第2話「魔法少女とぬいぐるみ」2-1



「……えっと、これが私の武器? なんか日本刀? に見えるんだけど」


「お前の心の奥底にある武器のイメージだピョン」


「恰好も……おおっ。なんだコレ可愛いな。あとちょっと格好いい」


「それもお前の中にあるイメージだワン。そんなことより喋ってる暇があるのかニャン? ……魔物が来るぞ」


 魔物。ぬいぐるみがそう呼んだ空の異形がこちらの姿を捉える。身体中に幾つもある目玉のような何かと目があったような気がして、今更ながらに自分の身体が震えていることに気付く。


「――――!」


 次の瞬間。魔物の姿が消え――


「がっ……!?」


 そして俺は宙に舞っているような感覚に襲われ……何かに激突した。


「……くっ……はっ……」


 自分が実際に宙に舞っていたんだと気づいたのは、地面に激突して身体中に痛みを感じてからだった。


「……はぁ、はぁ、な、なんだ今のは……さ、沙雪は……無事か?」


 ゆっくりと身体を起こしていく。幸いなことに骨折とかはしていないみたいだ。


 沙雪の姿を探す。

 沙雪は先ほどと同じ場所に立っていた。その刀で何倍の大きさもある魔物の振り下ろした腕の一撃を受け止めていた。


「ぐ……ぐぐぐぐ……っ」


「沙雪っ!」


「ぐぐぐ……ぬおおりゃっ!!」


 魔物の腕を押し返す。攻撃を受け止めたことといい、押し返したことといい、今の沙雪の力は常人のそれを遥かに超えている。

 魔法少女……と言っていたが、目の前の現実を受け入れるとするならば、それは本当なのだろう。


「でりゃああっ!」


 沙雪が魔物へと刀を振るう。だがその一撃はとても浅く。切っ先が身体を傷つける程度。


「避けろ沙雪」


「えっ。わ――」


 大きく腕を振り上げた魔物が再び沙雪めがけて腕を振り下ろす。

 沙雪はギリギリ後ろに跳んでそれを回避する。


「ど、どうしよう! にいに! あいつ、すっごく堅いよ!?」


「な、なんで俺に聞くんだ!」


「だって、だって……」


 どうやら、沙雪の方も相当テンパっているらしい。

 余裕がほとんどなさそうな表情をしている。


「……っ。さっきのぬいぐるみはどこ行った?」


 現状をどうにかする方法を知っているとすればあのぬいぐるみだ。そう思い視線を周囲へと向けてみるが、どこにも見当たらない。

 ああ、くそ……。

 このままじゃ沙雪も俺もあいつに殺されておしまいだ。何か、何か考えろ……。

 魔法少女……魔法少女か……。


「何か、何か使えないのか? ほら、魔法少女なんだろ? 魔法とかさ」


「まほー……まほー。そ、そうだよね? 私、魔法少女なんだった! 刀とか持っちゃってるけど、そうなんだよね?」


「慌てんな! 次の一撃がくるぞ!」


「う、うんっ……」


「た、確か……今朝はこうやって……手を……」


 沙雪が左手を相手の方へかざす……が何かが起きたようには思えない。


「――――――!!」


「っ……」


 魔物が腕を横薙ぎに振るうのを沙雪は先程と同じようにギリギリで交わす……が。


「沙雪、まだだ!」


「えっ……っっ!?」


 腕を振るった勢いで回転した魔物の尻尾が沙雪に直撃して沙雪の姿が消える……いや、消えるほどの速さで吹っ飛ばされる。


「沙雪っ!!!?」


 頭が真っ白になりかける。ただ、沙雪の元へ行かないと……それだけが俺の身体を突き動かす。


 沙雪は衝突の衝撃で幹が折れてしまった木の近くで倒れていた。


「さ、沙雪っ!! おい! しっかりしろ!!」


「いったぁ……ね、ねえ見たにいに? 私すっごい飛んだよ。びゅんって!」


 沙雪は意識はしっかりとしていた……というか何だか平気なようにも見えた。


「……か、身体は大丈夫なのか?」


「う、うん……すっごく痛いけど。おすもうさんに張り手されたらこんな痛みなのかもって思ったり」


「……お、お前が本物の力士の張り手なんか受けたら骨が折れるわ……」


 無事を知って、思わず目頭が熱くなるが、今はまだ安心する時じゃない。

 背後に迫ってるであろう魔物の姿を思い浮かべる。


「沙雪……立てるか?」


「う、うん」


 沙雪の手を掴み起き上がらせる。


「じゃあ、逃げるぞ?」


「で、でも……私が逃げたら街が……」


「そんなこと言ってる場合か!? このままじゃお前が死ぬぞ!?」


「……っ」


 それでも沙雪は悩んでいるようだった。くそ……そんな正義感の強いやつじゃなかっただろ。お前は……。


 俺だってどうにかできるのならどうにかしたい……けど。


「にいに……」


 ……ああ、くそ。何がけどだよ。しっかりしろ俺。もっと考えろ。

 このまま逃げれば俺や沙雪は助かるかもしれない。けど、それが最悪の選択肢ってことくらい俺にだって理解できる。

 あの魔物……銃とかで何とかなるようには思えない。やはり、現状であの魔物をどうにかできそうなのは……悔しいが沙雪くらいだと思う。

 沙雪の戦い方を思い出す。力比べでは負けてなかった。ただ問題は相手に致命傷を与えるだけの方法がないという点だ。


「……? にいに?」


 もっとだ。もっとよく考えろ。

 沙雪はさっき何をしていた。


「沙雪……教えてくれ。お前はさっき何をしようとしていた?」


「さっき……?」


「俺が能力は何かないのか? と言った後だ。手をかざしただろ? 何をしようとしていたんだ?」


 さゆきは先ほど、魔物に左手をかざしていた。あの時の沙雪は何かができると確信している表情だった気がする。


「あの時は……魔物をピシーって凍らせられないかと思って……駄目だったけど」


「凍らせる? それがお前の能力なのか?」


「……たぶんだけど、私の能力は水を自在に操ったり凍らせる能力なんだと思う」


「水を操る……」


「だから水がないと……ほら」


 沙雪が手をかざす。


「……ひんやりするな」


 一気に周囲の気温が10度くらい下がった気がした。 


「うん。こんなことしかできないの……これじゃあただのマジカルクーラーちゃんだよ」


「ふむ……」


 マジカルクーラーちゃんが何なのかツッコむのはさておき……水と冷気を操る能力か。


「水があればあいつをどうにかできるか?」


「た、たぶん」


「じゃあ――」


「――――――!」


「まずいな。かなり近い。一旦、逃げるぞ」


「え、でも……」


「大丈夫だ。俺に手がある。走りながら作戦を伝えるからちゃんと聞けよ」


「……う、うんっ」




「どうだ? できそうか?」


「……や、やったことないからちょっと不安だけど、が、頑張ってみる」


「――――――――!!」


 再び魔物の咆哮が響き渡る。


「……よし。いくぞ」


「うんっ」





「やーい。沙雪ちゃんはこっちだぞー!」


 魔物の前に躍り出た沙雪は魔物を挑発する。と言っても言葉が通じてるとは思わないが、それでも魔物は沙雪の方へと歩みを進める。


「捕まえられるもんなら捕まえてみやがれってんだ。へへ」


 沙雪は魔物から距離を取りながら移動を開始する。ある場所を目指して。


「ここまでは順調……あとは沙雪次第だな」


 遠巻きから見ていた俺も沙雪を追いかけて移動を始める。

 この公園は海に面した海浜公園だ。そう、海に面している。

 そして、砂浜まで移動した沙雪は再び魔物と向かい合う。

 海は凪いでいて波一つたっておらず、まるで時が止まっているかのようだった。


「……ふぅ」


 沙雪が瞼を閉じ小さく息を吐く。そして空へとかざす。

 すると沙雪の背後、海の水が生き物のように沙雪のもとへと集まりだす。

 水を操れるのであれば、この場所は沙雪にとって最も戦い易い場所だ。

 正直、俺も沙雪も大量の水を操れるかどうかは半分くらい賭けではあったが、どうにか成功したらしい。


 魔物が沙雪へと迫っていく。


「これでえ……どうだああ!」


 沙雪が勢いよく手を振り下ろす。大量の海水がうねる竜のように魔物へと牙をむく。

 圧倒的水量に魔物はなす術もなく飲み込まれていく。


「そのまま……凍っちゃええええ!」


 振り下ろした手をぐっと握りしめる。するとそれを合図に海水が凍り始める。

 魔物は巨大な氷の中へと閉じ込められる。


 ……そして、そのままピクリとも動くことはなかった。


 沙雪が――魔法少女が魔物に勝利した瞬間だった。


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