2-3
「ん……」
「お、やっと起きたか……」
玄関で沙雪の靴をどう脱がそうかと考えていると、タイミングよく沙雪が目を覚ました。
「おふぁ……よぉごじゃいましゅ……」
「立てるか?」
「うん……」
「じゃあ下ろすぞ」
「うん……」
「じゃあ、俺はご飯の支度するから着替えてこい」
「わかった」
やっぱり疲れてるのか反応がいつもより薄いな。
「……あ、沙雪。これ」
俺はぬいぐるみから渡されたビンを沙雪へと手渡す。
「あのぬいぐるみのことを信じるなら……だけど、飲んだ方がいいんだろ?」
中の液体は青みがかった銀色……とでもいえばいいのだろうか? 人が絶対に飲めないような色をしていた。
「う……また飲まなきゃ駄目なのか……」
「飲んだことあるのか?」
「うん」
「……どんな味なんだ?」
「えっと、ドロッとしてて苦くて濃くて変な味?」
「本当は?」
「……ドロッとしてるのはホントだけど、味はほとんどしない」
「ふうん……そういや、それって薬みたいなものなんだろ? 食前とか食後とか決まりとかあったりするのか?」
「ないと思う。たぶん」
「じゃあどうする? 今飲むか? あとで飲むか?」
「い、今飲む」
そう言うと、沙雪はビンの蓋を開けて、中の液体を一気に飲み干していく。
「おお……嫌な顔してたわりに潔いな」
「ぷはっ……五臓六腑に染み渡るぜ。……あ、五臓六腑と六波羅探題って響きが似てない? 私どっちも単語しか知らないけど」
「酒か何かかよ。あと全然似てねえから」
どちらも漢数字が入ってるってことくらいしか合ってない。
「あ、制服洗濯するから着替えたあとちゃんと持っておりてこいよ?」
「お兄ちゃんの変態っ! 妹の制服で何するつもり!?」
「洗濯だって今言ったろうが」
「てへっ」
自分の部屋へと沙雪は戻っていく。
「……ん?」
スマホが震えているのに気付きポケットから取り出す。
弥生からメッセージが届いていた。
『大丈夫でした。たらこパスタ食べに行きます』
簡潔なメッセージを確認した後、俺も自分の部屋へと戻っていく。とりあえず俺も着替えないとな。弥生に怒られてしまう。
「ねーねー、兄上ー。今日は何パスタ―?」
部屋着に着替えて居間でテレビを見ていた沙雪がそう尋ねてくる。
「んー? たらこパスタにしようかと」
「たらこ! やったぜ!」
「ああ、あと弥生もうちで夕飯食べてくことになったから」
「桔花ねえも? じゃあ今日は三人でご飯かえ。賑やかになるのお」
「賑やかっつっても、お前がほぼ騒いでるだけなんだけどな」
「え? 大人なレディーのわたくしが騒がしいはずないじゃないですかお兄様」
「え? 大人なレディー? どこにいるんだ?」
「どこって、お兄様の目の前に」
「……ふっ」
「鼻で笑った! いま鼻で笑ったよね!?」
「さぁて、パスタ茹でなきゃな……」
「無視された! レディ、ショック!」
さっきまでの疲れはどこにいったのやら、沙雪はいつものように騒いでいる。
あの薬が効いたのだろうか……?
まあ、元気になってくれたのは嬉しくはあるんだが、俺自身が疲れているため相手にするのが少し怠い。
チャイムが鳴る。
「あ、桔花ねえが来たのかも。私出てくるね」
「はいはい」
しばらくして沙雪が弥生を連れて戻ってくる。
「桔花ねえだった!」
「お邪魔します」
弥生は先ほどのジャージ姿ではなく私服に着替えていた。髪もおろしている。
「おう。いらっしゃい。もうすぐできるからちょっと待っててもらえるか?」
「私も何か手伝おうか?」
「いや、いい。それより沙雪の相手をよろしく頼む」
「桔花ねえ桔花ねえ。トランプでもして遊ぼ?」
「あはは。うん。じゃあ何して遊ぶ? 沙雪ちゃん」
「んーとね。ダウト!」
「うん。二人でやると永遠に終わらない気がするから別のにしようね……?」
「じゃあ……神経衰弱?」
「よし。神経衰弱ね」
テーブルにトランプを並べていく二人を横目で眺めながら、最後の仕上げをしていく。
今日の夕食は、たらこパスタにオニオンスープ、サラダの三品。
「さて、できたぞー」
「ぐわー。何故だ。何故こんな差が生まれてしまったのだ!」
完成した料理を運ぶ際、テーブルを確認してみるが、沙雪は3ペアくらいしか取れずに完敗していた。
「あ、私お皿用意するね」
「ん。じゃあ頼むわ」
弥生がテーブルの上のトランプを片づけて食器を並べていく。途中、弥生とすれ違った時にかすかに石鹸の香りがした。もしかするとうちに来る前にお風呂に入ったのかもしれない。
「おおお。おいしそう」
「あ、沙雪。食べる前に手を洗ってこい」
「はーい」
「相変わらず沙雪ちゃんは元気だね」
「それだけが取り柄みたいなところがあるからな」
「それしかないみたいに言わないの」
怒られてしまう。
「……ねえ、雪――」
「兄者ー。洗ってきたー」
「ん。じゃあ食べ始めるか」
「……あ、私も手を洗ってこなきゃ」
「……?」
弥生が何かを言いかけた気がしたのだけど、気のせいか?
食後。テレビでも見ながら三人で談笑した後、弥生が家に帰るので沙雪と二人、玄関まで見送る。
「じゃあ、制服預かるわね」
「悪いな。よろしく頼むわ」
「桔花ねえ、またね」
「ええ、またね。沙雪ちゃん」
「じゃあ、気を付けて帰れよ」
「気を付けるって言っても、隣までだけどね」
「……確かに」
「ふふ。じゃあね」
弥生が出ていったのを見送ってから、扉の鍵を閉める。
「ふあぁ……ご飯食べたらまた眠くなってきちゃった」
「寝る前に風呂に入れよ。さっき沸かしといたから」
「あいあいさー」
「あと沙雪」
「なんじゃ?」
「寝る前に少しだけ話せないか? 今日のことでな」
「……今日のこと? 何かあったっけ?」
「とぼけるな。大事な話だ」
「う……は、はい」
俺の顔を見てふざける雰囲気ではないことを悟ったのか、少しだけ真面目な表情になる沙雪。
「じゃあ、あとでな」
「うん」
沙雪の後に俺も風呂に入る。
俺が風呂から上がってくるまで、沙雪は居間で座って待っていた。
「何か飲むか?」
「キンキンに冷えたミルクを一杯くれるかい?」
「はいはい」
自分の分と沙雪の分、二つのコップに牛乳を注いでから居間へと持っていく。
「ご注文の品ですよ、お客様」
「うむ。ご苦労」
沙雪の正面に俺も腰をおろす。
「…………」
「…………」
「……で、何があったんだ?」
「……あー、そのー、えっとですね。ほら、喋るぬいぐるみに遭遇したってわたくしこの前、言ったじゃないですか」
「……そういや言ってたな。世界の危機がどうたらって」
ああ、それがあの不気味なぬいぐるみなのか。
「……確かお前はキマイラちゃんとかって呼んでたよな?」
「うん。それそれ。えっとね、学校帰りにそのキマイラちゃんが私に話しかけてきたんすよ。自分は異世界から来たとか、この世界に魔物が現れるとかいろいろ。それでね、私に魔法使いの素質があるから魔法使いになってみないかって」
「お前はそんな怪しい勧誘にまんまと引っかかってしまったと……?」
「いやいやいやいや、いくら馬鹿な私でもちゃんと断ったよ!? でもね、そしたらこう言ってきたんすよ。大切な人が魔物に殺されてもいいのかって」
「ほう。それで……?」
「にいにが魔物に殺されるのはヤバいなーって私思ったんですよ。そしたら朝起きれないじゃんって」
「俺が死んで一番心配するとこそこなのかよ」
「だから私言ってやったんですよ。証拠は? 証拠はあるの!? って」
「まるで追い詰められた犯人みたいだな」
「そしたら、明日、海辺の公園まで来いっていうんでね。次の日、言われたとおり公園まで行ってみたんですよ」
「海辺の公園、今日行ったところだよな。……もしかして昨日帰りが遅かったのはそこに行ってたからなのか?」
確か古賀が沙雪のことを見かけたとかなんとか言っていたはずだ。
「はい。そうです」
「……で、どんな証拠を見せられたんだ?」
「えっと別の魔法使い? 魔法少女? がいたの」
「他の魔法使い……」
沙雪の他にもいたのか。今日の戦いでは見なかったけど、仲間がいるということなのだろうか?
「その人が実際に魔法を見せてくれたんだ。こうなんか手のひらからブワって火が出てた。ブワって」
妹の語彙力がアレなせいでイマイチ凄さが伝わってこないが、まあ沙雪にとっては凄かったんだろうな。
必死に身振り手振りで伝えてこようとする沙雪が少しだけおかしく見えてしまって笑ってしまいそうになる。
おっと大切な話の最中だった。頬を引き締めねば。
「それで、信じたわけか」
「うん。でね、薬を渡されたんすよ。飲めば君も魔法少女! って感じで」
「薬……もしかして、さっき飲んだやつか?」
「うん。いきなりそんな薬を渡されるもんだから私、怪しいなぁ。不味かったら嫌だなぁ。味しねえなぁ。とか喉越し悪いなぁ。とか思ったんですよ」
「途中から既に飲んでたよな? 怪しいとか言いつつ、結構すぐに飲んだよな?」
「なんていうか身体の奥が熱くなる感じっていうの? 頭がくらくらしてきちゃってさ。お酒飲んだ感じなのかな? 私お酒飲んだことないけど。いやー。家まで帰るのが大変だったね。ふらふらしてたもん」
「それで、家に帰ってきた時はふらふらだったのか……いや、あれが薬のせいなんだとしたら今は大丈夫なのか? 平気そうだけど」
「あー、うん。なんか平気。身体がぽかぽかしてむしろ気持ちいいくらい」
それで飲む時、ちょっと嫌そうな顔してたのか。
「……今もその魔法ってやつ使えるのか?」
ふと気になったことをきいてみる。
あの時はじっくり見る余裕がなかったしな。
「お、興味ありますかい? 兄者」
「まあ……多少は」
男子たるもの不思議な力に憧れがあるのは仕方ないことだと思う。
「ほほう。ではお見せしやしょう。沙雪ちゃんの華麗な魔法ってやつをさ!」
沙雪が勢いよく立ち上がり手を前へとかざす。
次の瞬間、俺のコップに入っていた牛乳がゆっくりと重力に逆らって宙に浮かび始めた。
「おお……液体を自由に操作したり凍らせることができる能力。だっけか?」
「そうそう」
沙雪が手を動かすと、浮かんでいる牛乳が球体や立方体といったように次々と形を変えていく。
「結構、細かいとこまで動かせるんだな」
「凄いでしょ? どうするにいに。このまま凍らせちゃう? アイスミルクにしちゃう?」
「それはいいや」
「ちぇー」
そういうと沙雪は牛乳を操作してコップの中へと移動させる。……ただし自分のコップにだが。
「……ぷはー。やっぱり冷えた牛乳は美味い」
どうやら凍らせるまでいかなくても冷やすということもできるようで、沙雪は俺の分だったはずの牛乳を美味しそうに飲み干してしまう。
腰に手を当てて胸を張っているが、その胸には牛乳の効果は微塵もでていないようだった。
「俺の牛乳……」
「ん?」
「……まあ、いいけどさ。また注いでくればいいだけだし。それで次なんだけどさ。変身道具とかってまだ持ってるのか?」
確かぬいぐるみにそれに準ずる何かを渡されていたはずだ。戦いの後に返した様子もなかったしまだ持っていると思うのだけど……。
「あれ? そういや、どこやったんだろ?」
「落としたりしたんじゃないのか……? そういや元の姿に戻った時にはお前すでにぐったりしてたしな」
「……どうしよう。失くしたらお金とか請求されたりするのかな?」
「どうだろうな……今度ぬいぐるみに聞いてみればいいんじゃないか?」
「その時はにいにもついてきてくれる? 一緒に土下座してくれる?」
「ついてはいくけど……一緒に土下座するかどうかは……ちょっと」
「うわーん。にいには私が借金のかたにどこかへ売り飛ばされてもいいんだぁ。どっかの大富豪だけど顔や体型が残念なオッサンに飼われるような生活になっちゃってもいいんだぁ」
「さすがにそれは……ないだろ。たぶん」
「じゃあじゃあ、もしそうなったら、私の代わりに売り飛ばされてくれる? ハゲデブのおっさんにいいように弄ばれてくれる? 」
「代わりに謝ってはやるけどさ。……さっきから何なんだ? その被害妄想は漫画の影響か何かか?」
「スマホでネット見てたら、そういうあらすじの漫画広告が載ってたの」
「うん。それ見ちゃ駄目なやつだからな? 誤ってタップしちゃわないように気を付けような?」
「はーい」
「はぁ……疲れた。あとは……何か俺に言ってないこととかあるか?」
「言ってないこと……生理周期とか?」
「それは言わんでいい。あと大体、生理になったらお前の方からわざわざ教えにくるから既に知ってる」
なんでこの妹はわざわざ兄に生理きたよーとか報告しにくるのだろうか。もうちょっと恥じらいをもってほしい。
「……魔法についてとかあのキマイラちゃんとかいうぬいぐるみについては?」
「うーん……ない。たぶん」
「……んー。じゃあ寝るか」
「え~っ。まだ眠くないから一緒にトランプしよ? ね?」
「……お前は帰るまでの間に寝てたからいいけど、俺は疲れてるから寝たいんだよ。正直もうあんまし頭回ってない」
「じゃあじゃあ、にいにが眠るまで隣で子守歌を歌ってあげる」
「うるさいからいいよ。……じゃあ俺は寝るけど、沙雪もあんまし夜更かしするなよ? 明日起きれなくなるんだから」
「うん。おやすみー、兄者」
「おやすみ」
ベッドに横になる。身体のあちこちに軽い痛みがあるが、それより疲れの方が勝っていた。
今日は色々なことがありすぎた。変なぬいぐるみに異形の魔物、果ては妹が魔法少女に変身……。
これからどうなるのかはまだ分からない。けど、沙雪のことは俺が守ってやらないと……。
強く、強く、そう思う……。
うちの妹が怪しい生物と契約して魔法少女になったんだけど、どうすれば契約解除させられますか? くまにゃん @bearcat3398
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。うちの妹が怪しい生物と契約して魔法少女になったんだけど、どうすれば契約解除させられますか?の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます