ショートカットしてんだよ」


『……』


「竜也――」


ザウェルとガノンが、会話を止め、揃ってこちらを見ている。

それどころか、レオナを含めたクリムゾンナイツの面々も、同時にこちらを見つめていた。

感情のこもらない、人形のような瞳で。


「もう、とっくにネタは割れてるぜ!

 この世界は、俺の昔の記憶を基に作り出した、トンデモねー嘘の世界だ!

 俺は、そろそろマジで帰らせてもらうぜ!」


立ち上がったリュウヤは、ガノン達の頭上の空間を睨みつける。

今までおぼろだった「本」の姿は、次第に明確になっていく。


「このクソエロ本野郎。

 よくも俺を、こんな夢の世界に閉じ込めようとしやがったな?

 こっからは明晰夢だぜ」


 ――ゴオォォォォッ!!


リュウヤの周囲に、突如、激しい爆炎が立ち上った。

暗闇を打消し、まるで真昼のように照らし出す猛炎は、リュウヤの右腕に絡みついていく。

前方に翳した掌の中で、集約した炎が棒状にまとまり、その中から、剣の形をした真紅のクリスタルが姿を現した。


「――轟炎晶(フレイムキャノン)!!」


リュウヤの叫びに呼応し、炎のクリスタルが実体化し、本物の剣と化す。

ぐっとグリップを握り締めたリュウヤの目が、闘いの色を宿す。


『それを呼び出して、どうするつもりだ?』


リュウヤの前に、アルファードが立ち塞がった。

目も眩むばかりの黄金の鎧に、黄金の盾、黄金の槍(ランス)。


その頭上には、あの「本」が浮いている。

アルファードの力を用い、ここでリュウヤを仕留めようとしているのだ。

そして、永遠に、夢の世界から出さぬよう……


だがリュウヤは、そんなアルファードの態度を、鼻で笑った。


「ふっ、うぜぇんだよ、このクソキザ野郎」


『なんだと?』


「あん時は、てめぇに散々ボコボコにされたがな。

 今はもう――同じ条件なら、てめぇなんざ俺の敵じゃねぇ!!」


『ほざくな、下等生物め! 身の程を知るが良い!!』


素早く身構えると、アルファードは、ランスを翳して猛スピードで突進して来た。

だがリュウヤは、避けようともしない。


『余りの恐怖に怯え、動けないか!』


時速何百km、或いはマッハとも思える程の、凄まじいスピード突き。

身体の周囲には、破壊のオーラが纏わり付く。

これをまともに食らったら、遥か彼方まで吹き飛ばされ、木っ端微塵になってしまうだろう。


だがリュウヤは、微動だにせず、ただにやりと笑うだけだ。


―――キィィィン!!


すれ違い間際、青白い閃光が宙を斬り、激しい金属音が鳴り響く。

アルファードのランスは、虚空を突き、中心から真っ二つに折れた。


『な……?!』


「あん時のお返しだ。食らえ!!」


リュウヤは素早く腰を落とすと、すうっと息を吸い込んだ。

そして、背を向けた状態のアルファードに向かって――



 覇アァァ――――ッッ!!



気合一閃!

大地を震わさんが如き、凄まじい「声」を叩きつける!!


リュウヤの声が放つ圧倒的な威力は、アルファードのオーラを瞬時に打ち消し、更には、その頭上に漂う「本」が放つ魔力すらも、払い去ってしまった。


クリムゾンナイツの動きも、それに連動して、止まる。

そして、ザウェルも、レオナも……


「やっぱりそうか。

 こいつら、皆――傀儡!」


それらを一瞥すると、リュウヤは力強く地を蹴り、空高く舞い上がった。

と同時に、飛翔力にブーストがかかる。


目標は、「本」!


「でりゃあぁぁっ!!」


 ――ザンっっっ!!


 ギャアァァァァァァァァァァァァ!!


滞空状態で、真一文字の軌跡を描く。

青白い光が宙空にカーブを描き、「本」を分断する。

と同時に、切られた「本」が、悲鳴を上げて燃え始めた。


「なんでぇ、あっけねぇな!」


着地したリュウヤは、いつの間にか足下で倒れているクリムゾンナイツを見回した。

その中には、無表情で転がる、レオナとザウェルの姿もある。

さっきまで生きて動き、喋っていたようにはとても思えず、まるで壊れたマネキン人形のようだ。


だがその中に、瀬莉香の姿だけがない。


「竜くん――」


「本」から溢れ出る魔力は炎となり、倒れている者達を巻き添えにして、周囲を瞬時に包み込み始める。

その中に、リュウヤと向かい合うように、瀬莉香が佇んでいる。


「竜くん――やっと、気づけたのね」


「おかげさんでな。

 デジャブが起きる度に感じてた視線の正体、それがあの本だったみてぇだ。

 クソ野郎、ずっと俺の事を監視してやがったんだな」


「そうだね――でも、やっと、本当の竜くんに、戻れたね」


「せ、瀬莉香……?」


周囲の炎が、どんどん激しくなる。

もはや、新宿の街並はおろか、夜空すらも見えなくなった。

そして目の前に立つ瀬莉香の姿も、おぼろになり始めた。


「ありがとう、竜くん」


「な、何がだよ?」


「たとえ、竜くんの夢の中でも……

 また逢えて、本当に嬉しかった」


瀬莉香は、泣いていた。

彼女も、「本」が生み出した幻影で、リュウヤをこの世界に閉じ込めるための存在だった筈。

だがリュウヤには、とてもそうには思えなかった。


(もしかして、この瀬莉香は、俺の――)


「ありがとう、竜くん……

 私、永遠に、あなたの事を、愛してるよ」


「……瀬莉香!」


思わずリュウヤは、瀬莉香を抱きしめようと、一歩前へ出ようとした。

だが――


「駄目っ!!」


そんな彼を、瀬莉香が強い口調で制止する。


「瀬莉香?!」


「竜くん、ここはもう、貴方が居ていい世界じゃないの!」


「……瀬莉香……」


炎の中で、瀬莉香は、健気に立ち続ける。

その目に、一杯の涙を溜めて。


「あなたは、あなたの居るべき世界に、戻って!

 みんなが、あなたの帰りを、待ってるから!」


「ああ……そうだったな」


いつしか二人の周囲は、何もない真っ白な空間に変わっていた。

もはや炎の熱も、圧倒的な魔力も、何も感じない。

そして瀬莉香の姿も、もはや殆ど薄ぼけてしまっている。


それなのに、リュウヤは、感じた。

瀬莉香の、あの優しい笑顔を。愛らしい姿を。


「私、ずっと、竜くんのことを、見守ってるから。

 だから――ね?」


「――ああ、わかった」


これは、魔書の作り出した、偽りの夢の世界。

その中の登場人物は、全てが、リュウヤを騙す為の材料に過ぎない。

彼をこの世界から出さないための――そう、思っていた。


だが瀬莉香だけは、彼に、心からの優しい微笑を向けてくれた。


「あばよ、瀬莉香」


それだけ呟くと、リュウヤは、踵を返す。

もう、振り返る必要はない。


背後で、最後に遺ったものが消えてしまった実感を覚える。



――夢の世界は、崩壊した。







「なんだ!? あいつの様子が、おかしいぞ?!」


地下迷宮第24階層・禁書保管庫。

回廊の奥に追い詰められ、もはや絶体絶命状態のディープダイバーは、明確に迫る死の影に、最期の覚悟を迫られていた。


だが、突然、「永久の眠りの秘術書(ブック・オフ・ヒュプノシス)」の挙動がおかしくなった。

まるで、何かに苦しんでいるような……


だがそれでも、奴から発散される膨大な魔力が尽きた訳ではない。

セイゴの剣も、アリスの攻撃も、ザウェルやモトスの魔法すらも通用しない状況は、変わらぬままだ。


「なんとか打開策を……今のうちに……」


憔悴しきったザウェルが、残された僅かな魔力を集約しようとする。

そんな彼の肩を、何者かが、ポンと叩いた。



「――なんだ、まだこんなのに手こずってたのかよ、お前ら?」


その声に、全員が、呆然とする。


「あ~、良く寝たっと!

 セイゴ、ザウェル、ロゼ、俺が仕掛けたら、すぐに一斉攻撃だ!

 レオナは、帰還準備な! まだ魔法、残ってんだろ?」


「り、リュウヤ……?」


「い、いつの間に?」


「れ、れお……誰?」


「リュウヤ! そ、その名前は、もう!!」


「だぁ~、いいから早くしろ!」


怒声を上げ、ギャラリーを無理矢理制すると、リュウヤはを落とし、すうっと息を吸い込んだ。

そして、身悶えする「本」を睨み、全身に迸る膨大な“氣”を、一気に解放した!



 覇アァァ――――ッッ!!



“氣吼覇(きこうは)”。

長い氣の集中とそのための硬直時間を代償に、凄まじい氣の流動を発生させ、あらゆる魔力や、オーラなどを消し飛ばす、リュウヤの必殺技だ。

たとえザウェルの魔法をも無効化させる力であろうと、この技の前では、ひとたまりもない。



 ゴオォォォォォ――――ッ!!


突風のような氣流が超高速で回廊を駆け抜け、「本」の魔力のガードを引き剥がした。

だが、この技でダメージを与えることは出来ない。

せいぜい、敵の虚を突くのが精一杯だ。


しかし、魔力という分厚い鎧さえ剥がれてしまえば――



「でえぇぇいっ!!」


 ――キイィィィ……ンッ!!


「リミット リーギガ!!」


 ゴオオォォォォォォ!!


無数の斬撃と極大の炎の魔法を同時に叩きつけられ、「本」は、呆気なく消滅した。

本当に、呆気なく。

今までの苦難が、まるで嘘のように。


「や、やったあ♪」


「つ、ついに……倒せた!」


「ありがとう、リュウヤ! 一時はどうなるかと思ったよ」


「うへへへ☆ 夕飯奢りな♪」


「何言ってんだ!

 そもそも君が、一発目で眠らされなきゃ、こんな事にならなかったのに!」ポカ


「い、いてぇ! お手柔らかに頼むよ、レオナ!」


「だーかーらー!! その名前はー!!」


「ねーねー、レオナって、どういうこと?」


「忘れなさい! ほら、忘れる秘孔突いちゃるけん!」


「痛い、痛いよ! モトスぅ!! 頭突っつかないでよぉ!」


「……帰ろう、疲れたから」


ザウェルの願いで、ディープダイバーの面々は、ようやく地上へと帰還出来た。




ディープダイバーは、実に一週間ぶりの地上帰還となった。

元は、アリスに対する地下11階層以降の研修のような目的だったが、14階以降が以前探索した時と大きく構造が異なっていた為、当初の予想を上回る程に手こずったのだ。


そこに加え、禁書保管庫の書籍そのものが攻撃してくるという、ベテランのディープダイバーすらも想定外の事態が発生。

「永久の眠りの秘術書(ブック・オブ・ヒュプシノス)」との戦闘は、なんと丸一日以上にも及ぶ大規模なものとなってしまった。


更に更に、地下14階層から24階層までのエリアは、「守護の護符(Amulet of Protection)」の恩恵がないと、身体及び精神に深刻な影響が発生という問題もある。

幸い、ディープダイバーは支障なく通過出来るエリアではあるが、それでも、他の階層より体力を激しく消耗する。

彼らが疲労の極致に陥るのも、当然と云えた。



へろへろの状態で酒場「ジントニ」に向かう途中、一行は、広場に通じる大通りが、やけに騒がしい事に気付いた。


それは一瞬、何かのパレードのように見えた。

鎧と槍を装備した大勢の兵士達と、それに護られるように、六頭の白い馬が引かれている。

その馬には、警護の兵士より遥かに上等な装備を纏う、とても美しい騎士が搭乗していた。


鏡のように磨き抜かれた装甲には、金色の縁取りが施され、またその表面には、光の加減で下層に刻み込まれた魔法文字が覗く。

更にその騎士達は、遠くからでも分かる程に、気高さと気品を感じさせる。

明らかに、この街に集う冒険者などではない。


それを、大勢の街の住人達が眺めており、大通りを塞いでいる。

中には、明らかに冒険帰りと思われる同業者達もおり、ボカンとした顔で、彼らを眺めているようだ。


警護の騎士達が掲げる旗や槍の一部に、黄金の紋章が見て取れる。


「王家直属の、騎士団!」


「え?ホント?」


「なんでこんな所に、そんなお偉いさんが?」


「全部で六人いるぜ。

 さしあたり、あの方々も地下迷宮にお潜りあそばされるんじゃないかい?」


茶化すリュウヤの言葉に、ザウェルは軽く頷く。


「そうかもしれないね」


「へ?」


「あの装備は、様々な種類の魔法が、無数かつ複雑に刻まれている。

 もしかしたら、我々の持つ“アレ”と同等か、それ以上の効力を持っているかもしれない」


「“アレ”って、もしかして――コレのこと?」


胸元を指し示すアリスに、ザウェルは静かに頷く。


「この街の領主に逢う為とか、そんな用事に纏うものじゃない。

 明らかに、実戦を前提とした装備だよ」


「……どういうことだ?」


ザウェルの分析に、セイゴは眉をしかめる。

過去二十一年の間、王家直属の騎士団が迷宮を訪れた事など、一度もなかったからだ。

“彼ら”を除けば、の話だが――


「ひとまず、ジントニ行こうよ!

 オレ、もう腹減って仕方ないしー」


「さんせーい! あたしも、水分補給したいしたいー☆」


「アルコール飲料は、水分補給にならねぇけどな!」


「うぐっ!」


「あはは、そうだね。そうしよう」


パレードの列を離れ、一行は、ジントニへと向かおうとする。

一番最後の方を歩いていたセイゴは、丁度その時、背後の路を通り過ぎようとする騎士団の姿を、肩越しに見た。


「――!!」


そして、そのまま、凍り付いた。





「おーい、セイゴ? どうしたの?」


先を歩いていたモトスが、何事かと戻って来る。

青ざめた顔で茫然と佇むセイゴは、小首を傾げるモトスに向かって、ぼそりと囁いた。


「――あの、騎士団」


「え?」


「先頭の奴の顔、見たか?」


「ううん、オレは見てないけど?」


不思議そうな顔つきのモトスを横目で見つめると、セイゴは、信じられないものを見たような表情で、力なく呟いた。




(間違いない。


 あれは――瀬莉香、だった)








迷宮求深者 -Deep Diver-


ACT-5 ~Another World~  END.



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迷宮求深者 -Deep Diver- 敷金 @shikikin

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