2-2




「……はぁ、はぁ。やった……やったっ」


 氷漬けの魔物を前に、ぴょんぴょん跳ねて喜ぶ沙雪。

 俺も沙雪のもとへと駆けていく。


「にいに! やったよ。私!」


「ああ……よくやった! でも……倒したのかこれ」


 完全に氷の中に閉じ込められた魔物だが、息の根を止めたのかどうかは分からない。


「うーん……たぶん」


「割って確かめるわけにもいかないし……」


「だねえ……」


「確かに凄い適正だと感じていたが、まさかここまでやるとは正直思ってなかったピョン」


 そんな声がどこからか聞こえてくる。


「まずはよくやったと褒めてやるワン」


 俺と沙雪の間の何もない空間に突如、ぬいぐるみが出現する。


 そのぬいぐるみは、なんといえばいいのだろうか……。ツギハギだらけで色々な種類のぬいぐるみを無理矢理くっつけたような見た目をしていた。


「あ、キマイラちゃん」


「……キマイラちゃん?」


「うん。このぬいぐるみの名前。私が勝手につけただけだけど」


「勝手に呼んでるだけかよ」


「なんとでも好きに呼べばいいニャン」


「……それで、説明してもらってもいいか?」


「まずは、確認だピョン。お前は何者だニャン?」


「俺は沙雪の兄だ」


「ふむ……魔法少女の親族か。その割には適正値は低い。やはり性別が影響しているのかワン……?」


 何やら小声でぶつぶつと言っている。


「おい、聞いてるのか?」


「……なるほど。説明をしてやるのはやぶさかではないピョン。でも、それは今度だニャン」


「今度……?」


「今は結界を解除するのが先だニャン。……どうやら魔法少女は限界のようだワン」


「えっ?」


「……あ、あれ? 気が抜けちゃったのかな? 上手く立ってられないや」


「さ、沙雪。大丈夫か?」


 バランスを崩して倒れそうな沙雪を手を伸ばして支えてやる。


「えへへ……ちょっと疲れちゃったかも」


「お、おい、ぬいぐるみ。大丈夫なのか……これは?」


「ただの急激なマナの消費による疲れだニャン。これを飲ませて休ませればいいピョン」


 俺の目の前にどこからともなく液体の入ったビンが現れてぷかぷかと浮いていた。


「これは……なんだ? 見るからに怪しい液体なんだが……」


 沙雪を支えている手とは逆の手でそのビンを手にする。

 あとマナとかいう聞きなれない単語が聞こえたんだが気のせいか?


「いいか。必ず飲ませろニャ? ではボクは忙しいので失礼するワン」


 だが、ぬいぐるみは俺の問いに答えることなく、現れた時と同じように

何の前触れもなく消えてしまう。


 次の瞬間、風が頬に当たる。


「……?」


 気が付けば、魔物も氷もなくなっており、凪いでいた海は思い出したかのように波でリズムを刻んでいた。

 いつの間にか、沙雪の服装も元に戻っている。


「……はは。悪い夢みたいだな」


 でも、決して夢じゃない。疲れ切った顔の沙雪と左手に持っているビンがそれを証明してくれている。


「……おい、沙雪。歩けるか?」


「む、無理。お兄様、お姫さま抱っこして」


「なんでお姫様抱っこなんだよ。おんぶで我慢しろ」


「じゃあ、お殿様抱っこでもいい」


「お殿様抱っこってどんなだよ。聞いたことないぞ」


「兄者が馬の役になって、私がはいやはいやっていうから、ひひーんってないて走る……とかでいいんじゃないかな」


「今考えたよなそれ? ていうか絶対やんないからな」


 沙雪のことをおんぶしてから歩き出す。


「うへへ……妹のおっぱいはどうじゃ? 気持ちええか?」


「え……? 貧乳のくせして何言ってんの?」


「セクハラ! セクハラだよにいに!」


「お前がおっぱいって言いだしたんじゃねえか!」


「訴訟も辞さない覚悟です。だから家まで頑張って運んでください。あと夕飯はパスタがいいです。なんかそんな気分」


「はいはい……分かりましたよ。お姫様」


「えへへー……」


「…………ん。沙雪?」


「……すぅ……すぅ……」


「もう寝たのか……」


 ……そりゃ、さっきまで命がけで戦ってたんだし疲れるのも当然か。


 どうして沙雪が魔法少女になったのか。魔物はなぜ現れたのか。ぬいぐるみの正体は何なのか。分からないことはいっぱいある。

 あのぬいぐるみは今度と言っていた。その今度がくれば俺の疑問はすべて解決するのだろうか?

 ……できるなら、これ以上、沙雪のことを危険な目に遭わせたくない。


 でもまずは……。


「お疲れ様。沙雪」


 街の平和のために頑張った沙雪のために上手いパスタでも作ってやるかな。そんなことを思う俺なのだった。





「あれ? いま帰りなの? 雪弥」


 家の前まで来たところで声を掛けられる。

 隣の家に住む同級生、弥生桔花(やよいきっか)だった。

 ジャージ姿で長い髪をポニーテールに纏めている弥生はどうやら犬の散歩の帰りのようで、リードに結ばれた巨大な白いワンコを連れていた。


「弥生か……。ちょっと用事があってな」


「沙雪ちゃんは……寝てるの?」


 俺の背中で寝ている沙雪を見た弥生は、そう心配そうに尋ねてくる。

 弥生は昔からうちの沙雪とは仲が良いからな……。


「あー、はしゃぎ疲れたみたいでさ」


「それで、お兄ちゃんがおんぶしてあげてんのね。……ふふ。安心した寝顔ね」


 弥生が沙雪の顔を覗き込んでくる。近づいてきた弥生から少し良い香りがしてきて俺はつい顔をそむける。


「…………」


 ワンコと目が合う。相変わらずでかい。弥生の身長の半分くらいは高さがある。大体70~80cmくらい。毛がふっさふさで思わずモフりたくなる。

 名前は……確かネージュだったはず。


 ネージュも俺に撫でてほしいのか、俺のことを見上げてしきりに尻尾を振っていた。


「……悪いな。いま、大きい荷物を背負ってるから撫でるのはまた今度な」


 ……心なしか残念そうな顔をされた気がする。気のせいかもしれないけど。


「あれ……ねえ、二人とも。制服がちょっと破けてるわよ? それに……よく見ると泥汚れもあるし」


「え、ええっと……二人して転んじゃってさ。たぶんそれでじゃないか?」


 我ながらかなり厳しい嘘だったと思う。


「ふうん……変なとこで一緒なのね。似た者兄妹って言っていいのか難しいとこね」


 でも弥生は信じたようで、小さく微笑む。


「あ、でも大丈夫? 代えの制服とかあるの?」


「あー、大丈夫。ほら、沙雪のやつ、すぐ制服汚すしな」


「あれ? 雪弥のは?」


「……俺は男だし、多少くらい汚れてたり、破けてたって大丈夫だろ」


「えー……」


 なぜかジト目で睨まれる。


「ちゃんと洗った方がいいよ?」


「今から洗っても明日までに乾かないだろ……?」


「あ、ならうちの乾燥機を使う?」


「それはさすがに悪いだろ……」


「いーえ、洗わせてもらいます」


 なぜか頑なに譲ろうとしない。


「はぁ……どうしてそこまで」


「だって、汚れたままで学校に行くのはみっともないでしょ?」


「別に俺がどう見られようが俺の勝手だと思うんだが」


「……沙雪ちゃんにもみっともないって思われたとしても?」


「…………」


「はい。決まりね。あとで制服を取りに行くからよろしくね」


「はいはい……あ、弥生」


「ん? どうしたの?」


「お返しっていうほどでもないんだけどさ。よければうちでご飯食べてくか?」


「ご飯?」


「今日は簡単にパスタにするつもりなんだが……ほら、お前も沙雪もたらこパスタ好きだろ?」


「んー。ちょっとお母さんに聞いてくるよ。あとで連絡するね」


「ん。了解」


「じゃあね。いくよネージュ」


 そして隣の家へと沙雪とワンコが消えていく。


「…………」


 さて、俺も帰るか。


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